3 なめらかプリンと占い師
文字数 2,093文字
【22時34分】
〈探偵〉はまだ帰ってこない。
キョウコはエアカラオケに飽きてプリンを食べている。キョウコがお腹が空いたと言ったので見張りをしている若手ヤクザの一人に頼んだ。そう言えばここに連れて来られてから女も俺も何も口にしていなかった。ヤクザにしてはハンサムなルックスのそいつだけは優しくて俺を殴らない。あとのジャガイモのような顔のヤクザは挨拶代わりに殴る。ハンサムなそいつは文句も言わずキョウコのリクエストどおりのものをローソンで買って持ってきてくれた。ハンサム万歳だ。
「これ、わたし大好きなんだよね」
キョウコは剥がした『メイトーのなめらかプリン』の蓋をうれしそうに振りながら言った。
「昔ね、とってもとっても嫌な奴がいつもおいしそうにプリンを食べてて、キョウコが欲しいって言っても絶対にくれなくって、だからわたしはどんな味が想像するしかなくって、想像の中ではとってもとっても美味しくって、食べたこともないのに一番好きな食べ物になってて、実は今日初めて食べたんだけどわたしが思っていたとおりの味で、わたしはやっぱりこれが世界で一番嫌いで一番好き」
言いながら小さなプラスティックのスプーンを大事そうに口に運ぶ姿を見ていると、それが本当に世界一美味しい食べ物に見えてくる。
「そろそろ話の続きをいいかな?」
キョウコはプリンを全部食べた。近くの部屋で始められたらしい拷問の悲鳴は防音扉を通してさえ響いてくるようになった。彼女も何か話したほうが気は楽なはずだ。
「だから何回も言ったけどわたしは何も見てないの。わたしって血が嫌いな人だから、あんないっぱいの血を見たら、すぐ目の前が真っ暗になっちゃったの」
俺は少し話の方向を変えてみる。
「組長とはこれまでにも?」
「そう、最近気に入ってくれてよく呼んでくれるの」
「組長はどんな人だった?」
「どんな人って言われても、わたしそういうのよく分からないの」
「組長が殺されて悲しい?」
「ごめんなさい。こういう時に悲しいって言ったほうがいいのは知ってるけど、そういうのもよく分からないの。わたしが分かるのは彼がどんなプレイが好きなのかってだけ」
キョウコと話をしていて彼女が嘘をつかない、もしくは嘘をつけないタイプなのが分かってきた。だったらどんなことでも話させるのがいい。
「プレイでいいよ。彼はどんなことをするのが好きだった?」
「するんじゃなくてね、されるのが好きだったの、組長ちゃんはね。組長ちゃんがお馬になって、わたしが背中に乗ってお尻をペンペンするの。それでそれで、首にも縄を巻いて引っ張って、うまくヒヒーンて鳴けたらごほうびをあげるの。ニンジンを食べさせてあげるの。でもね変でしょ、それお口じゃなくってお尻の穴になんだよ。おかしくって笑うと、また組長ちゃんは喜んでヒヒーンて鳴くんだ」
ここにあるのが集音機能のないカメラでよかった。こんな話を聞いたことが知れたら俺は事件を解明したとしても無事に帰してもらえない。
「組長ちゃんって怖い顔してるのに面白いでしょ?」
キョウコは無邪気に声を出して笑う。
「プレイのことはよく分かったよ。それじゃホテルの部屋にいた時のことじゃなくて、来るまでに誰か見なかった? 別に怪しい奴じゃなくてもいいから」
キョウコはそれについて思い出そうというそぶりもなく、すぐに首を横に振った。
「それはわたしには分からないわ。わたしの世話をしてくれるヨシノって男がいるからそいつに聞いてよ」
「ヨシノって?」
「〈客引き〉よ。たしかヨシノノブユキって名前だったかな」
俺は頭の中にメモする。
「でも──何か悪い予感がしてたのよね」
キョウコはここに来てから初めて暗い顔を見せた。
「この前、〈占いババア〉に注意しろって言われたんだ」
「ババア?」
唐突に出てきたキャラクターに俺は首を傾げる。
「彼女がそう呼んでくれって言ってるからだよ。わたしは自分からそんなこと言わないよ、わたしならちゃんと『おばあさん』って呼ぶ。ううん、『おねえさん』って呼ぶもん」
怒られると思ったのか必死に手を振って言い訳する姿はとても幼い。
「キョウコはそんな悪い子じゃないんだからね」
「分かってるよ」
俺は微笑んで安心させる。キョウコも唇を尖らせながら肯く。
「〈占いババア〉とは時々、向こうで話をするんだ。とっても当たるんだよ」
「その〈占いババア〉は何て?」
「何のことか分からなかったけど、眠ってたあいつが目を覚ましたんだって」
「あいつって?」
「人を殺すために生まれた〈殺し屋〉だってさ。だからキョウコちゃんも気をつけたほうがいいよって」
「〈殺し屋〉?」
初めて事件に近づくかもしれない言葉に俺は身を乗り出し再び聞き返す。〈占いババア〉は事前にこんなことが起きるのを知っていたのだろうか? 一連の殺人に心当たりがあるのだろうか?
