第3話 孤独の声

文字数 8,376文字

沈黙したまま、黙って数十分は歩いているだろうか
おかしい クレマさんに扇動され、さっきからずっと歩き続けている
上下に降りるエスカエーターは、回り道してもそう遠くはなかったはずだ
なのにずっと繰り返し同じ通路に行き着いてループしている気がする

最初は軽くクレマさんと雑談をしながらエスカレーターを目指した
今だって遠くにエスカレーターがあるのは見えているのだ
なのにずっと歩いてもそこへ辿り着くことは無い
まるで自分たちこそ見えないエスカレーターにでも乗せられて馬鹿にされている気分


「こ、こんな非科学的なこと、起きているはずありません」
最初にクレマさんは言って、走り出す


走ってるのだ


確かに


なのに狸に化かされたかの様にクレマさんと俺らの距離だって開きはしてるのに
一向にクレマさんはエスカレーターに辿り着くことが無い


「クレマさん、これって」
諦めたかのように俺は口を開く


「何が起きているかわからないけど、心霊現象にでも巻き込まれたとかありませんか?」
言いながら少し気恥ずかしくなる。そりゃそうだろう


これは現実だ。心霊現象にいきなり巻き込まれるなんてある訳が無いのだ

それが「普通」なのだ。
なのに今自分たちの前にはこうして言い表わせない事象が起き
現実感のない孤独が支配している

あれから手段を変えて、回り道や別な部屋に入ったりもしてみた
だが、特に他の部屋は変わり映え無いか、
回り道しても何故か気付くと同じ道に戻ってきてしまう
唯一引き返した時だけは、迂回した角に戻ってこれる 
問題は曲がった先からのエスカレーターまでだ

さしもに何度もぐるぐる回り続けたせいでクレマさんも狼狽し、足を止めてしまう
後ろにいた少女は、ただ黙って立ちすくむが、疲れが見え隠れしている事がわかった
どうしようか?

俺は廊下を見渡す。そして思いついた事があり、クレマさんに言った


「試してみたいことがいくつかあるんです」


「試してみたいこと?幽さん、何か思いついたのですか?」


「えぇ、受け入れがたいとは思うけど、ふと歩いてて違和感がしてたんです」


「違和感?」


「歩き始めて角を曲がってエスカレータの道に向かう、途中辺りから、なんとなく変な違和感
例えるなら騙し絵の世界にでもいる様な気分。クレマさんも今はそう感じませんか?」


「騙し絵?ですか。・・ハァ、よくはわかりかねますが、確かにそう言われてみればそうかもしれませんね。でも、それがわかったとして、どうしたら」


「とりあえず手伝って下さいませんか?」

「まず、一旦来た道を戻ってみましょう。クレマさん達二人、先へ歩いて俺と
距離をとって見て下さい。」


「距離?なら先に私が先に少し行きますね。お嬢様は少し遅れて歩いて下さい」
少女はコクッと頷いてから指示通り歩き三人の距離が少しだけあいた


俺は次に荷物の中からノートを取り出してページを破りくしゃくしゃに丸め硬く握りそれを
三人分にしてあらかじめ渡しておく
それを思い切り各自できるだけまっすぐ遠くへ投げて貰う


