01-012 疑惑

文字数 3,258文字

 ギンジがAR作業に没頭するモードに入ったので、二人はやや手持ち無沙汰になり、それじゃあとケイイチは、ナオをアンドロイドおたくの集まるオンラインコミュニティに招待する事にした。
AR環境を共有モードにして、ナオに会員登録をしてもらい、フォーラムでひと言挨拶だけ書き込んでもらう。

 ナオの書き込んだ挨拶に、ケイイチが「ラクサ博士と面識があるそうです」とひと言添えると、ちょうどオンラインだった数人から「まじで!?」「神降臨」「はぁはぁ」などの反応が即座に書き込まれた。

「こんな時間にいるこの人たちは暇人なの?」
 フォーラムのノリに軽く引いた様子のナオが、素朴な疑問を口にする。
「あー、いつ行ってもオンな人はいますね。アンドロイドに人生捧げちゃってる感じの人が結構いまして」
「なる」

 働かなくても生きていけるこの世の中、趣味に人生の全てを捧げている人は珍しくない。
 濃ゆいオンラインコミュニティになると、寝てる時以外常時オンの廃人が必ず何人かはいるものだ。

「データはここから見れます」
 ケイイチはそう言って、コミュニケーション用のボードに挟まれるように置かれた、3Dのアンドロイドに触れる。すると画面が切り替わり、「パーツ」「ライブラリ」「研究」などいくつかにカテゴライズされた、情報閲覧のためのインターフェースが表示された。
 ケイイチがデータの見方など含めて一通りデモンストレーションすると、ナオは感心した様子で「へぇ」とひと言漏らし、自分で情報を見て回り始めた。

 マニア向けの情報なので見方はそれなりに難しいのだが、そんな障壁はもろともせず「これはすごい」と興奮した様子でナオはデータを漁り始める。

 その閲覧スピードが異常に速くて全くついて行けないし、何を見ているかを横で覗いているのも失礼かと思い、ケイイチは「何かわからない事あったら言ってください」とだけ言ってナオとのAR共有を解除した。

 ギンジとナオの二人がAR作業中になったことで、ケイイチは再び手持ち無沙汰になる。
 ――が、ケイイチがこの部屋において真に暇になる時間など一分たりともない。
なぜならこの部屋にはハルミさんがいるからだ。
 その麗しいお姿を眺めていられるのなら、自分の事はいくらでも放置して作業などに没頭していてもらって構わない。この時間が永遠に続けばいいまである。
 惜しむらくは、この麗しいお姿を記録に残せない事――というところまで考えて、ケイイチはふと気づく。
 先輩が押しに弱いんだとしたら、もしかしたらもしかしてハルミさんの撮影も、必死にお願いしたら許してもらえたり……。

「……あの先輩、つかぬ事を伺いますが」
「ハルミさんの撮影はNG」
「へ……?」
 聞いてもない事を先回りで回答されて、間の抜けた面になるケイイチ。
「どうせそんな事でしょ?」
「……はい」
「ダメだしこれ以上その事言ったらクビ」
「えぇぇ……」
 お願いする事そのものを封じられてしまい、ケイイチの試みは見事に失敗に終わった。

 だが、こうして先回りでお願いする事自体を封じにくる様子がまた防衛策のようにも見えて、これはやっぱり押しに弱いって事なのかな……とケイイチはなんとなく思う。

 二人がそんな事をしていると、横でギンジが「ふーむ……」と声をあげた。
「どうかしたの」
 ナオが訊ねると、ギンジは「いやな……」と奥歯になにか挟まったような微妙な様子になりつつ、言う。
「これはちょいと悪い知らせかもしれねぇな」
「何?」
 ナオはAR作業の手を止めて、ギンジのほうに向き直った。
「兄ちゃんのリストを警察(サツ)のAIに洗わせたんだがな」
「ん」
「リストの研究者にゃ特に不審な様子はなし……なんだけどよ」
「?」
「念のためラクサ博士の様子も洗わせてたんだが、どうも気になるところがあってな」
「……?」
「博士もプライベート持ちだから、細かいところは追えねぇが」
 そう言ってギンジは、AR環境を共有した。

