ターゲット×ターゲット

文字数 1,734文字

 私はバンドマンの大和が好きだ。芸能人を好きになるなんて馬鹿げてる? 私だってアイドルなんだから関係ないでしょ。同じ現場だったこともあるし、楽曲だって提供してもらったことのある人間なんだし、赤の他人ってわけじゃない。ちゃんとした『顔見知り』だ。
 それなのに……大和は一般人の葛城美空とかいう女と付き合っている。なんでアイドルで超絶かわいい私じゃなくて、一般人なのよ! 本当に腹が立つ。この『葛城美空』とかいう女を葬り去りたい。どうにかして、大和を振り向かせたい。私は行動に出ることにした。
 大和と葛城がデートの日。私は変装して、ファンの男の子たち数人を呼び出していた。
「本当にやるの? こずえちゃん」
「当たり前でしょ。あの葛城って女が一人になったらみんなで襲って。私のファンだったらできるわよね?」
 よくチェキ会に来る山本が、不安げに問いかけるが毅然として言い放つ。葛城なんかより、私のほうが大和にお似合いだし、話題性だってある。人気バンドのメンバーとアイドルなんて、ぴったりでしょ? 週刊誌に連絡して、大和とホテルから出てくるところを写真に撮ってもらおうとしたこともある。既成事実なんて作ってしまえばいいと思っていた。だけど、大和は葛城一筋で、私が仕事終わりにホテルへ引っ張っていこうとしてもかたくなに拒否した。
 何よ、一般人風情がアイドルよりいい男をとるなんて。世の中ふざけてるでしょ。許せるわけがないんだから。
 私のファンは、私の幸せを一番に考えてくれている。だから、今回の『かわいいお願い』も聞いてくれる。ファンのみんなの幸せは、私の幸せである『大和と私がカップルになること』なのよ。葛城は邪魔。だから襲わせる。
 こそこそと大和と葛城の後をつける。公園デートか。人目もはばからずに手をつなぐなんて、はしたない。ふたりがソフトクリームを食べていた、そのときだった。
 ヤバっ、大和と目が合った。確実にこちらに気づかれた。私だってアイドルなんだから、気づかれないわけがない。
 大和は、私と山本他、取り巻きを一瞥したあと、葛城へ問いかけた。
「ねぇ、美空さん。もし俺のことが好きなクソアイドルとその取り巻きに襲われたら……どうする?」
「…………」
 葛城がしばらく考え込んでいるところ、耳元で山本がささやいた。
「こずえちゃん、バレてるよ? 本当に計画実行するの?」
「当たり前でしょ。大和が離れたら、葛城を拉致して。私が好きならできるわよね?」
「……うん、それがこずえちゃんの幸せなら」
 山本がそうつぶやくと、私は葛城が何を言うか耳を澄ませた。すると、思わぬ言葉が返ってきてしまった。
「やだなぁ、アイドルが、そんなことするわけないでしょ! だって、私なんかよりよっぽどかわいいはずじゃない。アイドルだって、バカじゃないよ。誰よりも自分のことを愛してくれるファンと付き合うのが理想だと思うし」
 葛城がそういった瞬間、周りにいた取り巻きたちの目つきが変わった。どうしよう。葛城をターゲットにしていたのに、いつの間にか私はオオカミに囲まれた小動物になってしまった。立場が一気に逆転する。まずい……!
「こずえちゃん、逃げるよ!」
「え?」
 手を取ってくれたのは、山本だった。

 一緒に公園を抜けると、裏道に出た。ここまで逃げればもう大丈夫だろう。私と一緒に逃げてくれた山本は、息を整えると言った。
「こずえちゃん、俺がバカだった。『アイドルの幸せがファンの幸せ』。それは間違いじゃない。でも、アイドルが間違ったことをしようとしていたら、叱ってやるのもファンだ。だから、俺はこれから怒ります」
「ご、ごめんなさい……」
 私が頭を下げると、山本はぽんとそこに手を置く。
「いいよ。俺も間違っていた。これからは、正々堂々とこずえちゃんを『狙って』いくからね!」
「……え?」
「ファンと芸能人の一線を越えたのは、こずえちゃんだからね?」
 あっ……。今回集めた取り巻きたち。ファンレターに書いてあったアカウントに私から連絡したんだ。アイドルが一般人に連絡を取るなんて、ご法度。その一線を越えたのは、私だ。
 山本は紳士的にタクシーを呼んでくれて、この日はお別れになった。
 けど、私これからどうなっちゃうの?
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