第2話 錯綜

文字数 13,404文字

「遅いっ!」
早々口から漏れた言葉は、溜め息と共に虚しくホールに響いた
閉館まで時間は少なくなってるのに、
俺はだだっ広いホールに座ったまま待ちぼうけをくらっている
あれから結構時間が経った気がする

あの後、学芸員である操麗摩(クレマ)さんから事情聴取をされそうになったのを俺の腹の音が邪魔をして、その時初めて、寡黙だった少女がクレマさんに何かを訴える仕草をした

「ちょっとすいません」 
そういって二人は少し距離を取る
クレマさんはさっきまでの冷たい印象を少し崩して、少女と何かやりとりしてる

暫くすると、ちょっとこちらを伺って二人は目配せしながら何かを話し込んでいるようだ
何を話してるか聞き耳をたてづらいので、
自分から距離を離し、天井の絵画などをボーっと見る事にした。

すると、
「幽さんといいましたよね。ちょっといいですか?」


「あっはい」 


「この美術館も初めてなのでしょう?でしたら当美術館自慢の一つ
モネの湖庭(ガーデン)で美味しい珈琲でもいかがですか?」


「えっガーデン?」


「カフェテラスやレストラン、喫茶店やグッズ販売もやっているのですが
もし良かったらサービスしますよ。ちょっと聞きたい事もありますし」


「えぇ?それってさっきの・・」


「先ほどの騒動の件はキチンと調書を取らねばなりませんので」


「それってどうしてもとらなきゃ駄目ですか?」


「はい。それと、少しだけそこの角の売店辺りで待ってて下さいませんか?」


「いいですけど」


「ありがとうございます」

そういって少女を連れて、立ち入り禁止の先の廊下へと二人は消えていく
何がなんだかわからぬまま、俺は仕方なくホールの隅にあったお土産屋の売店で暇を潰す


ふむふむ、色々あるなぁ。凄い、モナリザの絵が小さい絵で売ってたり、
モアイチョコ、モネの睡蓮を象ったオルゴールに、ゴッホの絵葉書、さすが美術館の売店だなぁ
俺は目を輝かせながら暫く時間を堪能する

そうやって時間を潰して、どれだけ経ったろう?
あまりに腹が空いてきて、もしかして忘れられてるんじゃないかと思いながら
「遅い!」
と駄々をこねながら、二人が消えた廊下の方を見ようと店を後にしようとした時


「ん?」
 美術館に置いてるのは珍しい、週刊誌が置いてあった
そのタイトルに見覚えがあって、好奇心をそそられるままに週刊誌を手に取る


「美しい美術館沿いの町通りにて、又も犠牲者か?悪夢の猟奇的連続殺人と、
シャドウ病の怪異、今度は大量の行方不明者か」


そんな見出しだった


「なんだこれ・・確かここに来る前にそんな情報、GYAHOOのネットに情報あったっけ?」
そうして週刊誌をペラペラと速読しながら、スマホのネット記事も検索してみる
「結構色々な場所で起きている。でも、結構近場でも起きてる?」
更に検索をかけながら思い出す


そうだ、ここに来たのは目当ての絵画を見に来ただけじゃなく、
小説の題材に相応しい本物のミステリーホラーがあったからだ

自分が解決出来る訳ないだろうけど、一発逆転を狙いたい作家の卵からしたら
本物の事件、ミステリアスな美術館
こんな上手いネタはないと思って、有り金はたいてここまで足を運んできたのだ
(うぅ、超絶貧乏な自分には痛い出費)

「・・・あった!これだ」 
つい最近のだけで見ても、不可解で猟奇的な記事ばかりがそこに書かれていた

「なになに、・・(以下略)そのどれもが残虐で不可解な猟奇殺人ばかりで、
同一犯の可能性も視野に警察は対策本部を設けるが、進展はなく。
又、一定の期間で、殺人事件が発生している。最近起きているのは、以下の事件である」

1,マネキン事件
これは被害者がどれもバラバラにされ、まるでマネキンがポージングをしている
様に堂々と死体を外に展示していた現場の状況から、呼ばれる様になった。
ただ、最初の事件の被害者はぐちゃぐちゃに全身を潰され、首だけが足元に転がっていた
傍らには二人目の犠牲者と思われる女性の被害者がいて
体は傷一つ無く、だが首だけが見つからぬまま
夜中の結婚式会場に、まるで展示しているみたく2人の死体が見つかった。
以後、様々な場所で、首の無い遺体があがってきている。事件は全く進展の色は見せず