「博士の秘匿されてない行動ログがこれで、こいつがこれまでのアンドロイド破壊の犯行時間な」
 三人の目の前に、時系列のチャート図がAR展開される。
「博士のプライベートになってる時間帯と、アンドロイドが壊された時間がどうも一致してるみたいでな」
 人様の行動を見る権限のないケイイチには細かいところまでは見えないが、チャートが空白になっている箇所だけはわかる。それが確かにアンドロイド破壊のタイムラインと一致していた。

「何かの間違いだよ」
「もちろん、単なる偶然って可能性もあるし、別の奴が博士をハメるためにやってるって可能性もあるんで確定ってわけじゃねぇが」
 ギンジはそこで区切ると、少しだけ言いにくそうに、
「今回の事件に何かしら関係してる可能性は高い」
 そう言った。
 ナオは小声で「間違いだよ」と繰り返す。
だが、その発言が無理筋な事は自身でも理解しているのだろう。それきり口を噤んだ。

「……で、だ」
「?」
「ちょうど今しがた、博士に同じような行動パターンが出てるらしくてな」
 ギンジがチャート図を現在時刻にズームインすると、そこにはアンドロイド破壊時と同じような空白がある。
「嬢ちゃん、一応この辺のアンドロイドの様子見てもらえるか。特に兄ちゃんの言ってた電脳の入ってる機体な」
「ん」

 アンドロイド破壊におじさん――ラクサ博士が関わっているなんて、ナオにとってとても信じられないし、信じたくない事だ。
 だが、ナオが何を信じるとか信じないとか、そんな事に意味はない。
 きちんとした証拠を集めれば自ずと揺るぎない答えが出る。
 ナオはすぐにAI情報網にアクセスし、近隣で動作しているアンドロイドの情報を抽出し、
「例の電脳の入った機体、教えて」
 と、ケイイチに抽出したアンドロイドの写真を並べたARスクリーンを共有した。

「え、なんですかこれ」
 スクリーンを見たケイイチの目の色が変わる。
 何せそこにはケイイチのようなアンドロイドおたくが見たら飛び跳ねて喜びそうな、数百体のアンドロイドの写真がずらりと並んでいるのだ。
 ……もしかして警察の人達はこんなマニア垂涎の情報に自由に触れられる?
 としたら何としても警察に――

「なんで興奮してるの気持ち悪い」
「だってこれ……」
「いいから早く」
「えぇぇ……」
「遅い」
「んな無茶な」
 ナオの言葉に圧され、ケイイチは慌てて目的の電脳を持つ機体を探す。

 古い機体によく組み込まれているものなので、古そうな機体だけ見ていけばいいのは助かるが、いかんせん数が多い。
 横で焦れている様子のナオにプレッシャーを感じつつ、
「これと…………これと…………これ……は視覚コンポーネントが30系だから違うかもで……あとはこれと…………これですね」
 ケイイチが指さしていくと、ナオが即座に何やら解析していく。

「この子の近く、プライベート持ちいる」
 ナオはケイイチが4番目に指したアンドロイドを指してそう言った。
「んじゃ行ってみるか。場所は?」
「すぐ近く」
「OK。兄ちゃんはどうする? ちょいと危ねぇ目に遭う可能性もなくはねぇが」
「行きます」
 ケイイチは即答した。

 危ない目に遭う遭わないなど、アンドロイドを見られる機会と比べたら些細な問題だ。
 普段はビビりだったり情けないところの多数あるケイイチだが、おたくとしてはどこまでも欲求に素直である。

 一同は上着を羽織るなどして、マンションを出る準備をする。
 そんな中ケイイチは、ハルミがナオに上着を手渡しながら自身も外出準備しているのを目ざとく見つけ、
「あ、ハルミさんも行くんですね」
「はい」
「助手なんかよりずっと有能」
「そりゃそうでしょうけど!」
 ナオに言外に「邪魔だから着いてくるな」と言われた気がして、ケイイチは少しばかり怯む。

 しかしハルミさんの屋外での活動も見られるとあってはなおさらそんな事を気にしている場合ではない。
 ケイイチは気合いを入れ直し、皆と一緒に現場に向かった。
 おたくの野次馬根性だけで向かってはいけない、そんな現場になるとは知らずに――
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