01-017 再会
文字数 1,961文字
ナオ達が現場に着くと、そこには数時間前と同じ状況があった。
違うのは場所と日の光の差し込み具合、そして、ギンジ以外にも数名の警官やアンドロイドがいるという事くらいか。
ギンジともう一人の警官が拳銃を構え、両手を挙げた黒ずくめの男と対峙している。
黒ずくめの男は長身で、黒のトレンチコートに黒の革手袋、黒の中折れハットという出で立ち。人を見下すような笑顔を浮かべたその顔は、浅黒い肌に、彫りの深い西洋的な顔立ち、そしてグレーの瞳。
唯一、たっぷりたくわえていた髭が無くなっているという違いはあるが、その姿は間違いなく、数時間前に死んだ、ラクサ博士その人に相違ない――ように見える。
「着いたか」
ナオ達の到着を察し、ギンジは男から目をそらさずに言う。
「ギンさん、その人は」
「IDはラクサ・エイジ」
「それってどういう……」
「わからねぇ。ただ、AIも100%じゃねぇ、とは言ってる」
AIによるID認証には、「確実性」というパラメータがある。
100%であれば確実に本人。100%でなければ、何かしら疑わしい部分がある、という事だ。
AIだって常に全ての人間の完全な監視と認証をできるわけじゃない。
どこかで認証情報の連続性が絶たれた場合――例えば、AIの監視できない場所にしばらくいたりした場合などに、IDの確実性が下がる事がある――のだが、そもそも博士は既に死亡が確定している。その確実性が100%であろうがなかろうが、博士として認証される事自体がおかしい。
「……あなたは誰?」
「私のことはよくご存じでしょうに」
「おじさんは死んだ」
「これはまた異な事をおっしゃる。私はここにいるじゃないですか」
「何が目的?」
「こんな美しくないものを残したまま、私が死ぬわけがないでしょう?」
そう言って男が目線で指し示す先には、アンドロイドの頭部が一つ転がっている。
ナオが接続してステータスチェックすると、電脳はすでに破壊済みだった。
「狙いは……電脳?」
「えぇえぇ。このような醜いものがこの世にある限り、私は何度だって蘇りますよ」
ラクサ博士らしき男は、相変わらずのどこか芝居がかった口調でそう語り、くっくっくと喉を鳴らした。
言っている事は、数時間前の博士と同じ。
外見も、声色も、ナオのよく知るラクサ博士そのもの。
これは――何だ?
目の前の男は、一体何なんだ?
もし本当におじさんが生きていたのなら、喜ぶべきなのかもしれない。
でも、あのときおじさんは確かに死んだ。死んだはずだ。
事後のレポートでもはっきりと書かれていた。
あの時死んだ男は、ラクサ・エイジ。それは間違いない。死体も警察にある。
それは、揺らがない事実。
だとしたら――
「嬢ちゃん、悪ぃが何しでかすか分からねぇ。話は後ででいいか」
そんなナオの思考に、ギンジの声が割り込んだ。
確かに、そんなことは後でいい。拘束して、それからじっくり話を聞くべきだ。
「ん」
ナオが短く返答すると、ギンジともう一人の警官が目で合図をし、じりじりと博士らしき男との距離を詰めて行く。
だが、博士らしき男は、
「……ああ!」
何を思ったか急ににそんな声を上げた。
その声に、ギンジ達の歩みが止まる。
「私としたことが。大事な事を忘れていましたよ」
男は小さく笑うと、
「すみませんが、あなた方は少し止まっていていただけますか?」
そう言ってネクタイを緩めると、ギンジたち二人の警官に、首に巻かれた機械を見せつける。
そして、その機械のスイッチらしき場所に指を置いてみせた。
「動けば、どうなるか分かりますね?」
男は鋭く二人に視線を送る。
ギンジはやむなく、もう一人に手で制止の合図を送る。
あのスイッチを押せば、この男は死ぬ可能性がある。
今ここで、この男に死なれるのはマズい。
単にアンドロイドが壊されるだけであれば、犯人がどういう動機でどう動こうがさして重大な問題ではない。
だが、死んだはずの人間が蘇るというのは問題だ。
きちんと捕らえて情報を引き出す必要がある。
どうする……?