2 Baby Killer事件 最初はよくある事件と警察当局は思っていた
この事件は初めは海外で報告されたもので、妊婦だけを執拗に狙って胎児が切り離された事件だだが、一定の間隔があるのか、犯人が捕まらぬまま全国規模にまで拡大。
犯行手口は、乱雑に妊婦を殺害から、撲殺、どれも惨い死に方をしていて、不可解なのは
切り離された胎児達の行方が不明な点。そしてそれが全国規模で起こりだしたという所だ
同一犯なのかは不明

3Lookism殺人事件
最近の若者に流行だした価値感を文字ったのか、はたまた内容が内容だけにそう呼ばれたのか
この事件は、被害者に共通していた事があり、それは皆、整形に関わっていたり、
インスタグラム等でどれも問題を起こしてた人物ばかりが標的にされ殺されている
このことからルッキズム事件と呼ばれる。
別名、ピカソ事件。この事件の被害者の顔がちぐはぐに・・

「お待たせしました。幽さん」
突然声を掛けられてわっと叫んでしまった。記事に夢中になりすぎてたらしい

「こちらの準備はできました。お嬢様の服も目立つので着替えていたんです」

「え?・・お嬢・・さま?」

クレマさんがこそっと小声で、耳打ちをしてくる

「申し訳ありません、あまり公に出来ない事情があるのです。歩きながらお話しても
大丈夫でしょうか?」

「そろそろ一息つけませんか?まずはモネのガーデンへご案内致しましょう」

そういって、キリッとした綺麗な顔立ちに薄い笑みを浮かべる
うわぁ、、様になってる大人の女性って感じ・・綺麗だなぁ


「なにか?」

「あっ、えと、気品があって素敵だなぁっと」

「私がですか?・・そうですか。ありがとうございます。では、参りましょう」

そうして歩き出す。その横にさっきの少女がいる
なるほど確かに、少女はすっきりとした服に着替えている
だが、気になったのは首元の包帯だ あれは一体? それにお嬢様って

そうして歩いていると、急に館内に流れてた音楽が小さくなり、アナウンスが流れ出す
「ご来館頂き、誠にありがとうございます。緊急アナウンスを致します。
閉館時間変更のお知らせです」
俺は腕時計を見やる。あれ?まだ時間には少し早いはずだが?

「昨今、国で指定されたシャドウ病の影響と、犯人が捕まっていない無差別殺人事件を顧みまして、誠に申し訳ありませんが当館は皆様への安全の配慮から、閉館時間を短縮、変更させて頂く事になりました。急な変更、誠に申し訳ありませんがご配慮、皆様のご協力をお願い致します」

アナウンスが響き、来客達は少しだけどよめき出したが、仕方ないといった表情で皆、帰り支度をしだす

「クレマさん、これって」

「はい。私の方で判断して、変更させて頂きました。ですが幽さんにはさっきの騒動の
事情を聴くついでに、お客様が全員帰してから貸し切りのガーデンでお茶にしましょう」

「え?え?え?」 
目が点になる なんか俺容疑者みたくなってる?こんな急に閉店しなくて良くない?

「新館から戻ってきましたね。では、そこのエレベーターからいきましょう
降りたらすぐですから」
そういって狭いエレベーターに乗り込む 

狭いエレベーターで、俺のちょうど目の前に少女の後ろ姿がある
よく見たらこの娘、凄く可愛いな
まだそんな話してるとこ見てないけど、こうして間近で見ると肌も陶器の様に綺麗なのもわかる
髪は染めてるのかな?透き通った銀色だ 
そしてエレベーターは大きく振動してから目的地に止まる

