第22話 油売り

文字数 2,079文字

金造「先生、何見てるんだい。」
先生「道を調べてたんです。これですか、ナビゲーションですよ。」
金造「それ、おいら好きだよ。今はやりの接待だろ。はやく行こう。」
先生「なんだい。」
金造「芸者を上げてすき焼きを食うんでしょ。だから、鍋芸者。」
先生「ナビゲーションですよ。行き先までの道順がわかるんですよ。」
金造「行き先が見えるんですかい。千里眼だね。」

先生「自分のいるところもわかるし、ずっと先もわかる。見てみたいとこはあるかい。」
金造「先がわかるの。じゃあ百年後のおいら。」
先生「先と言っても年じゃない。場所だ。」
金造「なら、十年後にどこにいるか。」
先生「占いじゃないんだから未来は見えないよ。」
金造「しかたない。しかし、メリケンは知らないからね。家の町内でいいや。ところで、日本は何時だろうね。」
先生「夕刻じゃないかな。5時ごろかな。」
金造「ちょうどいいや。町内に亀の湯があるだろ。そこ見せて。」
先生「はい。」
金造「なんだよ。これ線と箱しか見えないよ。そうか、こりゃ下足箱だね。女湯はどっちだい。」
先生「そんな細かくはわかりませんよ。でも、方向音痴の金造さんには必需品だと思いますよ。」
金造「そうかな。ところでお天照さんはどこだい。」
先生「建物しか見えないんだよ。」
金造「でないの。なんだよ、しょうがねえなあ。お天照さんが出てなきゃどっちに向けりゃいいかわからねえや。」
先生「星なら出るぞ。」
金造「夜道じゃ周りが見えねえ。それにパソコン担いで歩くのもしんどい。」
先生「それなら、もっと小さいのがある。」

 先生なにやら小さな箱を懐からとりだしますってえと、近くにいた外人女性がとつぜん話かけてまいりました。話が済みますってえと金造にやにやしながら先生に語りかけます。

金造「先生も隅に置けないね。で、今夜は夜這いですか?」
先生「なんだね。」
金造「やだな、しきりに今晩いる?って聞いてたじゃないですか。」
先生「今晩・・・?あ、そりゃモバイルだろ。携帯用の機械をそういうな。とくに小さなパソコンのことを指すことが多い。」
金造「なんだ。で、この弁当箱みてえのがその毛が生えるってんですか。」
先生「モバイルだよ。この白い小さな箱がGPSだ。」
金造「おいらは寝てるときGSPだ。」
先生「GSP?はて聞いたことがないが、何の略だい。」
金造「おいらのいびきで、グースーピー。」
先生「くだらないこといってないでな、仕事に行きますよ。」

 金造と先生はタクシーでとある郊外のビルにやってきました。

先生「商談が済むまでロビーで待っていてください。」
 先生は外人となにやら話しながら奥へ行ってしまいました。さて、一人残された金造心細くってしかたありません。
金造「困ったね。たばこでも吸おうかな。灰皿がないね。英語でなんて言うのかな。よわったね。そうだ、さっき先生からこのモバイルっての借りたんだ。いてっ。指切っちまったよ。」
 金造、小さな缶を懐から取り出して中身を傷口に塗り始めました。それを見て受付嬢が不信そうに近寄ってきます。

受付「エクスキューズミー。ホワッツデス。」
金造「おいら、英語さっぱりなんで。わりいな。これ、がまの油。こうやって傷口に塗るとほら、血が止まるだろ。」

 しばらくすると、先程の受付嬢、戻ってきた先生になにか話しております。

先生「金造さん。このお嬢さんが、がまの油を売ってほしいそうだ。なんでも知り合いが日本の文化を勉強してるらしくて、そういうものに興味があるそうだ。」
金造「え、売り物じゃないんだがな。」
先生「10ドルでどうかって。」
金造「約千円ですか。もうちょっと欲しいとこだが、先生の口利きだ。よござんす。説明書きが日本語なんだが。」
先生「英語に訳して渡しておきましょう。」
金造「その紙、おいらにも一枚おくれ。」

 ホテルへ戻りました金造、がまの油を小さな器に分けましてさっそく表へ出ました。近くのモールの前で店を広げます。「Sale! Oile of Gama」と書いた上りを立てます。妙な日本人が何か売るらしいってんであれよあれよと黒山の人だかりになります。

金造「抜けばたま散る氷の刃。・・・」

 先生にかいてもらった説明も写しを配ると、さっきの10ドルで買ったナイフを手にお馴染みの口上を述べております。親指程の容器が1ドルということで、商品は飛ぶように売れます。日も暮れ始め店じまいしようとしたところへ先生が走ってきます。

先生「金造さん。急にいなくなるからホテルじゃ大騒ぎですよ。大家さんから電話があったんですけどね。なんでも大工の熊吉さんが屋根から落ちて怪我したって。」
金造「あいつはそそっかしいからね。年に一度はあるんだ。大丈夫だよ。ところで、先生よくあっしのいるとこがわかったね。」
先生「GPSのおかげだ。さっきパソコンと一緒に渡したろ。電源が入りっぱなしだったようだ。」
金造「これじゃ、隠れて油も売れやしない。」
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登場人物紹介

瓦版屋の金造。おっちょこちょいだが、儲け話には貪欲。

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