ミナコ

文字数 6,953文字

「ちょっと川田っち道分かってんの?いったい此所何処よ?」
 「おめーは、東京モンだろうが、知っとけよ。そう言えば昔、「知っとるけ」てのがいたな。」
 「はー?聞こえない。知らないわよ、全然分かんない。それより、制服姿のギャル連れて、川田っち昼間からいい身分ね。あっ、立ってるんでしょ。」
 「はー?聞こえねーよ。バカじゃねーのかおいミナコ、それより此所何処だよ。」
 知らない街を夏の風突っ切ってバイクで二人乗り。なりふり構わない方向音痴な俺は見事に迷子になった。すっ飛ぶ速さの風切り音で何も聞こえやしない。バカみたいな大声張り上げて会話する。それにしても課長のSRはいいな。傍迷惑な低く轟く爆音上げて傍迷惑な二人は傍迷惑な会話を引っ提げて傍迷惑になりそうな商談に傍迷惑な街を傍迷惑な交通手段で傍迷惑な運転をして傍迷惑なスピードあげて走ってく。何にしたってこの世は迷惑だらけだから、迷惑結構。
 「バカはあんたでしょ。道に迷って八つ当りして、調べりゃいいのよ。バイク降りて電話帳かなんかで、それから聞けばいいじゃないのよ。世のなか便利なんだから。そう言えば川田っち、この会社入って初めて携帯持ったって言ってたね。原始人?」
 俺は嫌だったんだ。携帯電話なんか持つのは。何か振り回されそうだろ?用もないのにかかってきて、なんでもない会話して、電源切ってたら非難されて、めんど臭いし金かかる。しかしな持ってみると結構便利だった。思いの外無駄な話しをしたくなったし、何かトランシーバーみたいじゃないか。連絡取るのにアンテナあげて「緊急司令、地点Bから出動せよ」なんて大作戦ごっこしてるみたいで。これ言ったらかなりマンション内で馬鹿にされたな。「了解と書いて、「ラジャー」とか言うんでしょ。」とか。そうだよ実際言ったことあるよ。いいじゃんか。
 バイクを歩道に乗り付けて携帯電話片手にスーツ姿の企業戦士。後に制服姿の女子高生引っ提げて。一見不自然だが俺は違和感無く街の景色に馴染んでいたと思う。こんだけ人がいりゃあ何だって在りなんだろ。たまに人生暇してる奴がじろじろ見たり(しょぼくれたオッサンが多い。)、もしくは敵対心剥出しの男子校高校生(ピアス穴開けた猿みたいな顔したむさ苦しい何も持ってない連中)なんかが何か言いたそうに睨み着けてるけど、他の連中は本当におかまいなし。だってそうだろ、せかせか生きてりゃ人に興味を持つほど暇じゃないんだよ。まぁ、自分に興味を持つような余裕なんて無い連中でもあるけどね。本当、何考えてるんだろ?今いる自分の立場とかだろうな。世間って物差しで自分計る標準決めて、ISO(世界標準規格)取得を命題として躍起になってる連中だ。てめえを証明するものはどっかで発行される証明書であって自分で必死になって考えだした、思い込んで創りだし得た個人の意志じゃないんだ。つまんないだろうな。不貞腐れて自分隠すってのは。下向いたりして誰が悪いのかなんて考えて、自分だろ、そんなにしたのは!  「ねえ、川田っち、何ボンヤリきょろきょろしてんのよ。それより私、昨日川田っちに会社の名前聞いて調べておいたの。ほら、電話帳破ってきたんだけど、この会社よね。」 意外としっかりしてるな。マユミのことがあって一週間もしないで舞い込んだ話で俺は口歪めて何にもしたくなかったのに。それよりこの電話帳うちの会社のじゃないか?まあいいか。それにしても支店が多いな。電話帳一頁の半分は「敷島商会」って、本部は、この近くか。吉祥寺っていったら俺の家の近くじゃんか。近所ってもここら辺のこと全然知らないけどな。たぶん今中野にいるからもう少しだろ。
 「吉祥寺までなら案内できるよ。早く言えばいいのに。よく考えたら川田っち全然違う方向始め走ってたんだから。」
 「いいじゃねーか。バイクの二人乗り結構楽しいもんだろ。ノロマな車追い超してごみごみした街を自由に疾走するんだ。」
 「確かに結構気持ちいいね。風突き抜けてるみたいで。でもね、排気ガスで顔黒くなってないかな?トラック走ってたし。」
 「安心しろ、おめーの顔はすでに真っ黒だろーが、なにも変わりゃしねーよ。それよりか早く行くぞ。」
