第8話 星月夜

文字数 4,172文字

わぁっ!
私は天幕を開けた先の光景に目を輝かせた
少し広々とした空間の部屋でステンドグラスのひまわりのランプに照らされながら
天井はゴッホの生前描いた「星月夜」の様な星空で
中央には暖かな、なんていうんだろう?

「気になるかい?時代というものがこんなに進歩したのを知れたときは私も思うことはあったのだがね。中央に照らされているのはホログラムで作られたデジタルアートと言うらしい」
「まぁ、私が描けるモノは限られているがね」

「暖かいだろう。私はひまわりが好きなんだ。陽気な花のようで、本当は悲しみを
沢山閉じ込めたような、懐かしい花、そう、キミのようにね」

中央にはひまわりが描かれ 天井から星の光が照らし、床は様々な色が
グラデーションを写し込んでいる
私はこんな色も映像も見たことが無くて感動した

「さて、、丁度良い、そこへ座って話そうか」
「キミの質問に答えよう。何か聞きたい事がおありかな?」

紳士のゴッホさんは青で装飾された砂時計の椅子に座った
私はと言うと青いモコモコのクッションに腰を落とす


「あら・・ゴッホ。私というものがありながら浮気?それは失礼じゃないかしら」
すると、そう遠くない所で、部屋全体に響き渡る凜とした女性の声が響いた

「こ、これ。へレーネ」
ゴッホさんは珍しく慌てた声を出す
でも、なんだろう?この頭に響くように部屋全体に響く声はどこから・・?

「あらなんでぇ?だって私、綺麗なものが好きなんだもの。だからじっと出来なくなっちゃった」


「これ!へレーネ。この娘は客人だ。・・訳ありのな」


「ふふ、可愛いおじょうさんね。確かにゴッホが好みそうな純情な子」

その二人のやりとりがなんだか夫婦みたいに穏やかでクスッと笑みが零れた
でも、その声の主を見て、少し驚く


「あら、私を見て驚かないのは、もぅゴッホから聞いてるからかしら?」
「珍しい・・貴女ヒトね?あぁゴッホ!遂に動くときがやってきたの?」


「これ、、へレーネ。まだ何も彼女は知らんのだよ。急いた事を言うべきではない」


「・・は~い」


目の前で交わされる暖かい言葉のやりとり
だが、私を見る目は大きくこちらを見やる
そう、壁一面に大きな額縁に入った貴婦人の肖像画が、私を見つめて笑っていた


「可愛らしい子。・・でも不憫ね。生身の人間がここにいるなんてなんだか皮肉ね」
「始めまして、私は美しいモノを収集する画商の乙女セレーネ」
「ちゃんと描いてあるでしょう額縁に」

そう言ったので、怖々と近寄り、額縁の下を見る。確かにそうタイトルが書いてある
が、その脇にサインが書いてある。これは

「気付いたかい?彼女も特別な力を持つ「絵魔」だ」
「さぁ、じゃぁまずは絵魔なる者がどういう存在か、聴かせようか」

「まず、彼女を作ったのは私だ、まぁ絵魔の中には使い魔を作り出す事が出来る」


「ひどぉい。アタシ、ゴッホの恋人じゃなかったのぉ?」


「あぁ!いや、まぁ、すまないセレ。確かにそうだよ。私には君だけだ」


「ふふ、お嬢さんの名前はなんて言うの?」
そういって名前を聞かれる
私は名前を伝えようとしてみた



(・・・・・・?)



(あれ?)



「どうしたのかね・・まさか」



(私の名前・・なんだっけ?)



(なんで?さっきまで憶えていたはずで、自分の名前なのにそれすらいつの間にか)



(思い出せない。嘘・・こんな事ってあるの?私、自分の事すら無くしちゃうの?)



「あぁ、あぁ。泣かないでおくれ。私は女性の涙には弱いのだ」
「きっとそのうち、おもい」


「フィンセント、あなたの悪い癖よ。この状況で優しい嘘に、私は感心しないわ」


「セレ・・私はそんな気は・・いや。そうだな。お嬢さん。悪いが君に」
「残酷な真実も入れて、話しておかなければならない」



「まずここは、異世界、とでも、いや、世の終わりを嘘で形作った終わりの楽園とでも云うべき場所か」


「先に述べたとおり、この世界は全ての芸術を集め、また絶えず人の業を触媒にして
罪と罰、更なる芸術を産み出し続ける、悪夢を産み出し続ける美術館だ」


「なぜ、キミだけが、ここに来たのか、私にはわからない。まだ終わりは先のはずなのに」

ゴッホさんは酷く可笑しいことばかりを言う


(終わりの先?)
そう頭の中で問いかけると今度はセレーネさんが言った


「それは、私達にこれ以上言う権利は無いの。その答えは多分きっと、貴女がこの部屋を
出た後、探し出さなければいけないはずよ」


(そんな事いわれても、私にはわからない)