「幽さん、これで一体何がわかるんですか?」
二人が戻ってくる

投げた紙は音は確かにしたと思う。
だけどクレマさんや少女が投げた紙だけはどこかに消えてしまったらしい


「クレマさん?投げたとき、気付いたことありませんでしたか?」


「い、いいえ。何も。投げて落ちた音は聞こえましたが紙自体はどこかに消えてしまって」
やっぱりそうか 音だけは聞こえたんだ


俺は持っていたリーフレットの地図と壁の電子掲示板を見比べる
「もしかしたら、あそこにはエスカレーターが無いんじゃないですか?」


「そ、そんな馬鹿な!私は館内の地図は全て頭にたたき込んであります
間違える訳もないですしそれに目の前にエスカレータも見えているじゃないですか」


「怪奇現象にでも道を阻まれてるといったらいいのかな」


「え?」


「さっき俺からの距離から投げた紙球は音がしました。愛理ちゃんの傍で音がしました」


「俺はちょっと力を調節してギリギリちょうど、愛理ちゃんがいる丁度エスカレータまで
一直線に見える位置に投げました。そしてそこに紙は落ちている」


「?」


「だけど、愛理ちゃんとクレマさんが投げた紙は音だけはして、物体の紙は消えてしまう
って事は、エスカレータが丁度見えるこの位置の通路からは、本当の道じゃない」


「つまり、何が言いたいんですか?」


「いや、それを言われたら元も子もないけど、つまりここの先からは騙し絵みたいな
別空間になってるんじゃないかと」


「正確には言えないけど例えば、この空間はホログラムの仮想現実のようなもので、
自分たちが見ているものは実際にはないのかもしれません」


「誰が何の為に、そんな事が出来るというんですか?」


「わかりません。そもそもはおかしな事ばかり起きている訳ですし」

「それになんか美術館にいる訳だし、昔トリックアート展みたいなの騒がれてたじゃないですか」



「ハァ、幽さん。もっとしっかり現実的な確証があってから口に出した方が良いと思いますよ」


「うっ」


「それで、この後は何が変わるんでしょう?確かに音は聞こえた気はしますが、それで?」


「ん-」ちょっとだけそこで考え込む


「「音」・・ですね。今のところの手がかりは」


「ハァ・・」
少しクレマさんは溜め息を吐く


「確かにここは全ての絵画や美術を集めた崇高な美術館とは自負していますが、そんな非科学的
な事が何度も何度も起こる・・」


そこまで言ってクレマさんは自嘲気味なやるせない顔になる


「起こって、いるのですよね・・現実に。認めたくは無いですが」


「とりあえず何度か繰り返し歩いてみませんか?歩くがてら、何か気づけるかもしれませんし」


「お嬢様、怖くはありませんか?」


見ると愛理ちゃんはノートにお絵かきをしてたのか、声をかけられたらビクッと身体を震わせて
臆病そうな顔でコクンとだけ頷いていた


「愛理ちゃん、今何描いたの?」そう問う前に、恥ずかしそうにそのページを丸めて
廊下へ投げ捨ててしまった。
相変わらず、音だけが響き瞬く間に紙は俺らの手の中から消えてしまう


