バッドエンド

文字数 560文字

「紫月さんとなら、バッドエンドでもいいですよ」


紫月さんは泣きそうな顔をした。


「目が見えない私は、足手まといだろうに」

「なに馬鹿なこと言ってんですか」

「好きだよ、文香さん・・・」


甘い夜が明ける。私が眠りから身を起こすと、紫月さんは背中を向けてベッドに腰掛けていた。


「紫月さん・・・?」


なんだ、この違和感は。


「おはよう」


紫月さんが振り返る。朝の部屋に夜の月が妖しく光っている。


「私なら、もう居ないよ」

「・・・紫月さんは、もう居ない?」

「そうだ。私はもう居ない。汚いことは全部俺に押し付けて、綺麗な上澄みだけを啜ってきたんだ。そのツケを払ってもらった」

「そ、れは・・・」

「君ならわかるだろう。人格の統合。私は俺の中に居る。だから消えたわけではないけれど、私はもう、居ない」


私に言い聞かせるように、何度も何度も、『私はもう居ない』と言う紫月さん。どうして、どうしてこんなに悲しいのだろう。九条紫月であるならば構わないと言ったのは、私なのに。


「悲しんでくれるんだね。まあ死んだみたいなものだからね」


そう言って紫月さんは笑う。


「さあ、俺の文香さん・・・」


紫月さんが私に覆い被さる。


「お望みのバッドエンドを君にあげよう」


月は夜にしか輝かない。

私は紫月さんに沈んでいった。

幸せな地獄が始まる。

その日以降、

私が屋敷から出ることはなかった。
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