第8話 砕けて
文字数 1,883文字
「独りで歩くとは、自分で決めた道を進むことです」
誰かの命令、社会からの圧力、呪宝の呪い。そんな外的な要因ではなく、楽しいから、好きだから、正しいと信じているから、胸の内から湧き出る情熱に従って、独り道を歩く。その道を行くは独りかもしれないけど、似たような道を進む仲間はたくさんいる。目指す星が重なることもある。たとえ共に歩かずとも、応援してくれる友に会える。
暗闇猫にも、自分の太陽に向かって欲しい。
「独り歩きの悲願は、仲間たちが仲間たちらしく、幸せに生きることです」
慎重に立ち上がる。何も見えない。体の向きを変える。ミースも合わせてくれる。握り合った手が、気持ちを通わせていた。ああ、そうだよ。星は同じなんだ。
暗闇に向かって、僕は頭を下げた。
「猫姫様、お願いします。独りで歩く、その勇気を抱いてください。独り歩きの悲願を叶えてやってください。僕が仰ぐ星は、独り歩きがもう一度学生寮に現れて、共に静かな時間を過ごすことなんです」
「そんな、でも、」
姫がふらつく。足がもつれて倒れ、ミースが胸で受け止める。その衝撃は僕にも伝わってきた。無気力な……。優しい手つきで、ミースは姫の頭を撫でる。
「人姫ちゃん。私、どうしよう。私、私、」
「わたしの星は、猫姫の笑顔だよ」
ミースは誤魔化さなかった。
「わたしなら、呪宝を護ることも、アラン君に譲ることもできる。猫姫は、どっちが幸せ? 歪な幸福に浸かるほう? つらく正直な独り歩き? 変わらない為には、変わらないといけないの。お兄さんを見殺しにした猫姫は、いままでの猫姫じゃないでしょ? どうしたって、いま、変わるしかない」
「わ、私は、私の幸せは――」
「選んで。猫姫が一番笑える未来を」
どこからも荒い呼吸音が聞こえてくる。砂埃には血が混じり、反響にはうめき声が目立っていた。同じ星を求めた代償か。正しいと主張する口で、この残虐か。
光が、ひとたび、強まる。
一瞬の太陽。
「いい加減にしろ! 姫!」
血だらけの独り歩きが棺の上で独り立ち、咆哮した。
「グリマルキンの切望を忘れたのか! 衰弱死した子猫を、呪い殺された俺たちの弟を忘れたのか! 一日の大半を洞窟で過ごし、真夜中でもサングラスが欠かせない! 他のカットシーとろくに悪戯にも行けない! 誰がどう言い繕うとも、暗闇猫は不幸だ! 呪宝は破壊しなければならない! お前もそれを憂い、あの日俺を見送ったんじゃなかったのか!」
独り歩きは噛み付かんばかりに姫を見つめていた。
「お前は強い猫だろ! さっさと決めろ!」
太陽は落ち、再び闇が満ちる。
床が砕け、パラパラと破片が散る。得物がかち合い、金属音が鳴る。撥ねた血が頬に付着して、飛んできた熊手が足先に突き刺さる。
「ああ、兄様」
姫は深く嘆いた。
「こんなにも追い込まれ、私の慈悲が不可欠な状況で――」
姫は涙を流す。
「それでも、私が望むたった一言を、おっしゃってはくださらないのですね」
姫は、理解する。
「私の幸せ。兄様と生きること。ただそれだけ。このままでは、無理なのですね。兄様は、光の国の独り歩き。けして自分の星を見失わない。決めた道を貫く、何があっても信念を折らない。一緒に生きる為には、私も独り歩いて、同じ道を……同じ星を目指して、進んでいくしかないのですね」
姫はミースから身を起こし、危うくも二本の足で立ち上がる。
「闇の洞窟では、私は幸せになれない」
コバルトブルーの目に光が宿る。三日月の如く薄くとも、無ではなかった。確かな決意の顕れだった。
「人姫ちゃん」
「うん」
「お願い」
ミースは目一杯、吹き抜けに腕を伸ばした。
「もちろんだよ」
光の宝剣カラドボルグが、正義の光を迸らせて、圧倒的な存在感で顕現した。
二度目の閃光が、暗闇の隅々まで到来する。暗闇猫は悲鳴を上げばたばたと倒れていく。僕は急ぎ視線を走らせた。悶え苦しむ暗闇猫の群れの中で、独り歩きが道を確保しようと必死だった。僕も独り歩きに向かう。ミースと繋いだ手が、指が、一本一本剥がれていく。最後の指先が、いま離れる。
ミースは呪宝クレセントを放り投げた。僕は振り向きざまに掴む。独り歩きと合流し、その背に跳び乗った。独り歩きは二階の回廊の柵を足場にし、同じように三階、四階と、吹き抜けを駆け上がっていく。傷ついた体を無理やり動かし、もと来た横穴に飛び込む。
「振り向きもしないんですね。少しくらいって、そう思うのは傲慢でしょうか?」
地に伏せた猫姫が呟く。苦しくて見送れない。それが、哀しくて仕方ない。