「っ・・」

「大丈夫?」そういって崩れ落ちそうになった少女を受け止める

すると少女の瞳が、下からこちらを見上げる形で俺を見つめる形になる

「あっ、と、ごめんね。転ぶといけないと思って」

そういって支えた腕をどかそうとした時、じっと見つめたままの少女が微かに微笑んだ気がした
天使みたいな可愛さだ

エレベーターから降りるとすぐ隣に植物が巻かれたお洒落なパーテーションがあり、
近くに商品の宣伝POPがカラフルに置いてあった
どうやらここがカフェテラスらしい

「お客さんほとんどもういないから、実質貸し切り状態だ。なんか贅沢な気分」

「ふふ、そうですね。でも、あちらはご覧になりましたか?テラス側に行けば
そこから、水辺の庭園に咲く睡蓮と、モネの壁画が見れますよ」

そういって案内された席からは成る程、凄く綺麗な庭園が見える
奥の方には丸く広いホールの石壁にモネの睡蓮の美しい壁画が描かれている

「お洒落だなぁ。こんなとこで朝から食べるトーストと珈琲のシンプルな食事でも
気分も落ち着いて、贅沢な気持ちになれるかもね」

そういって傍らの少女に頑張って声かけをしてみる
少女は少しびっくりした顔をしながらも、笑みを零す

「あれ?クレマさんは?」
見ると彼女の姿が無い
どこいったんだろう?
キョロキョロと辺りを見回す 


「ここですよ、せっかくの最後のお客様ですし、私直伝お勧めの
美味しい珈琲を入れて差し上げます」

ちょっと離れたカウンターで、作業をしながらクレマさんから返事が返ってくる

「珈琲と一緒に、デザートのモネの水鳥を模したケーキはいかがですか?」


「水鳥?あっ、このメニューにある奴か。凄い、綺麗な蒼いケーキで宝石みたい」


「そういって頂けて嬉しい限りです」

「少し座って待っていて下さい」

そういってクレマさんはカフェの店員みたく
今度は珈琲の専門の機械を操りながら、流れるように準備している

気付くと
少女は邪魔しないように少し遠くの席、ちょうど庭の方へ出て丸いお洒落なテーブルと椅子に
近寄り、座っていた
庭園には睡蓮と白鳥のよく出来たオブジェクトが点在してる
本当にここの美術館は、細部まで飽きさせない位に凝ってるなぁ
ついつい周りをキョロキョロしてしまう

「そんなに珍しいですか?カフェや珈琲にも興味がおありで?」

「あっはい。綺麗なものは好きで。
カフェ巡りする程では無いんですが、甘い珈琲もよく飲むので」

「それに、人生で何度目かの旅行だったんで、目にするものみんな新鮮で、小説のネタに
なります」

「あら?小説をお書きになるんですか?という事は、名のある作家さんでしたか」

「あ、、いえ、まだそこまでは」

「ふふ、別にいいと思います。芸術を志し、嗜む御方を私は否定しません。むしろそんな
方に当館へお越しいただいた事は光栄です」

「あの、クレマさんは、司書員さん?でいいんですっけ?」

「いいえ、それは図書館の方の仕事の呼び名ですね。私はこの美術館全体で美術品を
管理、保存、運営などしている、学芸員という肩書きですね」
「ちなみに時間があるときだけ、私個人でガーデンの珈琲スタッフ兼お土産屋もやっていますよ」

「凄いんですね。ここ、初めて来たけど、凄く勉強になったり、良い刺激になったり
参考になりました」

「美術館の生の迫力ってこんなに凄いんだなって。あはは、俺絵は描けないけど」
そう言った瞬間、クレマさんは、じっと真剣な表情でこちらを見つめてくる
不意に笑みを浮かべて
「幽さん、幽さんは、苦い珈琲はお嫌いですか?」と聴いてきた

「え?いや、苦いブラックとかは、気合い入れる時にたまに飲む位で」

「なら今からする作法と行程を見ていて下さいますか?」
そういって、彼女は、小さめのカップを機械の前に置き、豆を加圧させ抽出していく

「知っていますか?今作っているのはエスプレッソなのですが、これは
1806年、ナポレオンが発令した“大陸封鎖令”によって、さまざまな製品が輸出規制の対象となり、フランスからコーヒー豆を輸入できなくなった時に、苦肉の策で
すぐに作れるようにと、味わい深い少量の珈琲として生まれたんです」

「だからカップも小さめでしょう?」
見ると確かに、小さめだが品の良い白のカップに珈琲が注がれていこうとしている

「へ~初めて知った!凄いなぁ、色んな知識と歴史があって、それが味を深める
調味料みたくなってるみたい」
そういって、早く飲んでみたい欲に珍しく駆られる

「今まで色々見てきましたが、珈琲が苦手な人が多かったんです、飲むとしたら
老紳士や、年配の淑女ですが、それも見かけなくなりましたね」

「私はとかく、純粋な苦みのある本来の珈琲が好きで、色々あって味をいじれる
お菓子や料理、カフェテラスも兼任しました」

「見ていて下さい。このエスプレッソには三種の層があります。
上から、上質な泡の部分のクレマ、中間の数秒の深みとコクを出せるボディ
一番下の芳醇な後味のアロマ」

「たった数秒で消える味わいを凝縮して、砂糖をほんの少し、層を壊さずに回し溶かし
冷めると苦すぎて飲めなくなるので二、三口で飲むのが美味しい基本の飲み方となっています」

