心(一部、加筆行いました 1/6)

文字数 743文字

「心は使うものじゃないよ」
「心というものはただそこにあるものなんだ。
 風と同じさ。君はその動きを感じるだけでいいんだよ」※

家を飛び出し
夜風に当たりにいく
心にかかった靄を払いに

どこからともなく
繰り返しベルトコンベアーから流されてくる
同等の 同量の 同質の 同一の日常

社会との同化
思考の停止
その結果

自分の感情の在り処さえわからなくなった 大馬鹿者

あれはいつの頃だったろう

腹の底から
ぐつぐつと
マグマのように
沸き立ってくるような
そんな怒りを抱えていた あの頃

世の中の 
理不尽や不合理に
拳を突き上げ 我を忘れるほど
激しい義憤に駆られていた あの日

あれはいつの頃だったろう

胸の奥の
一番軟らかい部分
そこを不意に触られて
耐え切れなくなってしまった
そんな涙を流してしまった あの頃

人の
優しさに触れ
自分の弱さは見せまいと
一人ぼろぼろ泣いていた あの夕べ

あれはいつの頃だったろう

口の端に
ニタッと
不敵な笑みを浮かべ
がむしゃらに前を走り続けていた
そんな希望ばかりを見ていた あの頃

人生の
成功を疑わず
挫折すら楽しみ
気の合う友人と一緒に
朝まで夢を語り合った あの夜

闇の中
目を閉じ
気の赴くまま歩く

地上の雪を踏みしめる
自分の足音だけが聞こえる

冷酷な北風が
容赦なく顔を切りつけていく

長い間 風雨に晒され錆びつき
顔に張りついたままだった仮面が剥がれ落ちていく

深い眠りから目覚めた感情が波となって次々と押し寄せてくる

怒りたい時に怒り 泣きたい時に泣き 笑いたい時に笑った あの頃
徒労を理由に背後に置き去りにしてきた大切な日々

もう一度 本来の自分の顔を取り戻す
そのため 自分に言い聞かせる

疲れを理由にするなかれ
他者の心に目を奪われるなかれ
自分の心に常に従順であれ

※ 新潮文庫 世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドから抜粋

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