来て欲しくなかった3週目。
文字数 1,927文字
「いいの? 追いかけなくて」
遠ざかるはるととゆーちゃの背中を眺めながら、りりころは心配そうな声で私に尋ねた。
「ごめんね。あの時まさか隣にひまりがいるとは思わなくて」
「いいんだって。私だって人の恋愛の邪魔するつもりはないし……」
三週目の目的地は京都。
ぽつんと取り残された私とかけるの腕を、りりころは「こうなったら三人で遊びに行くよ!」と引っ張った。
恋愛のご利益がある神社に色とりどりの雑貨屋さん、看板犬がちょこんと佇むおばんざいのお店――
三人の旅は、心の痛みを忘れてしまうほどに楽しかった。
「ところで……あらたの件だが」
カフェでふと切り出したかけるの言葉に、抹茶のパフェを食べていたりりころは「あー」と気まずそうに瞳を伏せる。
四枚のチケットを持っていたあらたはりりころへの告白に失敗し、自らの旅を終えた。
「あらたは悪くないよ。これは自分の問題で……彼が想ってくれるほど、あたしはあらたのことを好きになれなかっただけ」
小さくため息をつき、りりころは「あたし、自分を変えたくて恋ステに応募したんだ」と呟いた。
「中学の頃は彼氏がいるってステータスだけが欲しくて、色んな人と手当たり次第に付き合ってたの。でも、それって相手にすごく失礼だし、あたしもちっとも幸せじゃなかった。そんな自分を変えたくて来たから……生半可な気持ちでは付き合えなくて」
アイラインに縁取られた瞳が、遠くを見つめる。
「……ほんと恋って大変よね」
「大変だな」
「……」
三人で顔を見合わせた瞬間、誰からともなく笑いが溢れる。
三度目の旅も、あっという間に終わりに差し掛かっていた。
*
夕暮れの川辺に腰掛け、私はぼんやりと鴨川の様子を眺める。
(……結局、はるとはゆーちゃに告白した)
はるとは元々ゆーちゃのファンだったらしい。
彼の告白は成功し、恋人となったゆーちゃと共に旅から離脱した。
「隣、空いてるか?」
不意に聞こえた声に振り返ると、かけるが一人で立っている。
頷くと、彼は私の隣に腰を下ろした。
「りりころから聞いた。ひまりははるとが好きだっのか?」
「……」
(今思うと……分からない)
首を縦に振る代わりに、私は小さな声で答えた。
「……私ね。片想いしてた先輩に振られて、恋ステに応募したの」
独り言のように呟く私の言葉に、かけるはじっと耳を傾けている。
「二年上の先輩で、ずっと好きだったんだ。でも……先輩が選んだのは、違う女の子だった」
心の奥底に沈めていた記憶が蘇り、じわじわと胸が痛む。
「はるとは先輩にすごく良く似てた。そんな理由で人を好きになるのは間違ってるって、分かってるつもりだったけど……やっぱりすぐには忘れられなくて。はるとははるとで、私が好きだった先輩じゃない。ちゃんとゆーちゃのことが好きって意思を持ってたのにね」
恋を失う度に、自分の不甲斐なさを突きつけられるような気がする。
唇を噛み締めて堪えるものの、溢れ出した感情は涙となって私の瞳からこぼれ落ちた。
「私の価値って、なんなんだろ……」
旅の仲間は、それぞれが魅力に溢れている。
恋愛に全力で向き合おうとするりりころ、華やかなモデルの肩書を持つゆーちゃ。
(……じゃあ、私は?)