「仕方ない。とりあえず、エスカレーターを目指し続けて歩いてみましょう」
そういって三人は又歩き出す。


一回


二回


三回


四回


五回


六回
クレマさんは気丈でいるが、場の雰囲気は繰り返しの行動に、密かな重圧をかけてくる


七回


八回


九回


十回


・・・・


「幽さん」


「はい?」


「一旦休んで別な方法を試しませんか?何度やっても駄目でしたし、どこを見ても騙し絵の
ような違いすら見つけられる感じがしませんし」


「そう、、ですよね。すいません。なんか変な事付き合わせちゃって」


「お嬢様の体も心配です。あまり負担はかけられないですし」


「ですよね」
そういって、あちゃーと思いながら失敗を悔やむ
毅然とリードしていこうとして、失敗しただけ。疲れと気恥ずかしさでその場にしゃがみ込む



「・・・・・」

「・・・・ぇ?」




「ゆ、幽さん。大変です」
クレマさん達が顔面蒼白な様子で駆けてくる


「ど、どうしました?」


「そ、それが、今度は後ろにも戻れなくなったんです?」


「え?」


「それに!・・それに!?」クレマさんが酷く動揺している 
きっと怖いんだ。そう思っていると
「お嬢様が消えたんです!」


「えっ?」 

聞いた瞬間はまさかと思ったが、確かに後ろには誰の姿も無い
試しに大声で彼女の名を何度も叫び呼ぶが、返ってきたのは不気味で無機質な静寂ばかりだった

「そんな!いつはぐれたんですか?この一本道で」


「知りません!私はただ普通に来た道を引き返したんです、そしたら・・」

「少し離れた位置からお嬢様が手を振って、すぐ横の椅子に座ろうとして」
クレマさんはそこからしどろもどろになる


「急に消えたんです!」


「消えた・・・」
その言葉を飲み込むには時間がかかった 
だが


「消えただけなんですよね?それ以外に気付いたことは?」


「うぅ・・」何故かクレマさんは震えてる


「どうしました?怖いのも不安なのもわかります。まず落ち着き」


「お嬢様の首が!」

「・・・っ!」クレマさんが膝から崩れ落ちる


「首?」
ゆっくり、なだめる様にクレマさんへ続きを促す


「変なピエロの男に、首を刎ねられて、き、消え、消えて」


「・・・クレマさん。まずは落ち着きましょう。状況だけでも整理しましょう」
「それは本当に愛理ちゃんが誰かに首を刎ねられたんですか?」


「だって・・だって!」


「すいません。思い出すのも怖いでしょうが、でも、それだとおかしな事になるんです」
「愛理ちゃんの遺体や首はどこにいったというんですか?」


「はっ!・・あぁぁ」
そういった瞬間、クレマさんは嗚咽する
ひとしきりその空間には暫くクレマさんの咽び泣く声が聞こえた


「今ずっと遠くにあるのか、後ろを見ても誰の姿も見かけません。心霊現象なのかよくわからない空間なら、見間違いかもしれないですし」


「せめてこっちの騙し絵的な通路で起こったならともかく、不思議な通路に入る前の空間で起こったのなら、血の跡があってもいいはずです。きっと又何かの見間違いだと俺は思います」


「でも、でも、ずっと出れないんですよ!お嬢様の身に何かあったら私・・」


「すいません。役に立ててなくて、ただ、ちょっとだけ「変化」は見つける事が出来たかもしれません」


「変化?」


「えぇ、まぁこれも俺だけの気のせいって言われたらなんですけど」


「すみません。取り乱しました」そういってクレマさんは身を正す

「続きをどうぞ」


「えっと、さっき何度も歩いてた時、一瞬エスカレータの近くに出た気がほんの一瞬だけ
したんです。それと、さっき立ち止まってる時も聞こえたんです」


「聞こえた?一体誰の声がですか?私達は何も聞いてなかったと思いますが」


「わかりません。俺だけに聞こえたのか」


「声?どんな声ですか?」


「よくわからないんですが・・・何か囁くような声でした。」


「囁く声・・・それは何を言ってたんでしょう?」


「それが・・・」 俺は言葉に詰まった。


「それが・・・何だったんですか?」 クレマさんが迫る。


「それが・・・俺には聞こえなかったんです。」


「聞こえなかった?」


「はい、聞こえなかったんです。でも、何故かその声が俺に必死に話しかけているような気がしたんです。」


「話しかけている?」


「はい、話しかけているんです。でも、何を言っているのかわからなかったんです。」


「それは・・・不思議ですね。」


「そうですね。でも、もしかしたら、その声がこのループする空間の謎を解く鍵なのかもしれません。」


「そうですね。でも、幽さんはどうやってその声を聞き取れたんですか?」


「それは・・・俺にもわかりません。でも、もう一度エスカレーターの方に行ってみませんか?もしかしたら、その声がまた聞こえるかもしれません。」

「でも、お嬢様は」

「戻れるなら戻れてるはずです。でも、何故かもう戻れなくもなっている」
「ならこのまま進んで、突破口を探すしかないと思うんです」
少し考え込んだが、クレマさんもどうやら納得してくれたようだ


「わかりました。その「違い」を見つけ続ければ何かこの変な空間を抜け出す事ができるかもしれませんものね。なら、泣く暇を探すよりは、幽さんのその声を頼りにして進みましょう」

「ありがとうございます」そういって、また前進する

そうして又俺達はエスカレーターの方に直進し続ける
しかし、やはり気付けば何度も同じ通路に行き着いてしまう
エスカレーターはいつまでも遠くに見えるだけで、近づくことができなかった。

俺達は何度もループしていることに気づいていたが、諦めることもできないまま、
俺だけに聞こえたその声を聞くことができれば、何か変わるかもしれないという希望を持って
歩き続けた。