「あれ?こっちに冷めたのありますよ?」
そういってその珈琲を少し勝手に味見してしまう

「あっそれは・・遅かったですか。ふふっ、どうですか?冷たくなった珈琲は」

「うぇぇぇ、すんごく苦いです。同じ珈琲のはずじゃ」

「ふふ、本場のエスプレッソは、長く置くととても飲めるものではなくなる渋みになるんですよ」

「うぇぇ、苦い・・でも・・嫌いでは無いです。冷たいのも」

「やせ我慢してません?」

「いやだってかわいそうじゃないですか?時間が経ったからって。同じ珈琲だったんだし」
えっと、目を見開いて、驚いた顔をするクレマさんが、スッと笑ってこう言った

「芸術家はおかしな人が多いとはききますが、初めてです。苦くて商品価値を失った珈琲を褒めてくれた人は」

「そんな~可笑しいのは心外です」
そういってお互いなんだか笑い込む。なんだかクレマさんのレアな笑顔が見えた気がする

「私、これでも味覚障害煩っていたんです。そのせいかわかりませんが、私、珈琲は甘いものは
好きじゃ無く、すごく苦いのが好きなんです。人生と同じように」

「え?それで売店や商品開発とかやってるの大丈夫なんですか?」

「大丈夫です。大人になって、甘さを克服して、努力に努力を積み重ねて
今は色んな商品開発や創作料理提供して、これでもお客様から不動の人気を頂いております」

「うぇ~凄い、味覚障害的な何かを克服してるのに、苦みがそこまで好きなんですね。おみそれしました」 そういって笑い合う

「えぇ、でも」
「あなたなら、この味の良さ(渋み)も、わかってくれそうですね」

「はい、完成しました。お嬢様のところへいきましょうか」
そういって手早くトレンチ(トレーの事らしい)に入れて颯爽と運ぶ
珈琲の良い匂いが横を通り過ぎた瞬間、鼻孔をくすぐる。うん。なんか上質な香ばしい匂いだ

そうして、庭への扉をあけ、少女のところへ向かう
少女は何かを描いていた

見ると画用紙に今描いたのだろうか?
美しい庭園に揺蕩う白鳥と睡蓮
それに

「これ・・俺?」少女はハッとこちらに顔を向ける
ちょっとオーバーにまるで怖がりながら、恥ずかしそうな怒った顔で俺を見る

「お嬢様、遅くなって申し訳ございませんでした。仰せの通り、彼に珈琲と
ケーキの準備が整いました。さぁ、少し落ち着きましょうか」

短時間で、こんなに細かく綺麗に絵が描けるんだな。ただ、俺に似てるようだけどやたら
幼くタッチで描いてくれてるけど、何か意味あったのかなぁ?ま、いいや。
やっぱ今流行の子達は画力凄いんだなぁ。

「勝手に見ちゃってごめんね、凄い綺麗で上手な絵だね。
なんかどこかで見た懐かしい感じするタッチだね」

「・・・・ぅん」
やった!初めてまともに少女の声が聞けた気がする

でも、注意しないと聞こえない位の声量なんだよなぁ。
綺麗なカナリアみたいな声なのに。今だってほんと擦れた声だし

「オホン・・では、気を取り直して」

「では、まず幽さん、さっきの出来事についてですが、お嬢様を助けて下さったと伺いました」
「重ねて感謝致します」

「いえ、大した事は・・それに、あの若い学生達、迷惑行為を楽しんでるようで
大人げなかったかもだけど、つい」

そういって、熱い珈琲を手に取る。鼻孔をくすぐる香りが、普段の珈琲よりも
格段に香ばしい高級感なのがすぐにわかった
一瞬、戸惑いながらも口に入れる温度に身を溶かす
なんだろう、苦いのは苦手なはずなのに、
これは・・