手に持つ銃で足などを撃ち抜く事も一瞬考えたが、この男は恐らくその痛みに耐えてスイッチを押すだろう。
もちろん、前回の轍を踏まぬよう、今回は医療関係の車両やアンドロイドなども配置してある。だが、それでも首を切られれば確実に救えるかどうかはわからない。
警察が殺せない事を逆手に取って、自分自身を人質に取るとは……厄介な事をしてくれる。
ギンジは動けず、ただ男の動向を注視することしかできない。
「何をする気だ」
「いえね、思い出したんですよ」
男は真っ直ぐにナオを見た。
「ナオさん。貴女のここにも、ありましたね」
そして、人差し指で自身の頭を指しながら、高らかに宣言する。
「あなたの頭のそれも、破壊しなくてはね」
違うのは場所と日の光の差し込み具合、そして、ギンジ以外にも数名の警官やアンドロイドがいるという事くらいか。
ギンジともう一人の警官が拳銃を構え、両手を挙げた黒ずくめの男と対峙している。
黒ずくめの男は長身で、黒のトレンチコートに黒の革手袋、黒の中折れハットという出で立ち。人を見下すような笑顔を浮かべたその顔は、浅黒い肌に、彫りの深い西洋的な顔立ち、そしてグレーの瞳。
唯一、たっぷりたくわえていた髭が無くなっているという違いはあるが、その姿は間違いなく、数時間前に死んだ、ラクサ博士その人に相違ない――ように見える。
「着いたか」
ナオ達の到着を察し、ギンジは男から目をそらさずに言う。
「ギンさん、その人は」
「IDはラクサ・エイジ」
「それってどういう……」
「わからねぇ。ただ、AIも100%じゃねぇ、とは言ってる」
AIによるID認証には、「確実性」というパラメータがある。
100%であれば確実に本人。100%でなければ、何かしら疑わしい部分がある、という事だ。
AIだって常に全ての人間の完全な監視と認証をできるわけじゃない。
どこかで認証情報の連続性が絶たれた場合――例えば、AIの監視できない場所にしばらくいたりした場合などに、IDの確実性が下がる事がある――のだが、そもそも博士は既に死亡が確定している。その確実性が100%であろうがなかろうが、博士として認証される事自体がおかしい。
「……あなたは誰?」
「私のことはよくご存じでしょうに」
「おじさんは死んだ」
「これはまた異な事をおっしゃる。私はここにいるじゃないですか」
「何が目的?」
「こんな美しくないものを残したまま、私が死ぬわけがないでしょう?」
そう言って男が目線で指し示す先には、アンドロイドの頭部が一つ転がっている。
ナオが接続してステータスチェックすると、電脳はすでに破壊済みだった。
「狙いは……電脳?」
「えぇえぇ。このような醜いものがこの世にある限り、私は何度だって蘇りますよ」
ラクサ博士らしき男は、相変わらずのどこか芝居がかった口調でそう語り、くっくっくと喉を鳴らした。
言っている事は、数時間前の博士と同じ。
外見も、声色も、ナオのよく知るラクサ博士そのもの。
これは――何だ?
目の前の男は、一体何なんだ?
もし本当におじさんが生きていたのなら、喜ぶべきなのかもしれない。
でも、あのときおじさんは確かに死んだ。死んだはずだ。
事後のレポートでもはっきりと書かれていた。
あの時死んだ男は、ラクサ・エイジ。それは間違いない。死体も警察にある。
それは、揺らがない事実。
だとしたら――
「嬢ちゃん、悪ぃが何しでかすか分からねぇ。話は後ででいいか」
そんなナオの思考に、ギンジの声が割り込んだ。
確かに、そんなことは後でいい。拘束して、それからじっくり話を聞くべきだ。
「ん」
ナオが短く返答すると、ギンジともう一人の警官が目で合図をし、じりじりと博士らしき男との距離を詰めて行く。
だが、博士らしき男は、
「……ああ!」
何を思ったか急ににそんな声を上げた。
その声に、ギンジ達の歩みが止まる。
「私としたことが。大事な事を忘れていましたよ」
男は小さく笑うと、
「すみませんが、あなた方は少し止まっていていただけますか?」
そう言ってネクタイを緩めると、ギンジたち二人の警官に、首に巻かれた機械を見せつける。
そして、その機械のスイッチらしき場所に指を置いてみせた。
「動けば、どうなるか分かりますね?」
男は鋭く二人に視線を送る。
ギンジはやむなく、もう一人に手で制止の合図を送る。
あのスイッチを押せば、この男は死ぬ可能性がある。
今ここで、この男に死なれるのはマズい。
単にアンドロイドが壊されるだけであれば、犯人がどういう動機でどう動こうがさして重大な問題ではない。
だが、死んだはずの人間が蘇るというのは問題だ。
きちんと捕らえて情報を引き出す必要がある。
どうする……?
手に持つ銃で足などを撃ち抜く事も一瞬考えたが、この男は恐らくその痛みに耐えてスイッチを押すだろう。
もちろん、前回の轍を踏まぬよう、今回は医療関係の車両やアンドロイドなども配置してある。だが、それでも首を切られれば確実に救えるかどうかはわからない。
警察が殺せない事を逆手に取って、自分自身を人質に取るとは……厄介な事をしてくれる。
ギンジは動けず、ただ男の動向を注視することしかできない。
「何をする気だ」
「いえね、思い出したんですよ」
男は真っ直ぐにナオを見た。
「ナオさん。貴女のここにも、ありましたね」
そして、人差し指で自身の頭を指しながら、高らかに宣言する。
「あなたの頭のそれも、破壊しなくてはね」