「幽さん、もう少しです。頑張ってください。」 クレマさんが励ましてくれた。

「はい、ありがとうございます。」 俺は足の痛みに耐えながら応える。

俺達は又黙って長い間繰り返し歩き続けた。
どこかで感覚が麻痺していくのがわかる


あぁ、疲れたな


そう思った時だった
突然、俺の耳にまたあの声が響いた


「・・・ここから出られない・・・」
ビクッと俺の身体が震える

「どうしましたか?もしかして、聞こえたんですか?」
クレマさんが隣から声をかけてくる


「あの・・・声が聞こえました」


「声?どんな声ですか?」


「囁くような声でした。」

「何を言っていましたか?」


「ここから出られないと言っていました。」


「ここから出られない・・・それはどういう意味ですか?」


「わかりません。でも、その声は俺達に向けて言っているような気がします」

「ん?俺達?」妙にひっかかった

そうか

「声」の主が誰かはわからないけど
その声は「俺だけ」に聞こえている
ならば


「クレマさん!」


「は、はいっ!」クレマさんが驚く


「どうしたんですか?何かわかったんですか?」


「すみませんクレマさん、クレマさんは今スマホ持ってますよね?仕事柄」


「え?えぇはい。それがどうかしましたか?」
そういって赤いケースの装飾がされたスマホを少しだけ見える様に取り出す


「ちょっと待ってて」
そういって俺は自分のスマホを取り出し、適当な番号にかける


ーブツリーと繋がりもしないまま音は切れる


なら、110番で警察へ緊急のボタンでかける。が、これも一瞬繋がった気配がしたがすぐ切れてその後何度やっても繋がらない。


気を取り直し、次はネットを検索するもこれも駄目で
何故か怪奇事件の記事ばかりがネットに繋がるだけだった
今はこんなもの見てる場合じゃないし、クレマさんに伝えても怖がらすだけだ。

なら最後に


「クレマさん、ツイン持ってませんか?あったらメールでもいいので交換したいんです」


「え?・・・あの、この状況下で女性に失礼ですよ?破廉恥だとは思いませんか?それに業務用のスマホですし、私的利用は」

「緊急事態です。さっき調べたけど、ネットはほぼ使えず、通話もアウト。でも何故か変な記事見るのは使えてて」
「ならワンチャン、メールかTwinならやりとり出来るかもって思って」


「そ、そんな馬鹿な・・・嘘言わないで下さい。試しに他へ送ってみましたが出来ませんよ?」


「あれ・・なんでだろ?くそっ良い案だと思ったのに」


「何故そんなに私とその、Twinをやりたいんですか?」
怪訝そうな顔で見られる 
あわわ、あらぬ誤解を


「いや、違くて、さっき声がしたっていいましたよね。ここから出られないって」


「えぇそれで、どういう意味なのかという話しになりましたね」


「もしかして、なんですけど、「この声が俺にしか聞こえない」のであれば」



「・・・あっ」
小さくまさかとクレマさんは声を上げる



「何故かはわからないし正直怖過ぎるけど」
そう前置きしてクレマさんに伝える


「「ここから出られない」のは「俺」なのであって、クレマさん達は出られるんじゃないですか?」


「まさか、そんなはずは」


「さっき愛理ちゃんが襲われた時に、クレマさん、愛理ちゃんの方へ行ってみましたか?」


「あっ、えぇとそれは」


「も、申し訳ありません。正直、時間が経ってから恐る恐る、引き返そうとはしたと思います。
で、でも、その時は引き返せなかったからそれで慌てて」


「怖くなって、途中ですぐ俺の方へ知らせにきた」


「は、はい。よく覚えてないのかもしれません。慌てていたかもです」


「・・なら、クレマさんだけ一度引き返してみてくれませんか?そして元の場所に着いたら
大声で呼んでみてくれませんか?」


「あ、でも、そうしたら幽さんだけここにひとりきりに」


「いや、これもいきあたりばったりの仮説です。失敗するかもだし」


「でも。もし何かあれば、携帯も使えない状態ですし一緒に」


「いえ、多分無理な気がするんです。声が聞こえた辺りから嫌な予感ばかりしてて」


「多分俺はここにいなくちゃいけない気がするんです」


「そんな!こんなおかしな場所に一人いたら危険じゃないですか」


「でも、俺は多分出れずに、あの子もどうなったのかもわからない。ただ時間を無駄にするなら、別行動した方が少なくとも効率は良いと思うんです」


「・・・」
わかりました、と酷く落ち込んだ声で彼女は言う


「引き返せたら、必ず呼びかけます。管理室にさえいけば何とか緊急装置で外部と連絡や
非常時のマニュアルも働くはずです」


「非常時のマニュアル?でももう発動されてたらいいんだけどね大会社なら」
「とにかくクレマさんもきおつけて。後こんなんでも頼りになるかわからないけど」

そういって、丸いキーホルダ付きの卵の玩具をクレマさんに手渡す


「こ、これは?なにか動いてますね?」


「知らない?大人気の弄られキャラのべそかわ。これ、お世話して遊ぶんだけど
使えるかわからないけど面白い機能あるんだ」
そういってやり方をざっくりと教える。クレマさんは意外と目をまん丸にして聞き込んでいた


