恋心同盟

文字数 3,012文字

 マサト、新、郁人の三人には、好き人がいる。今年新任のクラス副担任、秋野草先生。通称・アッキー。二十代で初々しいかと思ったら、なかなかに芯があり、今時珍しい熱血教師っぽいところもある。熱血教師っぽい性格なのにも関わらず、小柄で小動物っぽいところも、中学男子生徒の心を鷲掴んでしまった。もちろん、本人にその自覚はない。
 ホームルームでアッキーの姿を見たあとの三人は、ため息をついた。
「かわいい……見てるだけでいい……」
「マサト、キモい」
「とかいうお前も、ノートに『アッキー』って書きまくってて怖いぞ、新」
 三人……というか、アッキーラブの三バカは、授業前に『今朝のアッキー座談会』を開いていた。
「なぁ郁人。俺たち男子中学生がアッキーにアタックして、勝ち目ってあると思う?」
「教師と生徒って禁断の関係ってだけで、オレは燃えるけどなぁ。お前もそうなんだろ」
「そうなの? マサト」
「まぁな」
「ドヤ顔乙」
 言い切るマサトに、「アッキー」と書きまくっていたノートを片付けながら、新はつぶやく。
 見ているだけで目の保養になる。が、それ以上の、もっと近しい存在に当然なりたいマサト。秘めたる思いをまったく隠せずノートに書きだしてしまう新。そして、禁断の関係にあこがれる邪心の塊である郁人だが、口火を切ったのが当人だった。
「俺たちこのままでいいのか? やっぱ行動に起こしてなんぼだと思うんだが。お前も見てるだけなんて嫌だろ? マサト。そんなの負け犬だ」
「あのさぁ、郁人。僕らは生徒だよ? OKしてもらえるわけないじゃん」
「新、お前も負け犬だ。俺は行動に移すぞ!」
 堂々と宣言した郁人に、マサトと新はぴくりと反応する。
「俺は、今日の放課後告白する!」
「は? 俺たちは『アッキーを愛でる』っていう同盟だったんじゃないのか?」
 眉毛をつり上げるマサトに、案外あっさり答えたのは若干ストーカー気質のある新だった。
「ふうん、そういう気なんだ。わかった。だったら僕だって行動に出る」
「新! ……マジかよ」
「で? マサトはどうすんだ?
 ニヤニヤと挑戦的な笑みを浮かべる郁人に、マサトはまんまと乗せられた。
「お前らがその気なら、俺だって告白する! 昼休みだ!」
「だったら僕は午後のホームルームの前かな。マサトが振られる前提で」
「はぁ?」
 新もはっきりと告知すると、郁人が大声を上げる。
「ふたりとも、オレが放課後って言ったら、その前に告白する気だな? ずりぇぞ!」
「恋に抜け駆けも何もないだろ」
「そうだよ。早い者勝ちでしょ?」
「ぐっ……」
 郁人が下唇を噛む、
 今まで消極的そうだったマサトと新も臨戦態勢になり、こうして『アッキーを愛でる同盟』は一気にライバル関係になったのだった。
 そして迎えた昼休み。マサトが職員室にいたアッキーを呼び出すと、アッキーは忙しそうだったのにも関わらず廊下に出てきてくれた。
「どうしたの?」
「あの……俺、アッキーを見てるだけで幸せなんです」
「秋野草先生と呼びなさい。ま、いいわ。じゃあ次の私の授業も真剣に受けてね。用事はそれだけ?」
「アッ、ハイ」
「私、仕事あるから。またね」
「……アッハイ……」
 さすが教師である。隙なしの完全防御。生徒の好意を否定せず、勉強につなげる技はプロとも言えよう。マサトはがっくりと肩を落として教室に戻ると、昼食を食べていた新と郁人に早速報告した。
「撃沈なんだが」
「強いね、アッキー。次は僕か。これはなかなかの強敵だな」
「新はどうやってアプローチするなんだよ」
「郁人に言うわけないでしょ。僕には奥の手があるんだから」
 奥手な新の奥の手? マサトと郁人は首をかしげるが、本人は案外緊張もしていなさそうだ。まさか、これはとんだブラックホース? 不安に思ってるマサトと郁人だが、無情にも午後のホームルームの時間は近づく。
