5週目、さよならと始まり。

文字数 2,756文字

 空港の自動ドアが開いた瞬間、ぶわ、と蒸し暑い風が頬を撫でて行く。

(着いちゃった)

 最終週の行き先は、かけるの地元である沖縄だった。
 南国の雰囲気にすっかり上機嫌のりりころは「んじゃ、ここで解散しよっか」とガイドブックを片手に振り返る。

「ちなみにレオはあたしと回るんだからね。インスタ映えスポット制覇するまで、今日はとことん付き合ってもらうから」
「はいはい」

 気だるげに答えるレオもなんやかんやで旅を楽しみにしていたらしく、今日はばっちりかりゆしウェアだ。

「じゃあ……行こうか。ひまり」
「うん」

 かけるの(いざな)いに甘酸っぱい気恥ずかしさを感じながら、私は小さく頷いた。



 首里城を観光した後、私はかけるの行きつけであると言う国際通りの定食屋を訪れた。
 店員のお兄さんはかけると顔見知りらしく、カウンターで料理をしながら「かけるが女の子連れて来るなんてねえ」と感慨深げに呟く。

「にしてもデートならもっとおしゃれな店を選びなよ。国際通りならよりどりみどりだろ?」
「そうかもしれないが……普段使ってるここしか思いつかなくて」
「ま、かけるならそう言うと思ったわ」

 肩を落とすかけるが少しだけいたたまれなくて、「私は嬉しいです」とカウンターに声をかけた。

「だって……かけるが普段どんな生活してるか、知りたいですし」

 ぽかんとする二人に、変なことを言ってしまったかとひやりとしたが――
 わずかな沈黙の後、お兄さんは「あはは」と笑い出した。

「君、いい子だね。感動しちゃったからトッピングサービスしてあげる」
「あ、ありがとうございます」
「こいつさ、小さい頃からサーフィンばっかでそれ以外のこととか全然疎いの。でも根は良い奴だから仲良くしてやって。かけるも、彼女のこと大切にしなよ」
「……分かってる」

 あたかもカップルのようなやり取りに、図らずも胸がドキドキと脈を打つ。
 そんな雰囲気の中で生まれて初めて食べるソーキそばは、文字通りほっぺたが落ちるのではと心配するほどに美味しかった。



 穏やかな波の音が夕陽に滲む海岸を、二人で歩く。

「かけるはいつもここで泳いでるんだね」
「そうだな。この辺は観光客が多いから本格的な練習には向かないが……それでも一年を通して波に恵まれることが多い」

 サーフィンの話をする時のかけるはいつもより少しだけ饒舌で、私も思わず表情がほころぶ。

「ひまりも、今度は水着を持って来たらいい。泳ぎなら俺が教えるし……お前と海に入れたら、きっと楽しいと思うから」
「……うん」

 それはまるで、未来の約束をしているようで。
 たまらない気持ちになった私は、思わず彼のTシャツを引っ張った。

「かける、今日は一緒にデートしてくれてありがとう。今日だけじゃない――私、かけるに感謝したいこと、たくさんあるよ」

 足元に届くか届かないくらいの距離で、優しい波が浜辺を濡らして行く。
 かけるを見上げ、私は小さく息を吸い込んだ。

「私ね、かけるのことが――」
「ひまり」

 わずかに焦燥を伴う声によって遮られ、私は驚いてかけるを見つめる。
 彼は珍しく困ったように視線を泳がせてから、躊躇いがちに口を開いた。

「その続きは……俺から言わせて欲しい」

 さっきまで賑やかに響いていた海岸の賑わいが、今は随分遠くに聞こえる。
 頷いた私にほっと表情を緩めたかけるは、静かに語り出した。

「俺は、代役としてこの旅に参加した」
「代役?」
「ああ。元々応募してたのは高校の友達だったんだ。でも部活で怪我して参加できなくなっちまって……メンバーに穴を空けることはできないって頼み込まれて、仕方なく」

 そう言って、かけるは少しだけ肩をすくめる。

「代役だし、別に恋愛なんて興味ないから最低限の役目が果たせれば十分だと思ってた。ひまりに出会うまでは、な」
「かける……」
「お前のコンプレックスは、俺にとっては全てがお前の魅力に見えた。外見も飾らない性格も、他人の幸せのために自分を犠牲にできるところも自分の弱さから逃げないところも……全部。だから、ずっと気付いて欲しかった。そのままのお前を愛する人は、この世に必ずいるってことを」

 黄昏時の眩い夕陽を背に受けて、かけるは優しく微笑んだ。

「好きだ、ひまり。俺の彼女になって欲しい」
「っ……」

 その言葉にその笑顔は反則だ。
 こらえきれずに涙を溢れさせる私を、かけるはぎゅっと抱きしめた。

「私も……かけるが好き」

 厚い胸板に顔を押し当て、私は声にならない声で答える。

「ずっと一緒にいようね、かける」
「……ああ。約束だ」

 わずかに顔を上げると、夕焼けの光を宿したかけるの瞳と視線が重なる。
 互いの肌が触れ合うゼロ距離で、私たちはどちらからともなく瞳を閉じた。



 手を繋いで待ち合わせ場所へ戻ると、りりころの顔がぱっと華やいだ。

「おめでとう、ひまりっ!」

 そのまま勢いよく抱き着かれ、思わず私は後ろによろめく。

「ありがとう。私、りりころ友達になれて良かったよ」
「泣かせること言わないで。そうだ! 今度は名古屋に遊びに来てよ。美味しい味噌カツ屋さん紹介するから」
「ありがとう」
「それにしても……このチケットが、二人にとっての赤い糸になったなんてね」

 そう言って、りりころはポケットから赤色のチケットを取り出した。

「りりころ、それ……」
「言ったでしょ? あたし、今度はちゃんと心から好きになれる相手と付き合いたいって。五週間で結論を下すことはできなかったけど……それでもこの旅の先に望む未来があるなら、あたしはそれで十分。ねっ?」

 りりころに視線を投げかけられ、彼女の隣に立っていたレオは困ったように笑う。

「ったく。付き合わされるこっちの身にもなってみろ」
「……ふ」

 じゃれ合うようなりりころとレオのやりとりを前に、頭上から小さな笑い声が聞こえた。

「あの二人も、これからが楽しみだな」

 くすぐったそうに笑うかけるの姿に、私も「そうだね」と頬が緩む。

「もちろん、この先の俺とお前も」
「……うん」

 菫色が優しく混ざり始めた夕焼けの空に、飛行機が白い線を引いて行く。

(生まれた場所も、住んでる場所も違うけど……)

 それでも私たちは出会い、気持ちを通わせることができた。
 同じ空を見上げることができる限り、私たちはきっと大丈夫だ。

「これからもよろしくね、かける」
 
 まだ見ぬ明るい未来に期待を膨らませながら――
 私とかけるは、顔を見合わせて微笑んだ。
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