第10話 プロバイダ

文字数 3,029文字

金造「お~い。寅太」
寅太「おや、金さんじゃないか。珍しいね。お前が初詣かい。」
金造「こっちだって、商売人だ。少しでも瓦版が売れますようにって願かけに来た。」
寅太「いいね。繁盛してるやつあ。」
金造「そう言やあ、顔色がさえないね。」

寅太「まあ、聞いとくれよ。お前も知っての通り、家は代々続いた飛脚屋だ。しかし、近頃インターネットってやつのおかげで商売あがったりだ。」
金造「メールで通信すりゃ、速いし安いからね。」
寅太「そこでだ。プロバイダってのに商売替えをしたんだ。」
金造「そりゃ、ご愁傷様。」
寅太「何だよ、縁起でもない。」
金造「だって、なんまいだになったんだろ。」
寅太「違うよ。プロバイダ。」
金造「わかった、わかった。今度ゆっくりつかってやるよ。」
寅太「使ってくれるかい。」
金造「ああ、ところで天然だろうね。」
寅太「?」
金造「混浴かい?」
寅太「銭湯じゃないよ。」
金造「だって、風呂沸いたっていったろ。」
寅太「わからねえやつだな。プロバイダってのはインターネットの出入り口を提供する商売だ。」

金造「そんなのがあるの。」
寅太「おめえだって使ってるはずだよ。」
金造「じゃあ何か、インターネットはタダっての嘘か。」
寅太「いや、タダなんだが。ほら、街道には関所ってものがあるだろ。」
金造「あるな。しかし、関所はタダだ。」
寅太「関所を通るには手形がいる。」
金造「確かにいるな。」
寅太「インターネットで手形にあたるのがアドレスと言ってな、それの借賃なんだ。」
金造「何だ、おめえ役人とぐるで儲けようって魂胆だな。」
寅太「いいよ、使ってくれるならいい話しを教えようと思ったのに。」
金造「儲け話かい。何だよ、はなっからそう言ってくれりゃいいものを。よ、寅太大明神様。」

寅太「おめえんとこの長屋は個人で別々にインターネットに入ってるだろ。」
金造「わからねえ。隠居がまとめてるからなあ。そういやあ、大火傷熱湯(おおやけどねっとう)とか。」
寅太「そりゃ大江戸ネットだ。確か、10人集めりゃ一人分タダとかで急成長しているところだ。」
金造「その一人分ってどこ行ったんだ?隠居のやろう一人でがめやがったな。とっちめてやる。」
寅太「待ちなよ。そんなことしたって一文の得にもなりゃしないよ。それより、俺の話しを聞きなよ。」
金造「なんだよ。」

寅太「俺んとこに代えりゃ10人でも20人でも一人分でやってやろうじゃないか。」
金造「え?そんなおいしい話しがあるのかい。」
寅太「プロキシってのを置くんだ。」
金造「なんだよ。それなら家にあらあな。どのくらいのがいいんだ。」
寅太「大ききゃ大きいほどいいがな。」
金造「一畳ぐらいかい。」
寅太「大きさじゃないよ。容量の問題だ。」
金造「そうかい?模様は唐草だがかまわねえかな。」
寅太「何でもいいけど、プロキシサーバだよ。」
金造「え?それじゃ、向かいのお鹿ばあさんに背負わせようかな。」
寅太「動かしちゃだめだよ。置いときゃいいんだよ。」
金造「まるで見せ物だね。でもどうして風呂敷ばあさんが必要なんだい。」
寅太「プロキシサーバだよ。しょうがねえなあ。誰か話しのわかる人は居ねえかい。」

 金造と寅太は羽噌紺之進先生のところへやって参りました。

先生「金造さんの昔馴染みですか。貧しい浪人の身でたいしたおかまいもできないが、くつろいでください。」
寅太「塾の先生なら話しは早いや。今度プロバイダを始めました元飛脚屋の寅太でございます。」
先生「トラバーユね。」
金造「ほら、やっぱり湯屋じゃねえか。寅だけに寅ば湯なんてな。」
先生「転職のことですよ。」
金造「転職がトラなら代々は亀の湯ですかい。」

