花は空を見上げ、鳥は風を唄う

文字数 1,150文字

 田畑の隅に咲く一輪のスズランの花は、今日も大空を見上げようと必死だった。どんなに空を見上げようとも、自分は首を下げてしまう。愛しい空は自分にとって、近しいのに遠い存在。自分はなぜ、愛しい人に顔を見せることができずにいるのだろうか。自分はなぜ、他の花々のように、凛と咲けないのだろうか。嗚呼、悔しい。だけども私のようなちっぽけな存在があの空に素顔を向けるなんて、恐れ多くてできない。広くて澄んだ真っ青な空。あなたが好きです。それでも、恥ずかしくて、緊張して、顔を地面に向けてしまう私を、どうか今日も優しく見つめていてください。私は、顔をあなたに見せられなくとも、あなたが大好きなのです。
 自分という名もなき地図を、自由に飛ぶ鳥が空は好きだった。私は限りなく、何もない。そんな私をあなたという存在がお茶目に彩ってくれる。気分屋な私はいつも機嫌がいいわけではない。強い日差しのときもあれば、雲が覆い、大雨を降らせるときもある。それでもあなたは私の世界を飛び回る。終わりなき私に、唯一色を添えてくれたのが、あなたです。あなたという存在自体が私にとって救いです。いつも自由でいてくれてありがとう。私だけの鳥よ。これからもずっと、命ある限り私の世界を飛び回っていて。
 鳥は今日も風を唄っていた。あなたが好きです、愛しています。その声は、風自身に消されてしまった。それでも鳥は唄い続ける。風への愛を。鳥は、自分を好きな場所へ連れて行ってくれる風を愛していた。寒くなったら暖かい地方へ。暑くなったら涼しい場所へ。定住する場所は、私にはありません。さすらい人の私のそばにいてくれるのは、風よ、あなただけです。嗚呼、私の愛はどうして伝えられるのでしょうか。どんなにこの小さな声であなたへの愛を唄っても、きっとあなたに届かない。あなたは私の愛の唄を、なかったことにしてしまう。私の愛を、なかったことにしないでください。愛しい、愛しい人。誰よりも愛しています。今日もあなただけに届かない愛を唄い続けます。
 風は何も言わずそよぎ続ける。何も言わないが、自分が吹くと花がかわいらしく揺れる。その姿を愛でていた。恥ずかしくて空に顔向けできない、そんな奥ゆかしさがかわいらしかった。小さい姿なのに、自分の中の大きな存在。自分が吹くことで、花はさらに愛らしくなることを風は知っていた。花が空を愛していることも、鳥が自分に愛を唄っていることもわかっている。それでも風は、花を揺らす。一輪の、何もない場所に力強く咲く、愛しいあなた。あなただけを恋うています。あなたが下を向いてしまわないように、私はあなたが少しでも空に近づけるように、今日も聞こえない想いを叫びます。

 花は空を見上げ、鳥は風を唄う。
 空は鳥を愛し、風は花を今日も揺らす。
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