朋子ちゃん

文字数 1,935文字

 いつから朋子ちゃんが恋人だったのか分からない。でも随分前からそうだった気がする。
 いつもデートをするのは川沿いの道。そして何度目のデートだったかな。
 暑い夏が過ぎ、もう9月。遠くの山の少し上に夕日が輝いていた。あれほど意地悪だった真夏の太陽が、優しいオレンジ色に光っていた。そよそよと、心地よい風が吹いていた。
 朋子ちゃんの長い髪が風になびいていた。堤防の緑も。
 川の水はさらさらと流れ、水面から顔を出した岩の上に、綺麗な白い鳥がとまっていた。

「ねえ耕平君。私たち、ずっと一緒にいたいね」
 突然、朋子ちゃんがこんなことを言った。
 耕平、それはぼくの名前。そしてその言葉に、ぼくの視界が一気にバラ色になった。
(やった!)
 ぼくは心の中で叫んだ。こんなに可愛いくて、優しくて、そして心豊かな彼女が、これからずっと一緒にいてくれるんだ。ずっと一緒に!
 そう思ったら嬉しくて、それからぼくは「うん!」と、答えた。
 そして目が覚めた。

 どうして朋子ちゃんなんて女の子が、いつも夢に出てくるんだろう…
 不思議だった。
 朋子ちゃんなんて女の子、ぼくは見たこともない。だけどそれはすごくリアルな夢。
 朋子ちゃんは長いさらさらとした髪で、可愛く前髪を垂らして、ぱっちりとした綺麗な瞳。
 いつでもぼくは朋子ちゃんの笑顔がはっきりと思い出せるのに、本当に逢ったこともない。
 あの女の子は誰なんだろう。だけどいつも夢の中でしか…

 それから少しして、その日、ぼくは自転車で散歩をしていた。そして何気なく、少し遠くまで行こうと思い、走っていたら綺麗な川沿いの道を見付けた。
 初めて通る道。
 日差しが傾いて、遠くの山の上で輝いていた。優しいオレンジ色に光っていた。
 そよそよと心地よい風。堤防の緑もその風に…
(あれれ? ここじゃん。いつも夢の中で朋子ちゃんと一緒に歩いたの)
 それからぼくは自転車を止め、辺りを見渡した。
 何もかも夢の中と同じ風景。
 一体ここは…

 ぼくはその景色に見とれ、しばらくそこにいて、それからふと見ると、その道から川の反対側の少し離れたところに何軒かの家があって、その中の小さな家の縁側に、ひとりの女の子の姿が小さく見えた。
 さらさらとした長い髪。
 あれれ? あの女の子は…

 それから僕は自転車でその家に向かった。あそこに座っているのは、もしかして朋子ちゃん? そう思いながら、ぼくは胸を弾ませ自転車を走らせた。
「朋子ちゃん?」
 それからぼくはその女の子に声をかけた。もしも違っていたとしても、気まずくならないように、少し小さな声で。
 そしたら女の子は小さくうなづいた。
「やっぱり朋子ちゃんだったんだね。いつも夢の中で一緒に川沿いを歩いたよね!」
「もしかして、耕平君?」
「そうだよ!」
「私…、子供のころ病気して、だから両足が動かないの。だから歩けない」
「歩けない?」
「だけどあの川沿いの道を、一緒に歩いて散歩するのがずっと夢だったの。だけどそれは叶わない夢」
「叶わない夢?」
「そう。だけどずっと前から、時々、耕平君が私の夢の中に来てくれて、そしたら私、夢の中ではなぜか歩けるようになって、そしていつも一緒に、あの川沿いの道を散歩したの」
「そうだったんだ。そしたらぼくら、いつも一緒の夢を見てたんだね。不思議だね」
「耕平君もそんな夢見ていたの? ほんと、不思議だね。だから耕平君、初めて逢った気がしないよ。いつも夢の中で逢っていたし」
「そうだよね。ずっと前から逢っていたよね」
「うん!」
「これから一緒に散歩しようか。もしかして、歩けるかもよ」

 それから朋子ちゃんは、座っていた縁側から立ちあがろうとしたけれど、やっぱり足は動かなかった。
「やっぱり夢と現実は違うのよね」
 朋子ちゃんは悲しそうにそう言った。だけどぼくは、近くに置いてあった朋子ちゃんの車いすを見て、そしてぼくは言った。
「それじゃ、あの車いすで散歩に行こう。ぼくが押してあげるよ」

 それから朋子ちゃんを車いすに乗せてあげ、車いすを押して川沿いの道を歩いた。
 暑い夏が過ぎ、もう9月。遠くの山の少し上に夕日が輝いていた。あれほど意地悪だった真夏の太陽が、優しいオレンジ色に光っていた。そよそよと、心地よい風が吹いていた。
 朋子ちゃんの長い髪が風になびいていた。堤防の緑も。
 川の水はさらさらと流れ、水面から顔を出した岩の上に、綺麗な白い鳥がとまっていた。

「ねえ耕平君、これからもずっと車いす、押してくれる?」
「もちろんさ」
「ほんと? 夢みたい」
「夢じゃないよ。ぼく、これからもずっとずっと、朋子ちゃんの車いす、押してあげるよ。ずっとずっとね。それにいつの日か、夢の中みたいに、本当に歩けるようになるかも知れないし…」

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