 「その前に電話するんじゃなかったの。段取り悪いよ。無能ね。仕事でしょ。ちゃんとしなきゃ駄目じゃんか。番号言うからかけなさいよ。えーと、」
 有能な秘書か、しっかりしたしたおねーさん気取ってミナコが俺に指導してくる。結構しっかりしてんだよな。マユミが昨日電話で言ってたな「ミナコはだって、しっかりしてるし、やさしいの。結構励まされたりしたのよ。あの子強いよ。」マユミも中川のところで結構うまくやってるらしい。たまに不安定になるときもあるらしいけどね。でもマユミは「ミナコは不安定にならない」って言ってたな。何となく分かる気がする。プラス思考って奴を持ってるんだろ。何処で手に入れたか知らないけど。
 とりあえず敷島商会本部ってとこに電話をかける。さぞかし丁寧な応対、綺麗な声した女の人が「はい、敷島商会です。」ってはっきりとした明るい声で答えるんだろうと、よく教育されてんなって感心する応対を期待した。ところが電話をかけてみるとモゴモゴ変な声が聞こえて、あっ間違ったねって思って一応「敷島商会さんじゃないでしょうか?」って聞いてみたら「そうだよ。」ってぶっきらぼうな男の声、あれ?天下に名立たる敷島商会(実際聞いたことないけど)じゃないのか?
 「お忙しいところ恐れ入ります。私、株式会社フリースタイルの川田と申します。初めまして。今日そちらの代表の敷島守様の所へお伺いする事になっておりますが、敷島様はいらっしゃいますか?」
 「えー、社長はどうしたかな?{おーい、社長何処いった?なんかフリーなんとかの川田って人から電話。え、社長便所?}ちょっと待っててね。も少ししたら社長来るから。{そういえばアレどうなってる?えーマジかよ。はははは}」
 感じが良いのやら悪いのやら。何処の家族的を売り物にした中小企業だ?
 「はいはい、敷島です。{おい、テレビの音小さくしとけ、聞こえんだろうが}どういったようですか?もう少ししたら、本屋にいくから早くしてくれ。」
 「あの、株式会社フリースタイルの川田と申します。今日、そちらへ」
 「あーあー、女の子連れてくるって話だったな。はははは、そうだった。すぐにきてくれ。午後から忙しくなるから。」
 電話が切れた。俺も切れようかと思ったけど、そんなことじゃあ切れやしない。「なんだって?」ミナコの質問に「早く来いだってさ。住所見ていくしかねーな。」電話帳の住所を見る。ビル名があって最後に411号って書いてあった。これって部屋番号だよな。いったいどんな会社なんだ?
 「ちょっと見せてよ。えーと、吉祥寺の・・・此所なら何となく分かるよ。前に会った男が住んでるとこの近くじゃないの。私がナビするから命令通り走ってね。」
 ミナコに散々「バカ、違うでしょ。そこ右行って、そして左。」って小突かれて、やっと目当てのビルに着いたときには「やればできるじゃない。」って、こいつだけは。
 どう見たって建物はマンションだった。それも世田谷にある俺等の秘密のマンションより程度の落ちる築十五年ってとこの白い壁が煤けた建物。敷島って奴は不動産もやっててその建物なんだろうって思ったが「桧山ビル」って書いてあった。住人は金持って無さそうな若い奴らってとこだ。
 むせ返るような、妙な匂いの充満するエレベーターに乗って四階に上がるとこのビルの真ん中が吹き抜けになってることが解った。下を見下ろすと誰もいない生涯日の当たらない緑の萎れた中庭の公園。たぶん誰もいないのは、放物線描いて唾が降ってくるからだろう。だって、俺も下の公園覗き込んだとき唾吐いたし、ミナコも唾吐いたもの。理由なんて無くてそうしたくなるところなんだ。
 「あのなあ、人生の先輩から一言言っておく。何があっても決して自分に同情なんてするな。「なんて自分は不幸なんだ。」って絶対思うなよ。惨めになるし、ただのマヌケを通り越したバカになるからな。」
 「川田っち私に同情してるの。だったらその方がムカつく。私は同情なんて大嫌い。人にだってそうだし自分にだってそう。同情は実際バカがするものよ。」
 「言い切るのか。さすがだな。失礼しました。だったら他の忠告。何かの小説にあった気にいった言葉から「人生は一つの窓から眺めたほうが結局の所よーく見渡せる。」これ、よく覚えとけ。」