 アッキーが少し早めに教室の後ろの副担任席に着くと、新は何か持ってそばに寄った。
「あの! アッキー」
「秋野草先生と呼びなさいよ」
「あ、秋野草先生。これ、僕の想いの全部です!」
「何? ノート?」
 アッキーはぺらりとノートをめくる。そこには自分の名前が一ページに真っ黒になるまで書かれている。次のページには、自分の肖像画。
「あ、一番見てほしいのは、ここのページです!」
 新は次のページをめくるように促すと、そこには妄想デートプランが書かれていた。
「ふうん、読んだよ。これは授業中に書いたの? 真面目に授業受けてないじゃない」
「い、いや、秋野草先生の授業じゃないですよ? 数学の川田の授業で……」
「じゃあ、川田先生に言っておくわ。授業まともに受けてない生徒がいるって」
「そんなぁ……」
「ほら、ホームルーム始まるよ」
 こうして作戦が裏目に出て、自分の席に戻る新を、マサトと郁人は内心笑っていた。しかし、アッキーはなかなかガードが堅い。教師なんて、このぐらい堅くないとやっていけないのかもしれないが、まったく生徒になびかない。だけども郁人は「絶対落としてみせる」と燃えていた。
 午後のホームルームが終わったあと、郁人は人気のない廊下を歩くアッキーの前に飛び出すと、壁に手を置いた。
「秋野草先生……いや、愛しのアッキー。オレと禁断の愛をはぐくまないか?」
「……」
 決まった。郁人は内心ガッツポーズを決めた。そのキザな様子を、こっそりと陰からのぞくマサトと新。郁人は完全に勘違いしていた。強引な男ほど女に好かれる。だが、当然アッキーにそんな手は通用しない。
「禁断の愛って、あんたに手を出したら私が犯罪者になるんだけど。そもそもあんた、中学生で女一人養っていけると思ってんの? バイトもしてない親のすねかじりじゃない。寝言は家でどうぞ」
「うぐっ……」
 正論・オブ・ド正論が来てしまった。禁断の愛とか、恋をしている恋愛脳バカ3人には都合のいい話かもしれないが、アッキーにしてみたら何のメリットもないどころか、教師生命を失うし、社会的な落伍者のレッテルを張られかねない。そんな博打を手堅い彼女が打つわけがないのだ。
「もう、あんたらさっきから何なの? そこに二人も隠れてるわよね、出てきなさい」
 マサトと新の存在に気づいていたアッキーは、三人を目の前に立たせると、説教を始める。
「教師を口説きたかったら、最低あと五年待たないといけないし生活費稼げるようになってからにしなさい。まぁその頃になればあんたらも私への興味なくなるでしょ」
「そんなことないです!」
 三人の声がそろった。
 すると、アッキーは右の口角を上げてニヤリとする
「ふうん? だったら勝負しよっか? あんたたちが就職したあとでも私を好きだったら、考えてあげる」
「本当ですか?」
 新が食い気味に言うと、アッキーは力強くうなずいた。
「就職したらね」
「よっしゃ! 頑張って就職するぜ!」
 勢いよく拳を突き上げたのは郁人。マサトも腕を組んで首を縦に振った。
「そうだね、アッキー。まずはアッキーと同じ土俵に立ってからだよね。『社会人』っていう」
「物わかりのいい生徒は私の自慢よ。じゃあ、わかったらさっさと下校しなさい。もう遅いから」
「はい!」
 三人は気づいていなかった。アッキーの手のひらで完全に踊っていることを。マサト、新、郁人は、アッキーへの恋心を抱きながら成長していく。
 たとえそれが年月の経過でなくなる想いでも、甘酸っぱい青春の1ページなのは変わらない。
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