「香ばしくて砂糖もまだ入れてないのに芳醇な味が凄いです」
「しかも、なんか温度に上手く豆の味が溶けてる気がして」

「よかった。流石作家さんなのでしょうか。あなたは珈琲の深い味を理解できる方かもしれないですね」
「珈琲の苦みを真に知る人は、私は好ましく思います」
「そちらのケーキも合わせてご賞味下さい。相乗効果できっと気に入ると思います」


そういって蒼い夜空の彩り装飾したようなケーキを一口食べる
すると口の中に、ほんのりとした甘酸っぱさとついでレモンの爽やかな味が口内を潤す
そこに深く、香ばしい珈琲の苦みが甘みと爽やかさを
ゆっくりと、まるで夏の夜の夢を晴らすかのように、口に溶けて霧散した。

「凄く美味しい。でも」
「なんだろう、どこか、なんかわからないけど、独特な味が入ってる気が」


「よくお気づきになられましたね。趣味で私はお菓子や創作料理を作ったりしています」
「そのケーキにも隠し味は入れています。まぁ、気づける人は意外といないんですが」


「そうなんですか?こんな美味しいのに・・あれ?」

見ると、少女は口を付けていない。
と、いうよりどうやら珈琲セットは俺だけのしか用意されていないようだ
するとクレマさんは襟を正すような姿勢をしてコホンと軽い咳払いをした

「まず、そこからお話しなければいけませんね。ただ、お話しする前にこれから
お伝えする内容は、決して口外されない事を、約束して頂けませんか?」

「え?・・えっと内容によりけりですが、多分大丈夫かと」

「本当ですね?」
重ねて念押しの言葉に気圧されながら訪ねる

「まずは聴いてみないとですけど、口外はしませんよ。それで
一体なんの話しをしたいんですか?」

「それに、その子の事ずっとお嬢様っていうのは一体?」

「はい。この方はここの美術館のオーナーazariグループの一人娘の愛理様です。幽さんは
azariグループはご存じですか?」

「えぇ、一応、ここの案内にも載ってるし、azariグループは数年前に立ち上がってから瞬く間に急成長して今や日本のほぼ全ての企業に顔がきく企業ですよね?」

「えぇ。そのオーナーのazari様は若くして莫大な富を築き、社長業も兼任されており、
事実上、オーナーが成し得た偉業は今は留まるところを知らない大企業にまでなりました」

「そんな中、azari様の次なる事業は、芸術方面の活性化へ着手して、今回、田舎の美術館でしか
なかった自身の思い出の土地に、自分の着想を仕込んだ、新たな芸術のテーマパークを展開しようと工事を進めております」

「azari様に関しての情報は秘匿性が高く出回っておりませんが、芸術に高い関心を示されこの美術館にもazari様の創作なされた絵画まで飾られている程です」

「なんでも今度の美術館は歴史を変えるほどの芸術祭と言われる程の、国から委託を受けた大型事業になるそうなのです」

「そして私は、「重要文化財の管理人」としての腕を買われ、雇用されました」

なんだろう、なんか俺凄く場違いな存在なんじゃないだろうか・・お嬢様って

「幽さんとお嬢様に絡んでいた輩も、警備の方に依頼しております。
まぁ、それはいいとして・・」
そこでクレマさんは口ごもる

「どうしました?」

「・・・・・・」
長く微妙な沈黙
何やらどう話していいかわからない。そんな様子に見えた

「幽さんは、「シャドウ病」について、どこまで知っておられますか?」
急な質問だ

ーシャドウ病?-

「シャドウ病・・あれって本当にあったんですね。ずっと前に何かのワイドショーか
なにかで何度か騒がれてたのは覚えてるような気がします」

「てっきりそれ以後、何も情報はなかったので伝染病の類い程度でしかわかってないです」

「後は、さっき売店で見た「変死事件の中にシャドウ病も含まれていた」位ですかね?」

「・・そうなんです。シャドウ病は数年前に本当に起こっていた実在する病気です」
「ただ、特殊な病とは呼ばれていますが、内容は情報規制が施され、被害報告も細かには報道されておりません」


