金平糖

文字数 684文字

「おばあさん! さあ、わたしをつれてってちょうだい。
 だっておばあさんは、マッチが消えたら、また行ってしまうんでしょう。
 あのあったかいストーブや、ガチョウの丸焼きや、あのきれいな大きなクリスマス・ツリー
 みたいに」※

その一粒一粒に
同じ形が存在しないのは
私達一人一人の人生とよく似ている

その一粒一粒に
異なる色が存在するのは
私達一つ一つの想い出とよく似ている

華やかさはない だが
奥ゆかしさはある

控えめな甘さの中にある愛らしさ

仄暗さの中 燭台の上
今にも消え入りそうに揺らめく炎のような可憐さ

そして その菓子は
流れ星のように口の中へ落ちていくと
ある特別な魔法を私達にかける

遠い記憶との再会
一粒 口に入れるたび
頭の奥 深いセピア色の海の底に沈んでいった古き記憶が
瞼の裏 徐々に鮮やかな色彩をもって浮かび上がってくる 

白色の一粒は 母との記憶
手を繋いで
一緒に走った運動会
彼女と繋いだ手の温もり

黄色の一粒は 父との記憶
肩の上に乗せられ
一緒に観た花火大会
初めて触れた男性の力強さ

青色の一粒は 親友との記憶
息が切れるまで
駆け回ったグラウンド
ざらついたボールの手触り

ピンク色の一粒は 初恋の娘との記憶
興奮のあまり
失敗した初めてのキス
頬に残る女性の平手打ちの痛み

素朴で優しい味
むず痒くて切ない味
もう二度と戻れない青い記憶

弱々しくも色鮮やかに輝くかつての(ともしび)

寂しさで胸が押し潰されそうになったら
私は 過ぎ去りし日々に思いを馳せながら
袋の中のその暖かな想い出の数々に手を伸ばす
その温もりが冷めてしまわないようにと願いながら

※ 角川文庫 雪の女王 アンデルセン童話集 『マッチ売りの少女』から抜粋

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