第三十話 ハードボイルドな世界に於いても、それは輝ける青春もの。

文字数 2,071文字


『運命を象徴するような赤い糸。今となっては、もう薔薇(ばら)色だ』


 音羽(おとわ)の武器は、まさに赤い糸。裁縫などで使う糸のようだが、もしかしたら薔薇色へと変化を導く『運命』で出来ている糸なのかもしれない。もとはといえば、音羽が俺をこの世界へ誘った。辿り着きたくないと思うこの先。逆に夢のような展開を、(わず)かながらに期待する思いを温めながら、またそこに、俺が情報屋を辞められない理由があったのかもしれない。きっと、それらの結末を見るがために、俺は今、ここにいる。


 ……紛れもなく現実の大地に立っている。話も続いている。
 今朝(けさ)から預かってもらっていたサッカーボールが返却され、足元へ。

(とき)君、しっかりね」
 と、音羽は笑顔で親指を立てる。

 ならば俺も、自然な笑顔で、

「サンキュー」
 と音羽さんに、感謝の思いで応えていることだろう?

 ドリブル。
 食堂を後にしてドリブル。

 そして五人目と六人目がグランド横断の、そこから近い校舎の入口に向かって走っている処を目掛けて、俺はシュートをするような体制からボールを蹴り上げた。


 ――二三日前の下校中、小さなスーパーで立ち読みをした漫画を、参考にしたドライブシュート。ということで、やはりシュート。尚且(なおか)つサッカーボールとはいっても、俺は情報屋だ。当然ボールには種があれば仕掛けもある。通常よりも重くて硬い。

 だとすれば、
 そのボールは凄まじい回転を維持したまま、球威が落ちることもなく、約百五十メートルの距離を魅惑な曲線を描きながら飛行して、五人目の後頭部を直撃した。

 砂塵舞(さじんま)う中、五人目が倒れる。

 燦々(さんさん)と照らす太陽が、俺の鼓動を速くする。六人目は構わず逃げる。逃げて校舎の入り口を目前とする。焦らずどのみち短距離走だ。クラウチングスタートをもって、俺は走り出す。――丁度(ちょうど)いいタイミングだ。行き先はわかる。この入り口を潜って、中庭を横切る渡り廊下を走るはずだ。そこで六人目は、他の四人の仲間と合流する。

 七人目、八人目、九人目、十人目と、
 待ち構えている。だけれども、俺にも仲間がいる。
 仮にも同じ依頼で動く、『(かぜ)(めい)』という奴がな。

 太陽の光を避け、
 薄暗い場所へと歩む。背景がピンクのイメージが消えて、その代わりといっては何だけど、イメージの音楽が変わった。締めの音楽。つまりエンディング曲が流れている。


 ……って、おい!
 なかなか現れないから、美味(おい)しい(ところ)だけ持っていくつもりか?

 と、その前に、この校舎についてだが、
 比較的新しい建物だ。聞いた話だが、この学園が中高一貫となったことを機に、校舎が三棟増築されたそうだ。で、あるからして、ちなみにここは中等部の校舎となる。

 何が言いたいのかといえば、

「不自然だ」
 と、言いたい。昼休みの()只中(ただなか)、いくら俺が、見た目が中等部と見分けがつかないといったからって、制服とは異なる黒い衣装。くどいほどに黒のターバンを頭に巻いて、模型用の(たがね)を握り必殺のポーズも取っている。そんな俺の前を、何事もないように中等部の生徒の列が通り過ぎる。その中から、鉄パイプが襲ってくるのだ。

 研ぎ澄まされた鏨は、
 ――効果音も一緒に相手を捉える。

 それが六人目だ。

 何と、中等部にも情報屋がいたのか? 風景までが驚きに包まれる瞬間だった。

 類は類を呼ぶように、
 七人目、八人目、九人目、十人目が現れる。すると、――コンマ何秒かの世界、すぐさま異変が起きたのだ。その正体は、シンプルに風。緑色で、スーッと通り抜けた。

 ……。

 静寂の中、七十ミリの針が落ちる音。
 同じ針が、これで四本廊下に転がる。

 麻酔針だ。

 倒れる。まるでテレビでも見ているかのような効果音。七人目、八人目、九人目、十人目が一斉に崩れるようにして、針と同様に転がる。いずれも眠っているのだ。

 午後の光を背景に、基本色が緑の迷彩服。

 二つに分かれる角柱型を上下逆に組み替えたもの……略して『シャーペン』と形状が酷似した武器を握っている。(なび)くほどに長い黒髪。その隙間から見える鋭い目。歌舞伎みたいな白塗りを(ほどこ)していた。……見つめ合う互い。


 沈黙は続いたが、

「お前、誰だ?」
 と切り出した。期待の効果音をともにし、鏨を回転させた。

「おいおい、俺だよ」
 と、慌てて長い黒髪を外した。ヘルメットのようにだから、(かつら)だったのだ。

 予想はしていたが、
 決して百パーセントではなく、きっと一割も満たないだろう。なぜならば、思い込みは大敵だからだ。俺は(たと)え音羽さんでも信用しないだろう。いざとなれば、音羽さんでも手にかける覚悟もある。……守るもののためならば。

 でもな、

「何だよ。脅かすなよ」
 と、腰の力が抜けた。ヘナヘナという表現がお似合いだ。

「何だあ? その間抜けな面は」
 と、風の名……改め迷彩服で白塗りの早坂(はやさか)は、クスクスどころか、気障台無(きざだいな)しのブハハハと豪快な笑いだ。それを見るなり俺もつられて大笑いだ。

 それは廊下の端から端。隅から隅まで。
 この校舎の中を貫く勢いでこだまする。

 風の名とは異なる穏やかな風に運ばれ、「うるさい!」と、返ってきた。




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