 「どういう意味かしら。一つ窓って自分の見方ってこと?考え方ってことかな?」
 「そんなとこだろうな。もう少しつっこんで言うと、俺が思うに自分自身を持てってことだと思う。確立した自分ってものを持ったのなら、世界はいつのまにか自分のモノになる。何だか卒業式のくだらない説教みたいだけど、なんか、知ってて。」
 「何か知らないけど、私はいつでも私よ。そうじゃないと、自分の人生って言いきれないじゃない。私は自分の人生楽しくやってるわよ。だって、負けたことないもの。」
 「おまえには何も言うことないな。その通りだ。大したもんだよ。俺が最近気付いて、自分で感心したことを十分知ってるとはな。お前いくつだよ?俺が二十四年かかったことを軽く言いやがって。お前はほっといても大丈夫だな。」
 「私は今年十八歳になるの。遊ぶ時期はおしまい。これからって感じ。」
 俺は煙草を勧めた。ミナコは少し躊躇ったが一本抜き取ると自分のジッポで火を着けて深く煙を吸い込んだ。強い十八歳、強くならざる得なかった十八歳。だれだよ?こいつを女の子から女にしたのは?多少残酷に感じたけど、この世の中じゃあ弱いまま育ったんじゃあもっと酷い目に逢うだろう。ガタついた窓をこいつはちゃんと磨いてるんだろう。開いてるんだろう。強いはずだよ。ビルのうえに見える四角い空を眺める。白がかかっていたが、確実に晴れていた。ゆっくりと煙が昇っていく。
 「こんな目の前で立ち話もなんだから、早く行こうぜ。411号っていったら向かいのあそこか。ドア開けてるな。」
 狭い自転車なんかが置いてある廊下をカツカツ音を響かせて部屋に向かう。戦いに向かうみたいだな。車なんかが走ってる街の音は四角い空からかすかに聞こえてくる。案外ひっそりとした静かな場所だ。
 サンダルがはさまった少し開いたドアを勢い良く開ける。「今日は、フリースタイルの川田ですけどどなたかいらっしゃいますか。」返答なし。玄関開けると言葉のアヤでなく本当に足の踏み場の無い部屋だった。書類、ファイルなんかが積み上げられていて、パソコンが四畳半ぐらいの狭い部屋に詰まっていて、発注書やら住所録、メールなんかが画面を占めている。電話も五代ぐらい並んでて、ファックスは流れっぱなしだった。奥の流し台にまでパソコン置いてるよ。ラジカセからは東京FMが流れていて、いったい此所は何なんだって感じだ。ミナコの方はきょろきょろしてる。興味いっぱいに見える。少し見える不安な面持ちも「どうなるの?」って悲壮感漂うものでなくて「私にこの機械使えるかしら。」って感じのそこで働くことを決心したフレッシュウーマンって感じの緊張感ある不安さだった。最近は「ようこそ新人君!」って感じの社員っていったら女の方が多いよな。まさしくミナコもそれだ。
 「なんのようですか?」
 後から声をかけられて俺はオタオタして振り向きざまにドアで思い切り肘を打ってしまった。電気が走ってさらにオタオタ。ミナコが笑った。畜生!さらに俺はオタオタする。振り向きざまに茶色い髪した歯の抜けた黒いシャツ着て、よく痩せた四十男。ダーティーハリー気取ってやがるまんま裏世界の住人。 「あの、先ほど電話した川田と申します。敷島様はいらっしゃいますか?」
 「あー、社長はパン買いにいった。もうすぐ戻ってくるけど、携帯かけてみようか?」 すぐに男は腰に付けたガンホルダーみたいなケースから電話取り出した。「もしもし、川田って人が女の子と来てるよ。どうする?」「そうか、やっと来たか。」なんで会話が聞こえるの?って思ったら、またしても背後からやって来た。ボス登場。ボスの格好、上下青の土木服。突き出た腹に白いランニングシャツ。スキンヘッドのがたいの良い厳つい老人。中上健次の小説に出てきそうだな。つまり酒飲みの跳ねっ返りのオッサンだ。
 「ちょっと座って待っててくれ。」
 その言葉に座るところを探したが、無いじゃないか。足の踏み場もないのに。それに気付いてか、ハリーがファイルやら書類を掻き分けて座るところを作ってくれた。無論狭苦しくて身を小さくすること必死なのだが。ハリーが書類を俺に渡す。俺も用意した領収書を渡す。判子が押され合う。契約成立。「ついでにパソコン打ち込んどいてくれ。うちのフォーマットで書類残しているから。」って目の前に並んだパソコンの一台のキーボードを俺に渡す。俺が必要事項を打ち込んでいると連中は俺等におかまいなしで仕事の話。
