二 一郎太、謎の青年と出会う

文字数 1,265文字

「申し……」
 随分と古風な呼びかけだった。首をかしげながら覗き込んでくるその人は、一見、眉目秀麗な青年の姿をしているが、整いすぎた細面(ほそおもて)に、すらりとした手足は不自然に白く、なんだか青味がかってさえいた。よくよく見れば、髪と瞳もあからさまに緑色だ。長く真っ直ぐな髪を束ねているのは、細長い葉が付いたままの枝(柳、かな?)のようなものだし、薄手の白いシャツ一枚に深緑のチノパン、つっかけサンダルといういで立ちも、秋の低山とはいえ、軽装が過ぎるではないか。
 たとえ一瞬でも、普通の人間だと、どうして思ったんだろう。
 リュックに手を突っ込んだまま動けないでいると、その人はちょっと頭を下げ、親しげに僕の真横に座り込んだ。
「も……ん、ああ、ええと……こんにちは。
 驚かせてすみません。あの、あなたがとても……『私のようなもの』に、慣れていらっしゃるようでしたので。お声をかけさせていただきました」
 にこやかに涼やかに、なおかつ真摯に語りかけてくる。悪いモノではない気はするが、何だろう、木々の精霊の類だろうか。こんなに爽やかな雰囲気の、麗しげなイケメン青年の幽霊なんて、ましてや昼日中にはそうそういないだろうし。
 だが、易々(やすやす)と気を許すわけにはいかない。ここは僕のフィールドじゃない。いうなれば、完全アウェイだ。
「何か、ご用でしょうか。僕は私用でここを訪れています。助けになるかは……」
 努めて堅い声で答えようとする僕の口を、青年はそっと指で遮った。ふふっ、と声を出して笑う。滑らかな動きがやけに(なま)めかしい。
「ごめんなさい。あまり時間がないので、要件だけ言います。このあと、ひとりでここを通りかかる、若い女性があります。どんな姿をしていても、あなたにならきっと分るでしょう。その人に、『供養塔のあたりにシビトタケが生えてしまった。危ないから御参りはせず、まっすぐ帰ってくるように』と、そう伝えて下さいませんか。私もそろそろ、帰らねばならないので」
「し……シビトタケ?」
「ええ、地面からまろび出た苦悶の手のような形の、血塗られたような毒々しい赤の……それに触れられたものは、あっという間に(ただ)(くさ)れてしまうという、恐ろしいキノコです。あれが生えたということは、誰か不心得者が、近くに屍人を埋めたのでしょう。死体遺棄と言うやつですね。我々にとっても迷惑な話です」
 青年は立ち上がり、僕に向かって一礼した。
「万が一にでも、彼女に何かあっては困りますので。どうかよろしゅうにお伝えください。
 お願い、いたしましたよ」
 物腰は柔らかいが、有無は言わせぬ、といった調子だ。ところどころに出る古めかしい言い回しがぴりっと効いていて、そして何より、『シビトタケ』の話がやたら怖い。
(この人、こういう頼みを断ればどういうことになるのか僕が知っている、のを知っている、な……結構、年経(としへ)た精なのかも)
 僕がためらいながら頷くと、今度は声を出さずに微笑んだ。穏やかすぎてやっぱり怖い。
「では、また後ほど」
 ざっ、と一陣の風が吹き、青年の姿はかき消すように見えなくなった。
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登場人物紹介

松島一郎太(まつしま いちろうた)


祓い屋の青年。二十代(ギリ)前半。独身。

和装を好むが、山歩きの時はその山のレベルに応じた山ウエアをちゃんと着る。

市井の民俗学者を名乗ってはいるが、実績は特にない。実は体力には自信があり、腕っぷしもなかなか。

謎の青年


全体的に緑がかった印象の眉目秀麗な青年。とても細い。

猫又(ねこまた)


鎌倉時代の装束を好む、古き妖。変化が得意。

シビトタケ


類似のキノコを見かけても、決して近づくなかれ。

(詳しい説明は、第四話の終わりに注釈(※)として付けています。本当に気を付けてね)

山野ゆずこ(やまの ゆずこ)


一郎太の師匠。表向き、裏向き、双方の職業においての上司に当たる。滅法強い。

民俗学には特に興味はない。

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