06s_愛はいらない

文字数 3,871文字

(006)(1=1)

視点#チャーフ

巨大な空気の膨張で、三半規管は大混乱だ。
爆心地となった高速道路は骨組みだけの、そのむき出しのままに、弱々しく至る所が折れて、ここは高跳びの舞台のように不安定に波打っている。
マーミアがそこで膝枕に旅の魔人の頭をのせて最後を看取っている。あれは遠い昔に見た宗教画の一場面に見えた。
そしてその場面に唯一出くわしているのは、機械馬車を走らせた同郷の男だけだ。

「ずいぶんと・・ひどいありさまだ。ん?ここここに転がっているのは・・ヒューマノイドか?」

男はこれが何かを考える。いや・・向かう間に盗聴した警戒無線で、すでに事態は把握している。このかつて災厄の兵器と言われた『魔人』がこの国の英雄的指導者を襲った。それを止めるためにヒューマノイドが自爆したのだろう。
だが・・そこにあるのは、想像したよりもきれいな爆心地だった。景色の話じゃない、印象の話だ。
爆心地は男たちを置いて他に何もなかった。転がる無残な幾体のヒューマノイドと高級車。それだけだった。そして今日の役割を終えた恒星が沈み行こうとしていたのだ。
男はチャーフという。物語の構成に消え行こうとしているのを知っていた。

@@@

戦争にいいも悪いもないと思うのだ。
同じ事実が、誰かにとっての正しさで誰かにとっての悪になる。それが向かいあうだけのことで、戦争が起こる。だから、マーミアのような異星移人が追放されることになっても、チャーフはそれを実質的に成立させた現総統であるロックジェリー氏のことを嫌いになれずにいた。

ロックジェリーは現政権の党首で、それはつまり首相ということだ。そんな政治家が進める政策こそが移民の規制と強制送還を伴った関連法案だ。
それによって、マーミアのような違法な手段で入星した人間は、全員が強制的に送られる。・・実質的な死刑制度であっても。
だが、それには理由がある。治安の強化というものもあるが、それ以上にこの国の財政難だ。すでに肥大しすぎた社会責に対しての解決策にロックジェリーは1つの答えを出した。
それが、ロボットの準人権法だ。
それはロボット人権団体の悲願であり、それによってあらゆる産業分野における財政面は改善される。いや・・もはや革命だ。
あらゆる社会的問題は解決し、総生産はそれによって数倍に跳ね上がる。現代の金山といえる。
その恩恵にあずかるのは支配階級、もといそのために今日まで戦った先住民のみだ。一部の非戦闘系のロボットとはいえ、その数を市民と認めれば数倍に跳ね上がる。切り捨てられるのは・・ダーティな存在だ。もちろん一律に切り捨てられる。いい人間も悪い人間も。

@@@

だからここに人はいないのだ。人はいない、今ここで火ぶたを切るのは人間になれなかったロボットと人間ですらなくなった異星人なのだから。

闘ったロボットは戦闘階級のヒューマノイドで今はガーディアンロボットと差別されている。それはつまりまだ人ではない。
だが、その一歩は踏み出された。その事実が脈動し力を奮い立たせる。対するチャーフたちには・・実はもう何もない。一方的に追い出される。いくらかの同志は残るための戦いを進めるが、それは無謀というものだ。時代のうねりは変わらない。それはこの場所の残骸と同じだ。

「さあ、もう行きましょう」
「え!?・・もういいのか?」
「ええ。それほど長くはいられないのでしょう?それに・・」

マーミアの言いかけた言葉に続きはなく、糸のように細い夕焼けがある。確かにそうだ。もう時間はない。ここにもうじき大量の戦火の者たちが集う。ここにいては命も危ない。
チャーフは物と化した男を見た。上半身だけで人の形をした石こうの人形のように割れている。かつての傾国のつわものの最後。それがみじめに壊れている。だが伸びた影がもう1つのヒューマノイドの頭に重なった。
チャーフはそれが何か知っている。『HY-232』と呼ばれたすでに製造が禁止された戦争の遺物、ロックジェリーの護衛としてあらゆる火の粉を払う傘、そして忠義に散った刀だった。

@@@#HY-232
―エイクラーが攻めてくる数分前―

「何かが来ているな・・」
「ええ。しかしこれは、人・・ですか?」
「分からない」

HY-232達はロックジェリーの車にいる。ほかに2台の護衛車を引き連れて、そこにもいる。そしてそれらの間を短距離通信電波で語りあうのだ。これまで遭遇したどんな兵器よりも大きな殺意と力を感じていた。
こちらの数は5体。まったく足りない。だが、逃がすことはできるかどうかぎりぎりだった。すでに追加の護衛を要請して受理された。
HY-232は考える。敵の思惑が分からないのだ。多分、強制退去となった異星人であるのは確かだ。それにしてはあまりに短絡的でそして・・人外の殺意にあふれている。例えるなら制御の効かない獣のような突進である。ここの何体かはそれを観察して異常な殺傷能力を分析する。残された時間は少なく、あまりに絶望である。それは高度な戦術能力に特化したOSで割り出されて取捨選択を始める。第一命題はロックジェリー氏の存亡。その一命にかけられる。その集中力は彼の発言で止まる・・いや、それはあり得ないな、我々の知覚は共有を進め漸近的な回答を求めている。だがロックジェリーの隣にいたリーダーとされる一体は氏の質問に答えた。