先生「そんなことを言ってるわけじゃありません。で、何か御用ですかな。」
寅太「ぜひこちらの長屋の皆さんに入っていただけないかと。」
先生「わしもここでは新参者だからな。」
金造「先生が言えば誰も反対はしませんよ。それよりおいらにゃ寅の言うことがさっぱりなんだが。」
寅太「プロキシを置いて皆さんで共有すれば、一人分の契約でインターネットが使えるようにしましょうって言う話しなんですがね。」
先生「なるほど、それはうまい方法だ。」
金造「え、うまいの。わかった、肉じゃがの入った揚げパンのことだろ。」
先生「それはピロキシだ。プロキシと言うのはランネットワークで1台のモデムを一緒に使う方法だ。サーバというパソコンをおいておけばいいんだ。プロクシとも言うな。」
金造「高いんでしょ。その花魁(おいらん)は。」
先生「ランだよ。それがタダなんだ。皆のパソコンを直接つなぐだけだから。できればHUBを置きたいね。」
金造「いやですよ。噛まれたら死ぬでしょ、そのハブ。」
先生「機械の名称だ。幸い一台遊んでるパソコンがあるでな。それをサーバにしよう。利用者で契約費を折半してもらえれば電気代は家でもとうじゃないか。」
金造「え、聞いたかい。因業隠居に先生の爪の垢を煎じて飲ませたいね。」

隠居「誰が因業だって?」
金造「あれ、隠居居たの。」
先生「ああ、昨日一緒に飲んでいてな。泊まっていたんだ。」
隠居「人が寝ていればワイワイと騒いで。」
金造「ぼろ長屋なんだ。隣の部屋で話しをしてりゃ響くってもんだ。」
大家「聞き捨てならないね。ぼろ何だって。」
金造「あれ、大家まで。嫌な日だね。他に誰か隠れてないかい。」
先生「三人で飲んでてな。どうしたらホームページの来訪者が増えるか相談してたんだ。」
金造「なんだよ。そんなんだったら、この金造さんが面白い記事書きゃ済むじゃねえか。」
隠居「しかし、宣伝しなきゃ誰も見に来ないだろ。」
大家「そうだよな。せっかくあき部屋があっても人が来ない。」
隠居「人が来なきゃ、パソコンも売れない。」
金造「なんだよ。皆いやらしいな。」
大家「そういう金さんも訪問者が増えればうれしいだろ。」
金造「勿の論よ。瓦版が売れらあな。」

隠居「あれ、そっちにいるのは寅じゃないかい。」
大家「あ、寅だ寅だ。」
先生「実はな、寅太さんがプロバイダを始めるって言って来たんだが。」
大家「なんだい。昔馴染みのおめえが始めるんじゃ、協力しなくちゃなあ。隠居、おまえもそう思うだろ。」
隠居「ん、ああ、そ、そうだな。」
大家「何だい。はっきりしないね。」
隠居「いや、そりゃあ協力しなくちゃねえ~。」

 さっそく、長屋の中にLANを張りまして、先生のところにプロキシサーバを置きます。

金造「いやあ、先生。ネットの通信が心持ち速くなった気がするが。」
先生「サーバにまとめてるからね。個々で接続する時間が減るし、通信負荷も減るからな。」
金造「これで安くなっちゃ、申し訳ないね。」
先生「寅太さんも利用者が増えりゃ儲かるし、余分な回線を持たずに済むしいいことづくめだな。」
寅太「毎度ありがとうございます。」
金造「あ、いいとこ来たね。安くって速くっていいことずくめだって話してたとこだ。」
寅太「ところが、そうでもないんだ。近頃客がぱったり来なくなったと思ったら、プロキシの管理者がプロバイダを替えちまうんだ。」
金造「いいじゃねえか。とりあえず契約料は前払いでもらってるんだろ。」
寅太「いえ、元飛脚だけに客(脚)足が気になります。」
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登場人物紹介

瓦版屋の金造。おっちょこちょいだが、儲け話には貪欲。

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