「おにいさんも気をつけたほうがいいよ。あいつは──〈殺し屋〉はいつもどこかで見てるんだってさ」
「それって誰なんだい?」
キョウコは俺の声が聞こえていないように大きなあくびをした。
「甘いの食べてなんか眠くなっちゃった。少し寝ていい?」
〈探偵〉はまだ帰ってこない。
キョウコはエアカラオケに飽きてプリンを食べている。キョウコがお腹が空いたと言ったので見張りをしている若手ヤクザの一人に頼んだ。そう言えばここに連れて来られてから女も俺も何も口にしていなかった。ヤクザにしてはハンサムなルックスのそいつだけは優しくて俺を殴らない。あとのジャガイモのような顔のヤクザは挨拶代わりに殴る。ハンサムなそいつは文句も言わずキョウコのリクエストどおりのものをローソンで買って持ってきてくれた。ハンサム万歳だ。
「これ、わたし大好きなんだよね」
キョウコは剥がした『メイトーのなめらかプリン』の蓋をうれしそうに振りながら言った。
「昔ね、とってもとっても嫌な奴がいつもおいしそうにプリンを食べてて、キョウコが欲しいって言っても絶対にくれなくって、だからわたしはどんな味が想像するしかなくって、想像の中ではとってもとっても美味しくって、食べたこともないのに一番好きな食べ物になってて、実は今日初めて食べたんだけどわたしが思っていたとおりの味で、わたしはやっぱりこれが世界で一番嫌いで一番好き」
言いながら小さなプラスティックのスプーンを大事そうに口に運ぶ姿を見ていると、それが本当に世界一美味しい食べ物に見えてくる。
「そろそろ話の続きをいいかな?」
キョウコはプリンを全部食べた。近くの部屋で始められたらしい拷問の悲鳴は防音扉を通してさえ響いてくるようになった。彼女も何か話したほうが気は楽なはずだ。
「だから何回も言ったけどわたしは何も見てないの。わたしって血が嫌いな人だから、あんないっぱいの血を見たら、すぐ目の前が真っ暗になっちゃったの」
俺は少し話の方向を変えてみる。
「組長とはこれまでにも?」
「そう、最近気に入ってくれてよく呼んでくれるの」
「組長はどんな人だった?」
「どんな人って言われても、わたしそういうのよく分からないの」
「組長が殺されて悲しい?」
「ごめんなさい。こういう時に悲しいって言ったほうがいいのは知ってるけど、そういうのもよく分からないの。わたしが分かるのは彼がどんなプレイが好きなのかってだけ」
キョウコと話をしていて彼女が嘘をつかない、もしくは嘘をつけないタイプなのが分かってきた。だったらどんなことでも話させるのがいい。
「プレイでいいよ。彼はどんなことをするのが好きだった?」
「するんじゃなくてね、されるのが好きだったの、組長ちゃんはね。組長ちゃんがお馬になって、わたしが背中に乗ってお尻をペンペンするの。それでそれで、首にも縄を巻いて引っ張って、うまくヒヒーンて鳴けたらごほうびをあげるの。ニンジンを食べさせてあげるの。でもね変でしょ、それお口じゃなくってお尻の穴になんだよ。おかしくって笑うと、また組長ちゃんは喜んでヒヒーンて鳴くんだ」
ここにあるのが集音機能のないカメラでよかった。こんな話を聞いたことが知れたら俺は事件を解明したとしても無事に帰してもらえない。
「組長ちゃんって怖い顔してるのに面白いでしょ?」
キョウコは無邪気に声を出して笑う。
「プレイのことはよく分かったよ。それじゃホテルの部屋にいた時のことじゃなくて、来るまでに誰か見なかった? 別に怪しい奴じゃなくてもいいから」
キョウコはそれについて思い出そうというそぶりもなく、すぐに首を横に振った。
「それはわたしには分からないわ。わたしの世話をしてくれるヨシノって男がいるからそいつに聞いてよ」
「ヨシノって?」
「〈客引き〉よ。たしかヨシノノブユキって名前だったかな」
俺は頭の中にメモする。
「でも──何か悪い予感がしてたのよね」
キョウコはここに来てから初めて暗い顔を見せた。
「この前、〈占いババア〉に注意しろって言われたんだ」
「ババア?」
唐突に出てきたキャラクターに俺は首を傾げる。
「彼女がそう呼んでくれって言ってるからだよ。わたしは自分からそんなこと言わないよ、わたしならちゃんと『おばあさん』って呼ぶ。ううん、『おねえさん』って呼ぶもん」
怒られると思ったのか必死に手を振って言い訳する姿はとても幼い。
「キョウコはそんな悪い子じゃないんだからね」
「分かってるよ」
俺は微笑んで安心させる。キョウコも唇を尖らせながら肯く。
「〈占いババア〉とは時々、向こうで話をするんだ。とっても当たるんだよ」
「その〈占いババア〉は何て?」
「何のことか分からなかったけど、眠ってたあいつが目を覚ましたんだって」
「あいつって?」
「人を殺すために生まれた〈殺し屋〉だってさ。だからキョウコちゃんも気をつけたほうがいいよって」
「〈殺し屋〉?」
初めて事件に近づくかもしれない言葉に俺は身を乗り出し再び聞き返す。〈占いババア〉は事前にこんなことが起きるのを知っていたのだろうか? 一連の殺人に心当たりがあるのだろうか?
「おにいさんも気をつけたほうがいいよ。あいつは──〈殺し屋〉はいつもどこかで見てるんだってさ」
「それって誰なんだい?」
キョウコは俺の声が聞こえていないように大きなあくびをした。
「甘いの食べてなんか眠くなっちゃった。少し寝ていい?」