第2話
文字数 2,292文字
小峰の家は隣の町内会だが、幹線道路を超えた先で、小学校の学区が異なるため高校で初めて近くに住んでいると知ったくらいだった。
やはり大きな家だった。お手伝いさんは週三回来るのだと言う。おれの部屋より広く感じる玄関ホールを抜けて、出迎えてくれた小峰の後をついて二階に上がる。宮坂たちは先に着いていた。小峰の部屋はおれの部屋を三つ合わせたような広さで、オーディオ機器なんか子供の部屋にそりゃねーよって感じの豪華なセットが鎮座していた。
初めての来訪だったから、素直に感心していた。生まれた時からこの環境なら、おれん家 なんて召使いの家だろう。
「好きなところに座ってくれよ。それと、ゲームは好きなの選んでやっててくれ」 小峰は、宮坂達にゲームを勧めていた。
「なぁ、今日家政婦さん休みなんだよ、飲み物運ぶの手伝ってくれ」 おれに助っ人を頼むので「ああ行くよ」と小峰と連れだって階下のキッチンへ向かった。キッチンは生活感が無く、少し寒々しく感じた。小峰はグラスを用意し、冷蔵庫から氷を入れてくれるように言った。グラスを持ち、大きな冷蔵庫の自動製氷機がストックしているはずの引き出しを開けた。
「ん?」 そこには一個も氷が無い。おれは振り返って――「小峰ー、氷無いぜ」「ああ、製氷機壊れちゃってて、修理まだなんだ。製氷皿で作っているのがあるから、冷凍庫から取り出してくれ」
友達は小峰を入れて五人程いたから、四個目のグラスを氷で満たして、ストックが空になった。ロックアイスを使わないで製氷皿とは意外と庶民的なのか、なんて勝手な想像をしていたら思わぬ所から、〈不愉快という矢〉が飛んできた。
「なぁ、お前の幼なじみ三組にいるボブカットの子だろう?」「三組? どのボブカットだよ」 唐突な物言いに振り返った小峰の薄笑いがとても不愉快で、手に持った四個目のグラスに力が入る。
「君の幼馴染の、目元の涼しいボブカットの菜緒ちゃんだよ」
――ああ、イライラするな。「ああ、あいつな、保育園から知ってるよ」
「あの子って今付き合ってる奴いる?」「おれが知るかよ。幼なじみって言っても、小中別で高校からでもクラスも一緒になったこともないぜ」 おれの返答に、小峰の目が嫌な色でこちらを見る。
「いやね、おれその子に告ったんだけど、確かフリーって聞いてたんだけどさ、返事がまだだから。好きな奴でもいるのかなって思ってさ」
――はぁ?
「幼少から付き合いの深い幼なじみなら、菜緒ちゃんの近況をご存知かと思ってね」
カチン、と頭の中で鳴った気がした。小峰は自分がモテて当然と思っているから、ちょっと気がありそうな子を嗅ぎ分け声をかける。その当てが珍しく外れたのと、加えておれが菜緒と幼なじみで付き合いがあるとでも、太鼓持ちあたりから情報を仕入れたのだろう。八つ当たりのつもりで呼んだに違いない。今日のメインディッシュはおれと言うわけだ。ああーそーかい。
「知らねーよ。氷足りないんだけど」 おれの素っ気ない返事に、小峰は両手を小ばかにしたように上げていた。「隣の冷凍庫に製氷皿があるから、それ使って」
腹の中が煮えて来たが、素振りを見せたらあいつの思うツボだ。ここは堪えて壁面収納だとばっかり思っていた引き出しを開けると、製氷皿が五つ並んで、氷の取り出しを今かと待っていた。その皿の一つをつかんだ時、氷の一つに光が灯るのを認めた。
「おい」「んん?」 おれの呼びかけにも生返事だ。「氷の中に何か入れたか?」
小峰の運動神経の良さは知っていたが、今の反応は神がかっていた。 素早くおれを押しのけるように冷凍庫の前に立ち、両手を震わせている。五つ並んだ製氷皿の一つ、その中の氷の一個が淡く透けた青い光を放っていた。
「俺って……やっぱり凄い」
