十 一郎太、事の顛末を話す

文字数 1,558文字

「で、これがお土産ってわけね。いいわねえ、どぶろく! さすが我が弟子、分かってるう!」
 あまり歩くこともできなかった、ひとりハイキングの三日後。僕は道の駅で買った限定品のお酒を持って、人生の大師匠であるゆずこさんを訪ねた。
「生酒生酒……あ、ちょっとこれ冷蔵庫入れてくるわ、上がってそこ座ってて」
 玄関先でさらっと顛末だけを話し、お土産のどぶろくを渡して直ぐ帰る……つもりだったのだが、結局はこうして履物(はきもの)を脱ぎ、ゆずこさん家の居間兼客間に通されてしまう。
 たぶん、この人の見解を聞いてみたいな、などと、ちらりと思ったのを見透かされたのだ。かなわないな、お師匠さんには。
 戻ってきたゆずこさんの手には、湯気の立つコーヒーマグが二つ。レギュラーコーヒーのいい香りがする。こういう時、僕が何を飲みたいのか、ゆずこさんは完全に把握している。砂糖やミルクは要らないということも。あまりに先回りされすぎてて、たまにテレパスなのかと思うんだよな。
 コーヒーを飲みながら、僕はゆずこさんに、三日前の出来事を最初から最後まで改めて詳しく話し、最後に、柳雪さんにもらった柳の枝を見せた。
「どれどれ」
 ゆずこさんが輪っか状になった枝を静かに手に取った。付いている葉っぱは青々としていて、三日前と全く様子が変わらない。 
「なるほどね。
 あのさ、一郎太、これ別にね、ものすごく信頼されて託されたとかじゃないから、安心して。これ、こっちからは『辿れないようになってる』。なんだろう、うーん、ビーコンみたいな? まー、これじゃあ向こうも、うっすらとした一郎太の現在地くらいしか分かんないと思うけど」  
 そうか、ものすごく信頼されたわけじゃないのか……。いや、分かってはいたけど、はっきり言葉にされると、意外と(へこ)むもんだなあ。
「いつでも会いに来ていい、というのも、社交辞令なんでしょうか?」
「いやー、才長(さいた)けてはいても、木精も妖怪も根は正直だからね。話をしたいっていうのも、歓迎してやるっていうのも、本気なんだとは思うよ。
 けど、あんまり頻繁に行くと嫌がられるかもね。異類の夫婦がたぶん何百年単位でうまくいってるってことは、もう相当アレなんだろうから……」
「そうですね、かなり惚気(のろけ)はきつかったです……ご夫婦お互いに。あからさまなのは奥さんの方なんですけど、旦那さんの方も、はしたないこと言うなって(とが)めつつ、自分はめっちゃ触ってたりしてましたし」
「あー、でしょうね。私、絶対そこ行きたくないわ。虫歯になりそう。
 ただ、そうね……。万が一の話になるけど、もしもこの葉っぱが枯れたり、落ちたりしたら、急いで行ってあげること、かな。たぶんその時にはもうどうにもならないし、行っても行かなくても後悔することになるんだろうけど……行って後悔するほうが、なんぼかまし、だと思うんだよね。一郎太的には」
「僕的には、ですか」
「うん」
 屈託のない笑顔。屈託なさ過ぎてむしろ恐ろしい。
 祓い屋界最強女子とも(もく)されるゆずこさんには、この一件はどう見えているんだろう。柳雪さん夫婦との出会いがもたらすものが、これからの僕の人生にどう影響してくるのか、彼女には見えているのだろうか。
 聞きたいような、聞きたくないような。聞いたところでたぶん、答えてはくれまいが。
「……」
「ま、考えてたって仕方ないわよ。明日は明日の風が吹くんだから。……あ、コーヒー飲み終わった? それじゃ行こうか。時間はあるんでしょ」
「行こうかって、まさか……」
「もちろん、楽しい今日のお仕事ですよ! ちょっとめんどくさい案件でさ、アシスタントが欲しかったのよね~。お代は弾むから、頼んだわよ!」 
「ええー……」
 

 このあと、僕はまた、とんでもない事件に巻き込まれることになるのだが……
 それはまた、別のお話。
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登場人物紹介

松島一郎太(まつしま いちろうた)


祓い屋の青年。二十代(ギリ)前半。独身。

和装を好むが、山歩きの時はその山のレベルに応じた山ウエアをちゃんと着る。

市井の民俗学者を名乗ってはいるが、実績は特にない。実は体力には自信があり、腕っぷしもなかなか。

謎の青年


全体的に緑がかった印象の眉目秀麗な青年。とても細い。

猫又(ねこまた)


鎌倉時代の装束を好む、古き妖。変化が得意。

シビトタケ


類似のキノコを見かけても、決して近づくなかれ。

(詳しい説明は、第四話の終わりに注釈(※)として付けています。本当に気を付けてね)

山野ゆずこ(やまの ゆずこ)


一郎太の師匠。表向き、裏向き、双方の職業においての上司に当たる。滅法強い。

民俗学には特に興味はない。

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