「報道規制までされてたんですか?それは初耳でしたけど、そんなに猛威を振るう程でしたっけ?てっきりただの風邪か何かかと」

「いいえ、それは違います。風邪でもない、もっと深刻なものなんです。なんていったらいいのか」

「?」

「でもそれならwarTubeとかの動画配信者とかにすぐ晒されて情報出回りませんか?」

「いいえ、多分ですが、それと同時に異常犯罪も多発しましたし、そっちにどちらかというと
関心は引きつけられたのでしょう」

クレマさんは悲痛な面持ちで話を続ける

「幽さんが知らないだけなんです。実際の情報では、一つの県がシャドウ病で封鎖
されたと聴きます」

「まっさかー」
突発的に俺は言い放ってしまう。そこまでは無理だと思う。
そこまであれば、報道でごまかしきれる訳ない

「そういいたいのも無理はありません。ですが実際はそうなのです。かつてK病が全国拡大
した時を思い出して下さい。あの時も情報規制やFakeNews等が溢れていたでしょう?」

「人間の大衆心理はケースによっては、意外と操りやすいものなのでしょうね」

「それは・・」俺も正直感じてはいた。でもだからって

「じゃぁ、そのシャドウ病で一つの県が封鎖されてたとして、何故情報が漏れないんですか?
それ位あったら誰かが暴露したり、経済流通とか停止して発覚とかありそうですけど」

「・・先ほど幽さんは、お嬢様にこう言いましたよね。何故彼女の分が無いのかと」

「え?」
何故か急に背中に悪寒を感じた

「口外しないとの約束と、もはや幽さんにとっても他人事ではなくなりました。
無論、私も同じ条件です」

「お嬢様・・失礼します」
そういってクレマさんは傍らの少女の首元の包帯を、ゆっくりと取る

ーシュルシュル ハラッー
包帯の解ける音が響く 俺は目を見開いて絶句した

「こ、、これは!?」


真っ黒だった

ただドス黒く真っ黒な染みが、少女の首を不気味に染め上げていた
まるで底の知れぬブラックホールの様に痛々しくもおぞましい穴が空いていた

「愛理お嬢様は、既にシャドウ病を発病していたからです」

「あ、、じゃぁ」

「そうです。もぅずっと声も上手く出せず、症状は進行し、何も食べれなくなる
ところまでシャドウ病は進行しました」

「そ、そんな重病なら隔離が基本されるんじゃないですか?」
悪いとは思ったが、聴いてみた

「そうなんです。とある事情も相まって、厳重な管理体制でお部屋へ隔離されてたはずなのですが
貴方が見つけてしまったので」

「私達もそんな事はないと思っていたら、どうやら騒ぎの中にお嬢様によく似た少女がいると
聴いて幽さん達と遭遇しましたので、こちらも驚いています」

「それで、シャドウ病の感染についても、未だどういう経緯で他者に感染するのかも
わからず仕舞い」

「このまま進行すれば、まるで影絵のようになり、何も話せず、見えず、人の影のようになり
仮死状態になり、それはほぼ、脳死と近い様に、死んでしまうのと同義になると聴いています」

「考えた末、緊急に放送を流して今、他の来館者も帰り際のチェックを受けてからとりあえず帰宅して貰いました。ただその、幽さん本人と、絡んでいて怪我をした可能性のある男達は」

「濃厚接触者・・みたいな扱いって事で事情聴取、言ってしまえば」

「はい・・そうなります」

言わずとも暗黙の了解になる
そりゃそうか、今着手した大型事業だ。お金もかなりかかっているはず
シャドウ病の感染を会社側で出した。そうなれば事業そのものが失敗する恐れがあるからこそ
口裏を合わせて欲しいと言う事なのだろう

「わかりました。別に俺は口外は絶対しませんよ。病気は確かに皆怖いですけど、
騒いでも何にもならないでしょうし、いけない事かもだけど秘密って事で」

「あぁ!本当ですか?こんなにご迷惑ばかりおかけしているのに、そんな親切に・・
感謝しかありません」

「いえ、こちらこそ美味しいブラックの魅力を教えて貰えたし、お互い様なんで」
「それに・・」
何故少女はそもそも危険な一人行動をしたのだろうか、
そう問いかけようと、いいかけた時だった