小峰は陶酔の域に達しようとしていた。キューブは青だから、この氷を作った以外の人の、今の心が詰まっている。氷専用のトングを使い、丁寧に自分用のグラスに入れると、おれの事なんて忘れてしまったように、自分のグラスだけ持ってキッチンを後にしてしまった。友達の分の飲み物を手近なトレイにのせて、こぼさない様に小峰の部屋に入ると、丁度キューブ獲得の講釈を垂れ流している最中だった。
写真を撮っている宮坂が「マジ写らねー、すげー」とか言いながら他の奴らと一緒にグラスを食い入るように見ていた。
「これは俺が作った氷で、このキューブの光りは青い、と、言う事は俺が知りたい誰かの今の心の中なんだよね。君たちは、奇跡の瞬間に立ち会ったんだ」
――なに言ってんだか。 おれの感想は以上だが、宮坂達は動画を撮ったり興奮が冷めやらない。
「で、で、小峰! 誰の心の中だよ」 宮坂が興奮気味に問いかけていた。「ふふん、おれの意中の彼女の心だよ」
――おっえー。
心の中で嘔吐しながら事の顛末を見守っていた。おれが入って来た事すら誰も気がついちゃいなかった。噂にすぎない事柄が真実だと分かり、興奮が部屋を席巻している。おかしな熱さに氷が溶けだしていた。
「では」 そう言って恭しく氷を口に含み、暫く悦に浸っていた小峰は、急に苦しみだしその場に昏倒した。氷は吐き出され青い光は失われていた。 右往左往するおれ達の前で、息も絶え絶えに「少し休めば落ち着くから……」それだけ言ってぐったりしている。
「申し訳ないが今日は帰ってくれないか」
その言葉におれ達は解散を余儀なくされ、小峰はその週の学校を休んだ。
― つづく ー
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やはり大きな家だった。お手伝いさんは週三回来るのだと言う。おれの部屋より広く感じる玄関ホールを抜けて、出迎えてくれた小峰の後をついて二階に上がる。宮坂たちは先に着いていた。小峰の部屋はおれの部屋を三つ合わせたような広さで、オーディオ機器なんか子供の部屋にそりゃねーよって感じの豪華なセットが鎮座していた。
初めての来訪だったから、素直に感心していた。生まれた時からこの環境なら、おれん
「好きなところに座ってくれよ。それと、ゲームは好きなの選んでやっててくれ」 小峰は、宮坂達にゲームを勧めていた。
「なぁ、今日家政婦さん休みなんだよ、飲み物運ぶの手伝ってくれ」 おれに助っ人を頼むので「ああ行くよ」と小峰と連れだって階下のキッチンへ向かった。キッチンは生活感が無く、少し寒々しく感じた。小峰はグラスを用意し、冷蔵庫から氷を入れてくれるように言った。グラスを持ち、大きな冷蔵庫の自動製氷機がストックしているはずの引き出しを開けた。
「ん?」 そこには一個も氷が無い。おれは振り返って――「小峰ー、氷無いぜ」「ああ、製氷機壊れちゃってて、修理まだなんだ。製氷皿で作っているのがあるから、冷凍庫から取り出してくれ」
友達は小峰を入れて五人程いたから、四個目のグラスを氷で満たして、ストックが空になった。ロックアイスを使わないで製氷皿とは意外と庶民的なのか、なんて勝手な想像をしていたら思わぬ所から、〈不愉快という矢〉が飛んできた。
「なぁ、お前の幼なじみ三組にいるボブカットの子だろう?」「三組? どのボブカットだよ」 唐突な物言いに振り返った小峰の薄笑いがとても不愉快で、手に持った四個目のグラスに力が入る。
「君の幼馴染の、目元の涼しいボブカットの菜緒ちゃんだよ」
――ああ、イライラするな。「ああ、あいつな、保育園から知ってるよ」
「あの子って今付き合ってる奴いる?」「おれが知るかよ。幼なじみって言っても、小中別で高校からでもクラスも一緒になったこともないぜ」 おれの返答に、小峰の目が嫌な色でこちらを見る。
「いやね、おれその子に告ったんだけど、確かフリーって聞いてたんだけどさ、返事がまだだから。好きな奴でもいるのかなって思ってさ」
――はぁ?