力強い言葉だった。
「いつか、追いつきます。兄様」
誰かの命令、社会からの圧力、呪宝の呪い。そんな外的な要因ではなく、楽しいから、好きだから、正しいと信じているから、胸の内から湧き出る情熱に従って、独り道を歩く。その道を行くは独りかもしれないけど、似たような道を進む仲間はたくさんいる。目指す星が重なることもある。たとえ共に歩かずとも、応援してくれる友に会える。
暗闇猫にも、自分の太陽に向かって欲しい。
「独り歩きの悲願は、仲間たちが仲間たちらしく、幸せに生きることです」
慎重に立ち上がる。何も見えない。体の向きを変える。ミースも合わせてくれる。握り合った手が、気持ちを通わせていた。ああ、そうだよ。星は同じなんだ。
暗闇に向かって、僕は頭を下げた。
「猫姫様、お願いします。独りで歩く、その勇気を抱いてください。独り歩きの悲願を叶えてやってください。僕が仰ぐ星は、独り歩きがもう一度学生寮に現れて、共に静かな時間を過ごすことなんです」
「そんな、でも、」
姫がふらつく。足がもつれて倒れ、ミースが胸で受け止める。その衝撃は僕にも伝わってきた。無気力な……。優しい手つきで、ミースは姫の頭を撫でる。
「人姫ちゃん。私、どうしよう。私、私、」
「わたしの星は、猫姫の笑顔だよ」
ミースは誤魔化さなかった。
「わたしなら、呪宝を護ることも、アラン君に譲ることもできる。猫姫は、どっちが幸せ? 歪な幸福に浸かるほう? つらく正直な独り歩き? 変わらない為には、変わらないといけないの。お兄さんを見殺しにした猫姫は、いままでの猫姫じゃないでしょ? どうしたって、いま、変わるしかない」
「わ、私は、私の幸せは――」
「選んで。猫姫が一番笑える未来を」
どこからも荒い呼吸音が聞こえてくる。砂埃には血が混じり、反響にはうめき声が目立っていた。同じ星を求めた代償か。正しいと主張する口で、この残虐か。
光が、ひとたび、強まる。
一瞬の太陽。
「いい加減にしろ! 姫!」
血だらけの独り歩きが棺の上で独り立ち、咆哮した。
「グリマルキンの切望を忘れたのか! 衰弱死した子猫を、呪い殺された俺たちの弟を忘れたのか! 一日の大半を洞窟で過ごし、真夜中でもサングラスが欠かせない! 他のカットシーとろくに悪戯にも行けない! 誰がどう言い繕うとも、暗闇猫は不幸だ! 呪宝は破壊しなければならない! お前もそれを憂い、あの日俺を見送ったんじゃなかったのか!」
独り歩きは噛み付かんばかりに姫を見つめていた。
「お前は強い猫だろ! さっさと決めろ!」
太陽は落ち、再び闇が満ちる。
床が砕け、パラパラと破片が散る。得物がかち合い、金属音が鳴る。撥ねた血が頬に付着して、飛んできた熊手が足先に突き刺さる。
「ああ、兄様」
姫は深く嘆いた。
「こんなにも追い込まれ、私の慈悲が不可欠な状況で――」
姫は涙を流す。
「それでも、私が望むたった一言を、おっしゃってはくださらないのですね」
姫は、理解する。
「私の幸せ。兄様と生きること。ただそれだけ。このままでは、無理なのですね。兄様は、光の国の独り歩き。けして自分の星を見失わない。決めた道を貫く、何があっても信念を折らない。一緒に生きる為には、私も独り歩いて、同じ道を……同じ星を目指して、進んでいくしかないのですね」
姫はミースから身を起こし、危うくも二本の足で立ち上がる。
「闇の洞窟では、私は幸せになれない」
コバルトブルーの目に光が宿る。三日月の如く薄くとも、無ではなかった。確かな決意の顕れだった。
「人姫ちゃん」
「うん」
「お願い」
ミースは目一杯、吹き抜けに腕を伸ばした。
「もちろんだよ」
光の宝剣カラドボルグが、正義の光を迸らせて、圧倒的な存在感で顕現した。
二度目の閃光が、暗闇の隅々まで到来する。暗闇猫は悲鳴を上げばたばたと倒れていく。僕は急ぎ視線を走らせた。悶え苦しむ暗闇猫の群れの中で、独り歩きが道を確保しようと必死だった。僕も独り歩きに向かう。ミースと繋いだ手が、指が、一本一本剥がれていく。最後の指先が、いま離れる。
ミースは呪宝クレセントを放り投げた。僕は振り向きざまに掴む。独り歩きと合流し、その背に跳び乗った。独り歩きは二階の回廊の柵を足場にし、同じように三階、四階と、吹き抜けを駆け上がっていく。傷ついた体を無理やり動かし、もと来た横穴に飛び込む。
「振り向きもしないんですね。少しくらいって、そう思うのは傲慢でしょうか?」
地に伏せた猫姫が呟く。苦しくて見送れない。それが、哀しくて仕方ない。
力強い言葉だった。
「いつか、追いつきます。兄様」