第4話 太刀筋稽古

文字数 1,476文字

 手入れの行き届いた庭にて、凛久は志遠と対峙していた。
 志遠の手には刀が握られているのに対し、凛久は丸腰であった。彼の息は乱れており額には汗が滲んでいることから、相当疲弊していることが見て取れた。
 だが、それは志遠も同じであるようだった。
「……申し訳ありません、霧生先生。動いてはならないと理解はしているのですが、どうしても抑えられませんでした」
 申し訳なさそうに言う凛久。
 しかし、志遠は何も答えない。ただ静かに目を閉じて佇んでいるだけだった。
「構いません。だからこそ稽古が必要なんです」
 志遠は刀を上段に構える。
 火の構えとも呼ばれるだけに、燃え盛るような闘気が伝わってくるかのようだった。
 凛久は、その気迫に圧倒されそうになる。
 だが、負ける訳にはいかないという気持ちで自分を奮起させつつ、志遠の動きに注意を払うことにした。
 凛久が行っているのは、太刀筋を見る稽古だ。
 何度も打たれ太刀筋を見る力を養うと共に剣への恐怖心を薄めるのだ。防具がない時代は寸止めで行われていたが、今行っているのは防具が無い状態だ。
 刀を一寸手前で止めることになっているが、一瞬の油断があれば木剣でも命の危険があり、かなりの集中力を必要とする。
 それは受け手だけでなく、攻め手も同様だ。
 志遠が手にしているのは真剣だ。
 一歩間違えば凛久を殺しかねない。一撃必殺の威力を持つ刀であるが故に、精神面においても消耗させられることになるのである。
 危険な稽古だが、昴と戦うには白刃を恐れず立ち向かっていくだけの覚悟を身に着けなければ勝ち目はないと判断した上での行動だった。
 志遠が、すり足で間合いを詰める。
 じりじりと距離を詰めながら機を窺っているのが分かる。それはまるで獲物を狙う肉食獣のような獰猛さを感じさせた。少しでも隙を見せれば一瞬で喉元に喰らいつかれるだろうということが容易に想像できた為、凛久は迂闊には動けない状況にあった。
 その鋭利な刀を目の前にした瞬間、全身に走る冷たさと共に、内臓がひっくり返るような恐怖を感じた。刀は、まるで自身が生きているかのように冷酷な輝きを放ち、その刃先が微かに揺れるたびに、彼の心臓は不規則に脈打った。
 月光を受けて銀色に輝くその刀は、夜の闇の中で一層際立ち、まるで死そのものが具現化したかのような威圧感を放つ。
 凛久の視線は、その刀の刃先に釘付けになった。
 まるで氷のように冷たい光を放つその刃は、彼の目には恐怖の象徴として映り、心の奥底にまで染み込んでくるようだった。その刃先が自分の肌に触れる瞬間を想像するだけで、全身の筋肉が硬直し、呼吸が浅くなった。彼の頭の中では、「逃げなければ」という本能的な叫びが鳴り響くが、体は恐怖にすくんで動くことができない。
 刀が少しでも動くたびに、彼の視界は狭まり、時間がゆっくりと流れていくように感じられた。
 耳鳴りが響き渡り、周囲の音は遠くに消え去ってしまったかのよう。目の前の敵が微動だにしないその姿は、まるで死神のようであり、刀の冷たさと相まって、彼の心臓を強く締め付ける。
(この一撃で僕の人生が終わる)
 そう思うと、凛久の喉が乾き、唇は震えた。
 刃が自身の首に迫るその瞬間の恐怖は、彼にとって耐え難いものであり、全ての感覚がその刃に集中していく。
 冷たい汗が額から流れ落ち、彼の視界を曇らせる。
 その中で、刀の輝きだけが鮮明に浮かび上がり、まるで最後の審判を告げる鐘のように彼の心に響き渡った。
 志遠の刀を前に凛久は逃げることなく、恐怖心を克服した時には、彼の体重は3kgも落ちていた。
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