ーザザッー
ーこちら警備A班、緊急事態発生、応答願います!ー


「・・っ失礼」

そういってクレマさんは席を経ち、耳元のイヤフォンを操作する



「こちらクレマです!どうしましたか?」



「申し訳ありません!頼まれていた少年数名を確保して聴取していた所、隙を突かれて
逃走されまして」



「追跡していたのですが、、その、おかしなことに消えたんです目の前で!」



「?」



「何をおっしゃってるのかよくわかりません。消えたとは?少年らがですか?」



「違うンです・違ぅ違うチガウきえたキエテキエタキエタスケテ」



「もしもし?落ち着いて!何があったというんですか!?あなたは今どこに」


「キエタキエタキエタのはダレ?キエタコロシタのはオマエ×ダレ△オレノカオガゾウキガシタがゴゾ×ロ○プ△ガガガ落ちてキエテ」


それは聞き取れないナニカに変わり、歪な金属音とついで骨を、肉をミンチにする
ような気色悪い音と悲鳴が広がる



「もしもし!!他に誰か近くにいないの!何があったのですか!もしもし」



「オレハダレデオマエハシンデダレダヤメロタスケテイタイチギラナイデヤメテタスケテオワッテ
マッタミンナシヌ」



「ちょっと!いい加減に!」そうクレマさんが耐えきれず怒鳴った時には不気味な唸り声と共に
通信がブツリと乱暴に切れた


「なっ、冗談にしては度が過ぎて・・申し訳ありません二人はここにいて下さい
私はちょっと管制室と警備室を見てきます!」

そういってクレマさんは脱兎の如く走り出そうとしてしまう


「あ、ちょっと待っ・・」言い終える瞬間だった

どこかで割れる冷たく尖った鋭利な音 
無機質に盛大な音でいて、相反する程酷くどこか不気味で空虚な音


音が響き渡った瞬間、クレマさんはキッと唇を噛み締めていた
そう、きっと彼女も怖いんだ
ならば


「あの、クレマさん。よかったら一緒に行動しませんか?何あったかわからないけど
異常事態なのなら途中までならついていきますよ」


「どうせここで二人居ても、手持ち無沙汰になっちゃうので」


そう提案すると、いつの間に近くに来ていたのか少女もコクンと合図を送る
クレマさんはそれを見て暫く考え込んでから


「はい。正直怖くないというのも嘘で不安があります、そうですね、又バラバラでいて
何か起こるよりは三人で行動しましょうか」


そういって三人で固まり歩き出す
さっきまでのほんわか話してた時間とはうってかわり、酷く静か過ぎる沈黙が館内を支配している
なんだか急に心なしか明かりもほの暗い気がしてくる


「あら?」
エレベータの所でクレマさんは立ち止まる

「おかしいですね。さっきまで電源が入っていたのに、応答が・・」

「ん?確かに変ですよね?ブレーカーでも落ちたのなら館内全体の明かりも落ちて良いのに」

「いいえ、一応予備電源が付く設計なのでいいのですが、なぜ予備電源が動いてるのに
エレベーターだけが使えないんでしょう?」

「まさか誰かがエレベータ使って閉じ込められてるとか?」

「まさかそんなはずは・・あっ」

「あ、上から降下ランプが」

「誰か降りて来るんですかね?よかったぁ」
そうして、なんのきなしに扉から少し離れて扉が開くのを待つ

ポン

「一時的な故障だったのですか?いえ、でも、予備電源で動いているならパネルが点灯するはずで今は」
クレマさんが言いかけながらも、淡々とエレベータのランプが点滅し、扉が

ーユラッー



ーグチャァァァァー


「え?」


急に明滅するランプの明滅の中、ナニカが倒れ込んできた
瞬間、青い警備服を反射的に支えようと腕を伸ばした瞬間全身に叩き付けられたのは
生々しい真っ赤な血飛沫と、ブヨブヨ蠢く肉片だった

「ヒッ」クレマさんの声だろうか?こういう時人は意外と絶叫しないもんなのかな?
いや、唐突過ぎて現実感が湧かないだけなんだろう
だけど、酷く息苦しく咳き込んだ音が、俺を現実へと引き戻した

「な、い、今のは一体、今倒れたのはなんですか?」

「幽さん、大丈夫ですか、あ、ええと」
少し言いよどみながらついでクレマさんは屈んで倒れた制服に声をかけた

「あの、もしもし、大丈夫ですか?どこか怪我でもされ・・ヒッ」


ソコにあったのは、血に濡れて蠢くツタだった ツタとは言ってみたがまるでそれは人間の血管だけになったらこうなるのかというような血管の肉塊だったと思う

びくんびくんと、まるでさっきまで生きていましたと言わんばかりの生命力溢れる脈動を晒している 
その下に、どす黒い血の跡がドクドクと広がる

「こ、これ、い、一体なんですか?なにかのドッキリじゃないですよね?」
なんとか口に出せた言葉はそれだった

声をかける姿も端から見たら奇妙だったろう もはやそれは人間のソレではなかったのだから
だが、明らかに人間だったものがバケモノになったかのような異様な状態に三人とも固まるしかなかった