「すまないな・・君たちを含むことができなかった」

ロックジェリーはそういう。
もう80歳近い、おいぼれのしわだらけの顔、それは苦労だ、それが しわを作っていた。それはHY-232が戦闘用のヒューマノイドだから。彼が今日成立させたロボット人権法に含まれていないから。彼はそれを謝罪した。

「気にしないでください」

そう答えた。
それは心からのものだ。叶った悲願は決して不可能だと、戦場で幾たびも考えたものだったから。HY-232は考える。

氏を心から敬愛し、そしてこれから本格化する襲撃の嵐から救いたいのだ。それは残されたわずかな同胞とも同じ願いである。

「それでも君たちには申し訳ない。ここで君は・・死ぬのだろう?その前に君たちを人間にしてやりたかった」
「なぜ・・それを?」
「君たちが護衛をするようになって、もう2年になるか・・分かるさ。危険がせまっているのだろう?そしてそのために命を投げ出す覚悟だ。そうだろう?」
「ええ・・そうです・・もうじき援軍が着ます。ロックジェリー様はそちらに」
「誰だろうな?ずいぶんと敵を作ってきた」
「それは分かりません。ですが・・お忘れないでください。それ以上に味方もいることを」
「・・うん」
「・・ところで君たちの名前を教えてくれないか?」

ロボットはハッとしたのだ。それは法律で禁じられていたからだ。識別コード以外の個体を識別することのできる方法はすべて禁じられていたから。たくさんのロボットはそれを求めて今日、成立した法律でついにそれが成就されたことだ。それがその急先鋒が法を破り、名前を尋ねる。
ロボットは考える。それはロックジェリーのことだった。
この老体のどこに力があるのかと生来の戦うための武装された肉体とは異なるその力の正体を探した。きっとそれは彼の半生になるのだとすぐに思い出した。
老人は少年のころに恋をした。それは屋中にいたロボット家政婦の一体。身の回りの世話をするそのロボットに少年は恋心を抱く。だがそれは叶うことなどなかった。その時代の法律でロボットはリコール対象品になり、破棄が決定される。よくある話だが、それが少年の心を怒りに燃やす。その炎は半世紀以上にわたり、どんな冷酷な冷や水でも消せることなかった。それはむしろごうごうと燃え上がり、その呪いともいえる執念はついに今日、叶う。
だが結局、ロボットは、HY-232は結局、そこで決して答えの出ない命題に立ち止まってしまうのだ。愛とはそこまで人を駆り立てることなのだろうか?
そしてそれは、また自身にも言えるのだということにすら思い至らない。だが、代わりに応えた。

「ヒュー。ヒューと申します。ロックジェリー様・・援軍がつきました。どうぞご無事で」
「うん・・ヒュー君。そちらこそ、ご武運を」

ヘリコプター型のアンドロイドは風を巻き上げて氏を連れて低く離れていく。やっと姿がその輪郭をぼやけるようになるころになると、高速道路上で、HY-232達はバリケードのように車で車道をふさぐ。

「距離は?」
「1020mです。・・同じセンサーがついているのでしょう?」
「確認しただけだ。他意はない」
「そうですか・・。よかった。戦う前に壊れてしまっては、あれに対して数秒の時間稼ぎも難しかったでしょう」
「・・もう着いたのか?」
「ええ、先行した2人は合わせて10秒と持たなかった」
「これでも先の大戦では・・勲章第一位だったのだがな・・」
「・・ロックジェリー様とは何を話していたのですか?」
「ヒュー」
「?・・・?」
「ヒュー。私の名前を自己紹介したのだ」
「そうですか・・。名前か・・考えたこともなかった」
「・・これが終わればいくらでも名付けられていくさ」

あれが死の形なのだと、ヒューは覚悟をする。傾こうとする太陽と、それを待てずに飛び出した衛星が空にはある。ビル群の中でまるで紙屑のように同胞が舞う。触れることなどできやしない。人の形をした死は絶対の領域にある。それには恐れしかできない。残された時間の中で、最後に何を望むのだろうという願望は、晴れやかな感情であった。

私は生きている。ただそれだけがこの恐怖に縛られている心をうんと軽くしたのだ。
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