第1話 電脳瓦版

文字数 2,292文字

 今でこそ、新聞、テレビ、雑誌と情報源は星の数程ありますが、江戸時代には瓦版が唯一のものでした。

隠居「金さんや。今度、町内でインターネットのHomePageを開こうと思うんだが。」
金造「いやらしいな。ご隠居、いい歳して。」
隠居「いやらしいって何だい。」
金造「だって淫乱(いんらん)ネットでHページを開くんでしょ。」
隠居「そうじゃあない。インターネットでホームページを開くんだ。ははあ、さてはお前さんインターネットを知らないね。情報通のお前でも知らないことがあるんだ。」
金造「冗談言っちゃあいけねえ。この瓦版屋の金造さんをなめてもらっちゃ困る。世間を騒がしてる、WWWってやつだろ。」
隠居「おっ。それじゃあ聞くが、WWWは何の略だい。」
金造「勿論、騒ぐと言やあワーワーワーだ。どうだ、おそれいったか。」
隠居「ワールドワイドウエブ。世界に張り巡らされた蜘蛛の巣と言う意味だ。」
金造「やっぱ、いやらしいじゃねえか。その蜘蛛が女郎蜘蛛で、花魁(おいらん)ネット。」
隠居「わからんやつだな。蜘蛛の巣ってのは例えだ。」
金造「ちょっとからかっただけだよ。ところで、そいつは何かご利益があるのかい。」
隠居「そうだな。お前さんの持ってるその瓦版。そいつが家に居ながら見れるようになる。」
金造「冗談じゃねえ。ただ読みされてたまるかい。」
隠居「無料にも、有料にもできる。見出しだけ無料にして、記事を有料にすりゃいいんだ。それに、このパソコンって箱に入力するだけで、版木を彫る手間も、印刷もいらない。」
金造「え、本当かい。版木を彫らなくっていいのかい。そいつあ、助かるねえ。でも、このパソコンってのはちょっと硬そうだな。もっと柔らかいものじゃ駄目かい。豆腐とか。」
隠居「おいおい、こいつを彫ってどうするんだよ。そうじゃないんだ。キー坊を叩くんだ。ここに、いろはが書いてあるだろ。これを一つずつ叩く。そうすると文字がでてくる。こうやって紙面を作る。絵や写真なんてのも入るんだ。どうだ、楽だろう。」
金造「いちいち売り歩かなくてもいいのが気に入った。でも記事はどこに持ってきゃいいんだ。」
隠居「そこでホームページが必要になる。ここに置いとくと見たい人が勝手に持ってくんだ。お金と引き換えにもできる。」
金造「いいねえ。益々気に入った。早くそのHページっての開いちまおうぜ。」
隠居「待て待て、まずブラウザを動かさなくちゃ。」
金造「おれ知ってる。隣の後家さんのが派手でいい。」
隠居「何の事だい。」
金造「やだな、とぼけっちゃって。このエロじじい。ブラジャ持ってくるんだろ。」
隠居「インターネット用の通信プログラムのことだよ。いってみりゃ飛脚だな。」
金造「そうならそうといいやがれ。バテレンの言葉なんぞ使いやがって。」
隠居「どうだい。お前さんも、パソコンを一台買わないか。今なら、安いところを紹介してやるが。」
金造「お、本性だしやがったな、この業突張(ごうつくばり)。」
隠居「わかった、わかった。しかし、おしいなあ。町内だけでも50台。隣町まで入れりゃ200台。これだけの客がありゃ、商売繁盛なのに。他の瓦版屋に売るかな。」
金造「いやだなあ。何です。200台。ご隠居も人が悪い。いつあっしが買わないなんていいました。」
隠居「沖屋の椀頭(わんず)ってのがお薦めなんだが。」
金造「何でもかまわねえ。とっとと持ってきてくんな。」

 金造は隠居のところを出て、家に向かいます。
金造「うふっ。いい話しを聞いたね。町内で50台。、隣町まで入れて200台。版木を彫らずに済むってのが嬉しいね。版木ってのが大変だよ。柔らけえところはサクサク進むね。しかし、節目にあたりゃ彫れたもんじゃない。しかも、木屑がたまりゃ、ノミが湧くね。サクサク彫って、ポリポリ掻くよ。しかし、これからはそうじゃない。キー坊をトントン叩くね。そしたら、お金がザクザク入るよ。サクサクのポリポリがトントントンのザクザクになるね。あ、サクサクのポリポリがトントントンのザクザク・・・。」
通行人「おーい、誰か落語をしながら歩いてるよー。」

 それから数日後のこと。
金造「来た来た。これが椀頭様かい。え、どうだい四角四面の面構え。立派だねえ。借金までして買ったんだ。うんと働いて稼いでもらいたいね。さっそく原稿をと。ありゃ、ありゃりゃ。こいつ変だ。おーい。どうしたんだよ。」
隠居「おや、どうしたね。」
金造「あ、ちょうどいい。隠居、こいつうんともすんとも言わねえ。死んじまってんじゃねえか。」
隠居「コンセント入れなきゃだめだよ。これがこいつのご飯なんだ。」
金造「なんだ。腹すかしてたのか。隠居、早いとここいつにおまんま食わしてやってくんな。」
隠居「コンセント入れたから、スイッチ入れとくれ。」
金造「あいよ。ポチっと。あれ、変わらねえよ。」
隠居「そんなはずは。・・・それより暗い部屋だね。明かりをつけなよ。」
金造「あ、だめ。こないだ、何とかってとこから金払えってきたから、こちとら江戸っ子っでえ。御天道様(おてんとさま)と一緒に起きて、一緒に寝るんだ。明かりなんていらねえ。って言ってからつかねえ。」
隠居「電気が来てないんじゃ。使えないよ。」
金造「パソコンや、電気なければただの箱。あー、全財産がパーだよ。」
隠居「おいおい、床の間なんかに置いて、ダルマじゃないんだよ。手も足も出ないって洒落かい。」
金造「いいえ、一文無しの空穴(からっけつ)で、屁もあっしにゃ出ねえ。」
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登場人物紹介

瓦版屋の金造。おっちょこちょいだが、儲け話には貪欲。

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