「幼少から付き合いの深い幼なじみなら、菜緒ちゃんの近況をご存知かと思ってね」
カチン、と頭の中で鳴った気がした。小峰は自分がモテて当然と思っているから、ちょっと気がありそうな子を嗅ぎ分け声をかける。その当てが珍しく外れたのと、加えておれが菜緒と幼なじみで付き合いがあるとでも、太鼓持ちあたりから情報を仕入れたのだろう。八つ当たりのつもりで呼んだに違いない。今日のメインディッシュはおれと言うわけだ。ああーそーかい。
「知らねーよ。氷足りないんだけど」 おれの素っ気ない返事に、小峰は両手を小ばかにしたように上げていた。「隣の冷凍庫に製氷皿があるから、それ使って」
腹の中が煮えて来たが、素振りを見せたらあいつの思うツボだ。ここは堪えて壁面収納だとばっかり思っていた引き出しを開けると、製氷皿が五つ並んで、氷の取り出しを今かと待っていた。その皿の一つをつかんだ時、氷の一つに光が灯るのを認めた。
「おい」「んん?」 おれの呼びかけにも生返事だ。「氷の中に何か入れたか?」
小峰の運動神経の良さは知っていたが、今の反応は神がかっていた。 素早くおれを押しのけるように冷凍庫の前に立ち、両手を震わせている。五つ並んだ製氷皿の一つ、その中の氷の一個が淡く透けた青い光を放っていた。
「俺って……やっぱり凄い」
小峰は陶酔の域に達しようとしていた。キューブは青だから、この氷を作った以外の人の、今の心が詰まっている。氷専用のトングを使い、丁寧に自分用のグラスに入れると、おれの事なんて忘れてしまったように、自分のグラスだけ持ってキッチンを後にしてしまった。友達の分の飲み物を手近なトレイにのせて、こぼさない様に小峰の部屋に入ると、丁度キューブ獲得の講釈を垂れ流している最中だった。
写真を撮っている宮坂が「マジ写らねー、すげー」とか言いながら他の奴らと一緒にグラスを食い入るように見ていた。
「これは俺が作った氷で、このキューブの光りは青い、と、言う事は俺が知りたい誰かの今の心の中なんだよね。君たちは、奇跡の瞬間に立ち会ったんだ」
――なに言ってんだか。 おれの感想は以上だが、宮坂達は動画を撮ったり興奮が冷めやらない。
「で、で、小峰! 誰の心の中だよ」 宮坂が興奮気味に問いかけていた。「ふふん、おれの意中の彼女の心だよ」
――おっえー。
心の中で嘔吐しながら事の顛末を見守っていた。おれが入って来た事すら誰も気がついちゃいなかった。噂にすぎない事柄が真実だと分かり、興奮が部屋を席巻している。おかしな熱さに氷が溶けだしていた。
「では」 そう言って恭しく氷を口に含み、暫く悦に浸っていた小峰は、急に苦しみだしその場に昏倒した。氷は吐き出され青い光は失われていた。 右往左往するおれ達の前で、息も絶え絶えに「少し休めば落ち着くから……」それだけ言ってぐったりしている。
「申し訳ないが今日は帰ってくれないか」
その言葉におれ達は解散を余儀なくされ、小峰はその週の学校を休んだ。
― つづく ー
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