第6話 江戸っ子

文字数 2,576文字

 御馴染み電脳横丁に異人さんが来たってんで、町中上へ下への大騒ぎでございます。

金造「おーい、熊。朝っぱらから慌ててどこ行くんだい。」
熊吉「先生とこの異人さんが味噌汁が飲みてえってんで、豆腐買いに行くんだ。」
金造「それ、おいらに行かしてくんねえ。」
熊吉「子供の使いじゃねえんだ。駄賃はでねえよ。」
金造「そんなんじゃねえんだ。こないだ、豆腐屋のおやじがな、おからばっかりただで持ってくやつの瓦版なんか買えるかってやがんだ。」
熊吉「ひでえなあ。俺だったらそんなことは言わねえ。」
金造「そうだよな。」
熊吉「から代に瓦版よこせっていうね。」
金造「なんだよ、えげつないね。おいらも江戸っ子だ。言われっ放しってのもしゃくだ。でな、おからの礼でございますってんで尻まくっておならを返してやった。」
熊吉「じゃあ、行きにくいだろう。」
金造「だから、客として行って瓦版買わせようってんだ。懐の広い金造さんだ、金を払えとは言わないね。毎日豆腐一丁で勘弁してやらあ。」
熊吉「金公は悪でえなあ。でも助かった。おいら親方んとこいってくらあ。」
金造「こんどはなんでえ。」
熊吉「異人さんが、親方に頼みがあるってんで、後で伺いたいっていうんだ。」
金造「面白そうだね。後でおいらも付いてくからな。」

 さっそく金造は豆腐屋にやってまいります。豆腐屋という商売は大変朝が、はようございます。

金造「ごめんよ。」
店主「おからならやらねえよ。」
金造「なんだい、そんなカス、人様が食するものじゃないね。」
店主「なんだい。こないだまで毎日持ってったくせに。」
金造「それが客に対する態度かい。」
店主「へ?おまえさんが客。客てえのは、おあしを払ってくれるから客なんだ。第一、おめえに食われちゃ豆腐が可哀想だ。」
金造「だれが好んでてめえんとこの豆腐を食うかい。先生とこに来てる異人さんが食いてえっていうからわざわざ来たんじゃねえか。」
店主「なんだい。ただの使いかい。で、買うのは一丁かい二丁かい。」
金造「そんなにゃいらねえ。半丁で十分だ。」
店主「なにを、半丁だ。ふざけるねえ。豆腐ってのは一丁、二丁って数えるんだ。だいたい残った半丁は売り物にならねえや。」
金造「だったら残りはもらってやらあ。」
店主「おめえにくれるぐれえなら、犬にでもやったほうがましってもんだ。」
金造「いったな。待ってろ、今犬探してくるから。」

店主「しょがねえな。半丁売ってやるよ。」
金造「できりゃ残りの半丁の方をおくれ。ただで。だめ、けちだね。」
店主「どっちがけちだよ。え~、半丁で四文になります。」
金造「なにを。一丁六文の豆腐だ。半丁四文てことはあるめえ。」
店主「何でもまとめて買ったほうが安いんだ。一文は手間賃だ。」
金造「こっちだって朝早くから来たんだ、三文にしろい。昔っから言うだろ、早起きは三文の豆腐って。」
店主「それを言うなら、早起きは三文の徳てんだ。」
金造「四文払ってやるよ。その代わりに来月から瓦版を買え。」
店主「半丁しか買わねえやつの瓦版が買えるか。」
金造「なにを、このどけち。」
店主「なんだと。てめえ喧嘩売ろうってのか。」
金造「いや、豆腐を買いに来たんだがな。」

 江戸っ子は粋の良さが売りでして、見栄っ張りで負けず嫌いてのが大方のところだったそうで。おかげで豆腐を買うにもこの始末でございます。

金造「先生、豆腐買ってきたよ。」
先生「おや、金造さんが買ってきてくれたのかい。すまないね。代金はいくらだい。」
金造「大先生が所望ってんだ、代金はいらねえよ。こないだの修理の礼だ。」
先生「ところで、熊吉さんはどうしました。」
金造「あいつは親方んとこ行くって。」
先生「だったら朝飯を食べたら出かけましょう。」

紺之進先生とハリー大先生にくっついて金造も親方のところへやってまいります。

先生「親方。」
親方「おう、先生かい。話は熊吉から聞いてらあ。異人さんも一緒に上がっとくれ。」
先生「おじゃまいたす。」
異人「オジャマ、イタス。」
金造「じゃまするぜ。」
親方「なんだよ、金さんまで来たのかい。」
金造「異人さんと親方の対談だ。瓦版屋として黙って見過ごす手はねえや。」
親方「お網、異人さんが見えたよ。」
お網「お初にお目にかかります。お網と申します。」
異人「ウワサドオリノ、ビンボウネ。」
親方「なにを、貧乏だあ。」
異人「チガイマシタ、ビボウデス。」
親方「それならそうと言いなよ。まあ、親のあっしが言うのもなんだが、江戸一番の美人と思うね。」

お網「ところで異人さんが何のご用でしょう。」
先生「拙者から話そう。実はお城で明晩、晩餐会があるんだが、異国では婦人同伴と言って奥方か若い娘と一緒に出るのが習慣らしい。それでお網さんをお借りしたいということなんだ。」
親方「先生の先生からの頼みじゃ断る訳にもいかねえやな。先生にゃいつも熊吉が世話になってるし。」
先生「かたじけない。」
異人「オヤジ、ケナイ。」
親方「余計なお世話だ。しかし、口の悪い異人だね。貸すのは一晩だけだよ。」
異人「ハーイ。ブッシュニ、ニバンハ、ナイネ。」
親方「それを言うなら武士に二言は無いてんだ。第一おめえさんは武士じゃねえだろ。」
異人「ワタシ、ハリー・ブッシュデス。」

親方「妙な異人さんだね。ところで先生、ヘソコンてえのはそんなに便利なんですかい。」
先生「ヘソコンではござらん。パソコンでござる。親方の、のこやかんなと同じで使い手しだいでござる。」
親方「娘が欲しいって聞かねえんだ。チョットしてぇてんだが。」
先生「親方、それはチャットだ。わざわざ出かけていかなくても相手と話が出来るんだ。」
親方「くだらねえ。話てえのは相手の顔色を伺い足元を見てするもんだ。それにほとんどの連中は遊びに使ってるてえじゃねえか。」
先生「芝居や旅と同じだよ。良い物は勉強になる。人は時には息抜きも必要だ。」
親方「猫も杓子もパソコンてのが気に入らねえ。そこでもっと新しい物はないかね。」
先生「そう言われてもなあ。」
お網「すいません、おとっつあんときたら食わず嫌いなんだから。」
親方「てやんでえ。俺は江戸っ子、負けず嫌いだ。」
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登場人物紹介

瓦版屋の金造。おっちょこちょいだが、儲け話には貪欲。

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