「これ、なんなんですかね?ドッキリでもなかったのなら、なんでこんなのが上から降りて
来たんでしょう?」

「触れるのは控えておきます。なんだかわからないことだらけで頭が私でも追い付きませんが
ただ・・」
クレマさんはかぶりをふる

「ただ?」

「この蠢く血管の群れは、なんか不気味でまるで みたいな印象と、あぁ、わけがわからない」

「クレマさん!?」

クレマさんはフラッと今にも崩れ落ちそうになるが、気丈に顔の前に手を突き出して静止する
何の印象なのかまでは聞きそびれたがそれどこでもないか

「幽さんこそ大丈夫ですか?全身や顔に血が・・」

「いえ、大丈夫です。まぁ大丈夫じゃ無いですが、早めにシャワーでも浴びたいですね」

「どこか幽さんは怪我は?」

「してないです」
そう言った瞬間、クレマさんは凄く安堵した表情になりながらハンカチを渡してきた

「よかったらこれで顔を」

「あ、すいません。ありがとうございます」
「それでさっき言いかけてましたが、何がわかったんですか?」

「これを見て頂けますか」
そういって、俺の顔を拭いたハンカチで、床に倒れた「管の物体」のぐじゃぐじゃになった
服を裏返す

「うっ!」
そこには半ば溶けかかっていたが、恐らく胸元に付けていたであろう社員証なのが
かろうじてわかった

「さっき無線で話した社員ではありませんでした。ただ、この管がなんであるかは不明ですが
服は社員の物です。一体、何が起きたんでしょう」

「今の時点じゃ断定しようもないと思います。誰かに襲われてもこうはならないし
ドッキリ位しか疑いようが」

「ん・・」
そうしてクレマさんは細い睫毛を震わせながら何かを考え込む

「幽さん、これからは別行動を取りませんか?お客様を危険に晒す真似は私には出来ません」

「私は現場管理者の責任として、様子を見に行ってきます。お二人は階段から下に降りて
玄関から外へ出て下さい。非常時ですので、多少強引にして出ても構いません」


「そんな!あの子もいるのに、俺に任せてもどうしたらいいか。それにクレマさんも危険です」


「ご心配ありがとうございます。でも、この美術館を今守る責任を預かってるのは私なんです
ここで責任を放棄して、無職にもなりたくありませんし。それに」

「それに?」

「ここは、私の唯一の守りたい職場であり居場所なんです」

真剣な眼差しで暫し見つめ合った
うぅ、美人な女性からの視線は慣れないのと、ちょっと怖いのもあって目を逸らしてしまう

「ふふっ、幽さんは、女性の扱いが苦手なんでしょうかね。戻って来たら、私がレクチャーして
差し上げましょう。これは約束です」
そう言って、綺麗で細長い陶器のような人差し指をピンと立て、小悪魔な笑みでお姉さんチックにクレマさんは笑った そう言われちゃずるいよ・・。

「わかりました。じゃぁ、俺があの子を守りながら下を目指します。ただ」

「ただ?」

「このエレベーターは使わないで、向こうの階段かエスカレーターからお互い別行動しましょう」
「さっきの人?が降りて来たのなら、上で何かあった事は間違いないはず。と云う事は上に誰かいて、逃げてきた?とか兎に角何かあったはずなのであれば、上は危険なはずです」

「なるほど、確かあの時の少年達も捕まえられていなかったですよね。そうでした。不用心に動くより、迂回して遠回りして、事務管制室を目指します。幽さんの機転に感謝です」


「クレマさんも、確認したらひとまずまずは俺か誰かと合流して下さいね」


「そうします。実はさっきから無線で他の残っているはずの職員や警備員に通信を試みてるのですが、無線に何かノイズが入ってどこにも繋がらないんです」

「管理室からなら非常用緊急スイッチを入れたら、外から誰かが駆けつけて来てくれるはずですから、それを果たすまでが勝負ですね・・ふふっ」


「く、クレマさん?楽しんでます?怖くないんですか?」


「え?今私笑いました?そんなはずは・・まぁいいです。すぐ行動しましょう。ちょっとぐるっと迂回します。なるべく管理室へ行きやすい方から行くようにします」

「それではお嬢様、幽さん。行きましょうか」
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