第2話 生首の呼び声
文字数 1,274文字
高校生男子は総じてバカである。僕も例外ではない。
極めつけのバカをしたきっかけは、小さな新聞記事だった。
暴力団員が壮絶なリンチの末に殺害された、という新聞記事である。当時の関西は暴力団の抗争が激しかった。死体はガムテープでぐるぐる巻きにされ、山間部の谷底に投げ捨てられたらしい。警察が鋭意捜索中だった。
御丁寧にも死体を捨てた場所まで、地図入りで紹介されていた。今では考えられないが、おおらかな時代だったのだ。死体が捨てられたのは同じ市内だし、自転車で充分に行ける場所だった。
仲間の誰かが、「おい、行ってみようぜ」と言い出した。バカぞろいの僕たちは、常識的な判断より、面白そうな方を優先する。誰ひとり止めるものはいなかった。スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』よろしく、僕たちは出発した。
季節は秋。サイクリングには最適な季節だ。山々はきれいに色づいていたが、僕たちに紅葉を愛でる余裕はなかった。山に入ると、長い坂道が延々と続いていたからである。
自転車をこいで登っていくのだが、体力のない者から次々と脱落していった。最後まで坂道を登っていたのは、持久力に自信のある僕だけだった。
仲間から先行しすぎたので、見晴らしのよい場所で自転車を停めて、後続を待つことにした。
座り込んで休んでいると、どこからか「おーい」という声が聞こえた。ガードレールの向こう側から聞こえたので、後続の連中ではなさそうだ。何となく、山の方から聞こえたような気がした。
何気なく山を眺めていると、紅く染まった斜面で何かが動いた。そいつは右へ左へと揺れながら、ゆっくりと動いている。どうやら風船のようだが、赤や黄色ではなく、暗くて濁った色をしていた。
「おーい」
呼び声は風船の方から上がった。
僕は風船に目を凝らした。その正体に気づいて驚愕した。
風船ではない。人間の生首だ。血まみれの生首が、宙に浮かんで漂っている。
「おーい」
生首が僕に呼びかけてくる。ゆらゆらと近づいてくる。ゆっくりと近づいてくる。
「おーい」
僕はパニックを起こした。大慌てで自転車にまたがると、必死にペダルをこぎ始めた。車線を無視して猛スピードで坂道を下ったので、もし対向車がいれば、間違いなく撥 ねられていただろう。後続の連中と合流するまで、よく事故を起こさなかったものである。
「生首を見た」
僕は懸命に訴えた。
生首の正体は、容易に想像がつく。殺された暴力団員の生首にちがいない。少しでも早く見つけてほしくて、僕に呼びかけてきたのだ。
だけど、仲間たちは笑うばかりだった。目撃現場に戻ってみたが、案の定、生首は姿を消していた。仲間たちからバカにされ、いたたまれなくなった。
仕方なく僕も一緒に笑った。笑うしかない。笑わなければやっていられない。
この生首話は今では、同窓会の定番ネタだ。バカ話として、仲間の笑いをとっている。
あれから数十年が経っているが、暴力団員の死体が見つかったという話は聞かない。生首は今も、ゆらゆらと漂っているのだろう。
だから、あの辺りには二度と近寄らない。
極めつけのバカをしたきっかけは、小さな新聞記事だった。
暴力団員が壮絶なリンチの末に殺害された、という新聞記事である。当時の関西は暴力団の抗争が激しかった。死体はガムテープでぐるぐる巻きにされ、山間部の谷底に投げ捨てられたらしい。警察が鋭意捜索中だった。
御丁寧にも死体を捨てた場所まで、地図入りで紹介されていた。今では考えられないが、おおらかな時代だったのだ。死体が捨てられたのは同じ市内だし、自転車で充分に行ける場所だった。
仲間の誰かが、「おい、行ってみようぜ」と言い出した。バカぞろいの僕たちは、常識的な判断より、面白そうな方を優先する。誰ひとり止めるものはいなかった。スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』よろしく、僕たちは出発した。
季節は秋。サイクリングには最適な季節だ。山々はきれいに色づいていたが、僕たちに紅葉を愛でる余裕はなかった。山に入ると、長い坂道が延々と続いていたからである。
自転車をこいで登っていくのだが、体力のない者から次々と脱落していった。最後まで坂道を登っていたのは、持久力に自信のある僕だけだった。
仲間から先行しすぎたので、見晴らしのよい場所で自転車を停めて、後続を待つことにした。
座り込んで休んでいると、どこからか「おーい」という声が聞こえた。ガードレールの向こう側から聞こえたので、後続の連中ではなさそうだ。何となく、山の方から聞こえたような気がした。
何気なく山を眺めていると、紅く染まった斜面で何かが動いた。そいつは右へ左へと揺れながら、ゆっくりと動いている。どうやら風船のようだが、赤や黄色ではなく、暗くて濁った色をしていた。
「おーい」
呼び声は風船の方から上がった。
僕は風船に目を凝らした。その正体に気づいて驚愕した。
風船ではない。人間の生首だ。血まみれの生首が、宙に浮かんで漂っている。
「おーい」
生首が僕に呼びかけてくる。ゆらゆらと近づいてくる。ゆっくりと近づいてくる。
「おーい」
僕はパニックを起こした。大慌てで自転車にまたがると、必死にペダルをこぎ始めた。車線を無視して猛スピードで坂道を下ったので、もし対向車がいれば、間違いなく
「生首を見た」
僕は懸命に訴えた。
生首の正体は、容易に想像がつく。殺された暴力団員の生首にちがいない。少しでも早く見つけてほしくて、僕に呼びかけてきたのだ。
だけど、仲間たちは笑うばかりだった。目撃現場に戻ってみたが、案の定、生首は姿を消していた。仲間たちからバカにされ、いたたまれなくなった。
仕方なく僕も一緒に笑った。笑うしかない。笑わなければやっていられない。
この生首話は今では、同窓会の定番ネタだ。バカ話として、仲間の笑いをとっている。
あれから数十年が経っているが、暴力団員の死体が見つかったという話は聞かない。生首は今も、ゆらゆらと漂っているのだろう。
だから、あの辺りには二度と近寄らない。