私は、親友に勧められるがままに応募しただけだ。
人々が羨む美貌を持っている訳でもなければ、秀でた特技がある訳でもない。
(そんな私が、恋を見つけるなんて――)
深さを知らない川底のような、暗い闇に呑まれそうになった――その時。
「ひまり」
凛とした声に呼ばれ、私は弾かれたように顔を上げる。
滲む視界の中で、かけるはまっすぐにこちらを見つめていた。
「恋愛については、俺もよく分からない。分からないが……ひまりに一つだけ、言いたいことがある」
「言いたいこと……?」
「ああ。ひまりの価値は、お前が決めるべきものではないと言うことだ」
静かな熱を帯びた彼の言葉に、私の胸はどくんと大きく脈を打つ。
「人生も恋愛も、全てが上手く行くとは限らない。けれど、それで自分に価値がないと思うのは間違いだ。優れた才能があろうとなかろうとひまりはひまりで、他の誰でもない。だから……」
不意に大きな手が伸びたかと思うと、かけるの指先は優しく私の涙を拭った。
「……泣くな、ひまり。お前が泣く姿を俺は見たくない」
「……っ」
追い打ちをかけるように、ぶわ、と涙が溢れ出す。
川べりから立ち上がる気力を取り戻すまで、かけるは私の隣から動くことはなかった。
遠ざかるはるととゆーちゃの背中を眺めながら、りりころは心配そうな声で私に尋ねた。
「ごめんね。あの時まさか隣にひまりがいるとは思わなくて」
「いいんだって。私だって人の恋愛の邪魔するつもりはないし……」
三週目の目的地は京都。
ぽつんと取り残された私とかけるの腕を、りりころは「こうなったら三人で遊びに行くよ!」と引っ張った。
恋愛のご利益がある神社に色とりどりの雑貨屋さん、看板犬がちょこんと佇むおばんざいのお店――
三人の旅は、心の痛みを忘れてしまうほどに楽しかった。
「ところで……あらたの件だが」
カフェでふと切り出したかけるの言葉に、抹茶のパフェを食べていたりりころは「あー」と気まずそうに瞳を伏せる。
四枚のチケットを持っていたあらたはりりころへの告白に失敗し、自らの旅を終えた。
「あらたは悪くないよ。これは自分の問題で……彼が想ってくれるほど、あたしはあらたのことを好きになれなかっただけ」
小さくため息をつき、りりころは「あたし、自分を変えたくて恋ステに応募したんだ」と呟いた。
「中学の頃は彼氏がいるってステータスだけが欲しくて、色んな人と手当たり次第に付き合ってたの。でも、それって相手にすごく失礼だし、あたしもちっとも幸せじゃなかった。そんな自分を変えたくて来たから……生半可な気持ちでは付き合えなくて」
アイラインに縁取られた瞳が、遠くを見つめる。
「……ほんと恋って大変よね」
「大変だな」
「……」
三人で顔を見合わせた瞬間、誰からともなく笑いが溢れる。
三度目の旅も、あっという間に終わりに差し掛かっていた。
*
夕暮れの川辺に腰掛け、私はぼんやりと鴨川の様子を眺める。
(……結局、はるとはゆーちゃに告白した)
はるとは元々ゆーちゃのファンだったらしい。
彼の告白は成功し、恋人となったゆーちゃと共に旅から離脱した。
「隣、空いてるか?」
不意に聞こえた声に振り返ると、かけるが一人で立っている。
頷くと、彼は私の隣に腰を下ろした。
「りりころから聞いた。ひまりははるとが好きだっのか?」
「……」
(今思うと……分からない)
首を縦に振る代わりに、私は小さな声で答えた。
「……私ね。片想いしてた先輩に振られて、恋ステに応募したの」
独り言のように呟く私の言葉に、かけるはじっと耳を傾けている。
「二年上の先輩で、ずっと好きだったんだ。でも……先輩が選んだのは、違う女の子だった」
心の奥底に沈めていた記憶が蘇り、じわじわと胸が痛む。
「はるとは先輩にすごく良く似てた。そんな理由で人を好きになるのは間違ってるって、分かってるつもりだったけど……やっぱりすぐには忘れられなくて。はるとははるとで、私が好きだった先輩じゃない。ちゃんとゆーちゃのことが好きって意思を持ってたのにね」
恋を失う度に、自分の不甲斐なさを突きつけられるような気がする。
唇を噛み締めて堪えるものの、溢れ出した感情は涙となって私の瞳からこぼれ落ちた。
「私の価値って、なんなんだろ……」
旅の仲間は、それぞれが魅力に溢れている。
恋愛に全力で向き合おうとするりりころ、華やかなモデルの肩書を持つゆーちゃ。
(……じゃあ、私は?)
私は、親友に勧められるがままに応募しただけだ。
人々が羨む美貌を持っている訳でもなければ、秀でた特技がある訳でもない。
(そんな私が、恋を見つけるなんて――)
深さを知らない川底のような、暗い闇に呑まれそうになった――その時。
「ひまり」
凛とした声に呼ばれ、私は弾かれたように顔を上げる。
滲む視界の中で、かけるはまっすぐにこちらを見つめていた。
「恋愛については、俺もよく分からない。分からないが……ひまりに一つだけ、言いたいことがある」
「言いたいこと……?」
「ああ。ひまりの価値は、お前が決めるべきものではないと言うことだ」
静かな熱を帯びた彼の言葉に、私の胸はどくんと大きく脈を打つ。
「人生も恋愛も、全てが上手く行くとは限らない。けれど、それで自分に価値がないと思うのは間違いだ。優れた才能があろうとなかろうとひまりはひまりで、他の誰でもない。だから……」
不意に大きな手が伸びたかと思うと、かけるの指先は優しく私の涙を拭った。
「……泣くな、ひまり。お前が泣く姿を俺は見たくない」
「……っ」
追い打ちをかけるように、ぶわ、と涙が溢れ出す。
川べりから立ち上がる気力を取り戻すまで、かけるは私の隣から動くことはなかった。