「うん。これでOK。二つあるからさ、これで連絡とれるね。まぁ短文だけ送り合うメッセージ
のチャちぃ玩具の機能だけど。使えるか試したらまさか送れるとは思わなかった」

「さすが日本の職人の技術だね、で、俺の奴をクレマさんに渡すね。省エネにしたし、ちょっと厄介なのは大分時間経ってくれないとメッセージ送っても開封出来ないんだよね」


「す、凄いんですね。わっなんかシロクマさんですか?動いてる・・可愛い」


「クスッ」


「な、なんですかこんな時に、わ、私何か可笑しかったですか?」


「可愛いとこあるんだなって。女性だから当然なんだけど」


「可愛い?この卵の機械の子ですか?」


「いや、クレマさんだよ。凄くハキハキしてて見た目クールなスーツのお姉さんだから
ギャップが・・」


「ギャップ?変な事をいいますね?可愛いとは聞き慣れない言葉です」
まるでクレマさんは言葉を覚えたての赤ちゃんみたいな顔になる


「あはは、忘れて。とにかくもし、元居た場所に出れて、呼びかけても何も応答無さ過ぎたら」
そこで俺は言葉を切る


「俺を見捨てて、助けを呼ぶ事に専念して」


「幽さん・・」


「後、クレマさんこそ、自分の事大事にしてあげてね。心配するからさ?」


「心配?誰がですか?」


「愛理ちゃんもだろうし、俺がさ。それにこの美術館が「居場所」なら、無事でいなきゃ
管理人として失格でしょ?」


「それは・・」


「わかりました。本当は私だけ先に行く事こそ恥なのですが、仕方在りません。言うとおりにして、何かあったらこのべそかわ?のメールも送ってみますね」


「でも、何故二つあるんですか?そっちは青い猫ちゃんですし」


「妹のなんだ」


「え?妹、、さんですか?今回は一緒には旅には来なかったんですか?」


「うーん・・あはは。そうしてあげたかったんだけどね。もぅ、連れて来る事も出来なくなって」


「それは・・。すいません。何か気に障る事を聞いてしまいましたね」


「いえ、いいんです。当ても無かった旅でしたから」


「さ、クレマさん、長話しはここまでに。健闘と無事を祈ってます」


「・・すみません。お言葉に甘えて、行って来ます。又、必ず会いましょうね」


「はい。心遣いありがとうございます。きおつけて」


クレマさんはいつもの冷静なクールビューティーに戻る
さっきまでの柔和な顔からは程遠く、気合いを入れ直した分、やや怖ぁい顔だ


「いってきます。幽さん。どうかご無事で」
そういって暫く俺はクレマさんを見送る
これで、クレマさんも出られなかったら、今度こそ会わす顔も無いな



なんだか、さっきまで長くお喋りをしたせいだろうか、変に気が抜けていた
だけど、暫く待ってみてから、自分の考えが正解だった事に気付く
ついで、ちょっとだけ胸がざわつくのを感じ、胸を手で押さえ込んだ瞬間冷や汗がした
さっきまで誰かと一緒に居たせいか
だけど今はもう誰もいないし、どうやらクレマさんは無事に抜けたようだ


はぁ~と深く息を吐く
そうしないと急に襲い来る無音の静寂に耐えられなくなるからだ
あぁは言ったものの実際は心底怖いのもある


クレマさんが言ってた少女を襲ったピエロと消えた少女
俺にしか聞こえない不気味な声
エレベータの不気味な死体?に連絡が途絶えた警備員
それに、何より、この出られなくなった通路
俺はこれから一生ここから出られなくなってしまったのだろうか


仕方ない。ずっとこうしてる訳にもいかない
俺は俺にしか出来ない行動をし続けるしか今は無い
そういって又、前方のエスカレーターに向かって歩き出す



「・・す・・・っ」



「ん?」


まただ。今度は何故かひどく不安定な声が鼓膜に張り付く様に聞こえてきた
くそっ一体どうしたいんだと内心恐怖から毒付いた




「た・・・・け・・って」


「これって・・」


嘘だろと本気で毒付きたくなる。




「たすけて」



頭の中に響く声は、まるでこの世の悲しみを全て詰めた様なひどく冷たい声だった



ずっと聴いてると、なんだか頭痛がして、グチャグチャに潰される様な感覚に襲われる


よろめきながらグニャグニャ歪む視界の隅で、誰かが薄気味悪く笑った気がした
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