 「このまえのどうなった。」
 「あれは銀行に振りこんどいた。」
 「永見産業の見積もりは?」
 「昼に届くよ。」
 「以下なら、やらないって電話しとけ。
 「社長がやれよ、俺は知らないよ。」
 「やっとけ。」
 「わかった。」
 「それと例の冷蔵庫買っといた。半分は佃に流しとけ。半分は倉庫に遊ばせとくわけにいかんから、星谷のとこに流せ。」
 「いつ?」
 「今日中にわしが行く。もう段取り付けたしな。」
 「なら書類作っとくよ。」
 「あたりまえだ。給料泥棒。」
 「なーにが、たいしてくれないくせに。」 ってそこでハリーが歯の抜けた笑顔を振ってくる。何をどう答えていいのか分からなかったので、こちらも意味無いスマイル。それにしても此所は何の会社なんだ。ミナコが肘で俺を突く。見ると廃棄物処理許可書、資格の持ち主は敷島守。それだけではなかった。経理関係からボイラー管理、中小企業診断士、販売士、危険物取り扱い、無線免許、生鮮野菜取り扱い。まだまだある。聞いたことないけど、そんな検定資格あったの?って感じのものがあちこちに何気なく貼ってある。
 「世の中色々な仕事があるものね。」
 ミナコの感心した小声に敷島は何気なく反応して、「世の中無駄な仕事はないよ。」ってボソッと言った。敷島守は間違いなくクールだな。仕事って価値判断基準から見ると高いスーツ着てロレックス巻いてるやり手企業家気取ってる奴らよりもよりも作業服の長靴履いてるこのオッサンの方が絶対カッコいいよ。ミナコも興味津々の顔してる。
 「契約済んだか。こちらがミナコさんか、敷島です、よろしく。明日から働いてもらうよ。俺はあっちの方駄目だから、なんだっけ?あの薬?」
 「バイアグラだろ社長。」
 「おう、それ、それ付けてくれれば若返ったものだが、まぁ、俺なら使うより高く売るだろうから、とにかく働いてもらうよ。」
 「はい、よろしくお願いします。」
 「なんとなく、取引先で話の種にするために買った本だったが、ミナコ君の目を見て気に入った。こういうのも商売になるんだなって感心もしたしな。えーと、付き添いの君は帰ってもいいよ。」
 「社長、永見の親父がまた文句言ってきてるよ。どうする?」
 「時間無いのに。ミナコ君今日から働いてもらおうか。この数字を打ち込んどいてくれ。パソコンはあれだから。それに付き添いの君も手伝ってくれ。高い買物したんだから、当たり前だろ。この見積もりのチェックをお願い。このパソコンに入っているから。」
 いいえなんて言えないうちに話が進んで、俺とミナコはパソコンの前に向かい敷島が渡すファックス書類とこれまで使ってきたファイルを渡され事務的な仕事に従事する。
 「ねえ、社長、ここの所分からないんだけど、どうするの?」
 「これはな、よく覚えとけよ。」
 ミナコと社長は自然に堅苦しさの無い社長と社員になっていた。歳取ると人を見る目が出来るって本当なのかな。時間ってのは、過ぎていかなくて、積もるもんなんだろう。どうにかする気があるんならね。俺が感心してると「手が留守だよ。」ってミナコに指摘された。狭苦しい部屋のなかでキーボードをカチャカチャいわす音が響く、電話は引っきりなし、ファックスは流れっぱなし。活気ある仕事場。悪くないね。何にせよ世の中動かしてるわけだから。ミナコは飲み込み早いのか鼻歌混じりで仕事してる。
 「若いってのはいいな。」
 敷島が作業服を脱いで麦茶を飲んで一言。俺もそう思った。一休憩入るのかなって俺が思う前に敷島は「フー」っとデスクワーク特有の腹からの深い息を吐いて、すぐに仕事に取り掛かる。伝染したのかミナコまでが「フー」って腹からの深い息を吐いた。お爺ちゃんと孫娘にも見えたし、師匠と弟子にも見えた。結局上司と部下なんだろうけどね。こりゃ心配いらないな。こいつはカッコイイ女になるんだろうな、男が憧れるような。後でミナコに街で出会ったら俺は後悔するだろう。こんないい女と出会っていたのにって。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み