「そうね。いきなりこんな事言われても、不安になるわ。でも、これは現実よ」
「あなたがここにいるのも何かの縁。ここでは偶然なんてないの」


「フィンセント、ただ話してても埒があかないわ。実物を交えて話してあげた方が
理解しやすいんじゃないかしら」


「セレ・・あぁ、アレを見せろというのかい?あまり私達の事を教えすぎても」


「ゴッホ」


「あ、あぁ。わかった。確かに長くここに居続けられはしないものな」


「では、お嬢さん。前置きが長くなった、そうだな。名前が無いのは悲しい事だ
まず先に、キミの名前をよかったら私が付けてあげよう」



「異夢。キミの名前は今から異夢だ。ここは異なる次元が見せた夢」


「それを自覚しながら、自分を取り戻す意味でこの名を付けよう。どうかな?異夢」


(異夢・・異夢・・うん。なんだか人に、しかもゴッホさんに名付けられるのは嬉しいような
光栄だけど恐縮する様な。でも少なくとも今はただ有り難い。異夢。それが今から私の名前だ)


「よし、これで存在を脅かされる心配は減るだろう。名前がある。それでけでも
存在は確立されるからね。では、いいかい異夢?」


「絵魔は心の隙を巧みに操ってくる。奴らに決して心の隙は見せてはいけない」


「心の闇を使って、奴らは奴らの芸術を完成させようとしているのだから」


(心の闇?)


「そうだ。さっきの三女神にも気をつけておくが良い。確かにあの三女神は強力な神で
奇跡すら操るだろう。私如きの絵魔では、女神の逆鱗に触れてしまえば消し炭にされてしまう」


「絵魔の目的は、低級なものは、人の罪から生まれた災厄そのものなのだ。
歴史で読む愚行を見たら、悲惨さや劣悪な者達であると言える」


「だから低級な絵魔は基本、快楽や罪を産み続ける事を美徳として存在している。だから捕まれば理不尽な目に遭うだろう。気おつけなさい」


「さっきのような絵画もそうだ。そして、三女神の様な神話をモチーフにして産まれた絵魔は
人間の罪を裁いたり、可能性を見出す道具にする絵魔もいる」


「それ以外にも、人の狂気が産んだ産物の絵魔もいる。例えば、現実世界で犯罪は永遠に消えないだろう?何故起きるのか。理由は様々だが、その時生まれた念は、この世界で活性化し、時に悪魔にすらなる」

「気付いたかい?この美術館には全ての罪が集約される。ならば、天使、悪魔、神、絵魔がいるのさ」


(ゴッホさんも、絵魔って言ってたけれど、本当なの?優しいし、怖い絵魔には私には思えない)


「ふふ、フィンセントは特別な絵魔なのよ。偉人の中でたまにそういう絵魔が出てくるの
まぁ、大体は変わり者で変な目的に固執した絵魔が多いんじゃないかしら」


「大体はそういう絵魔は、不純物で出来てるのよきっと。だって天使みたく潔癖でもないし
悪魔は暴力ばっかり、神は偉そうに断罪や人間浄化にご執心、下級絵魔はいやらしいったら
ありゃしない」


(セレーネさんは?絵魔が絵魔を産み出せるの?)

「ふふ、それはフィンセントは孤独な画家だからこそ成し得る技なのかしら」
「彼の能力は夢を作る事だからね」


(夢?)

「これ、そんな大それた事では無い。それより異夢。これからキミに見せたい事がある」
「酷だが、目を逸らしてはいけないよ。これからキミは、こんな「怪物」も相手にしなければ
いけなくなるのだから」


ーパチンー


指を弾いた音が響いたら、どういう訳か、部屋の明かりが薄暗くなる


そして、セレーネさんの絵が、表情が急に普段美術館にあるような、無機質な顔に戻る
なんだろうこの感じ・・急に心の奥底が冷たくなってきた気がした


恐怖


この館で味わった恐怖

それ以上に、急に身体が強ばるのがわかった


「声を出してはいけない。奴に気付かれ、暴れられたら、一瞬で肉塊にされてしまうからね」


薄明かりの中、さっきのひまわりの暖かい光が差し込んだステンドグラスの中央が
紫色の魔法陣のような禍々しい色と花の模様に変わる
すると魔法陣の中央が少し窪み下を覗き込めるようになった



(すごい。だけど)

どんな部屋の仕掛けか等と驚く前に、
禍々しい恐怖に一瞬で部屋の空気が重々しく支配されていく


ー醜い醜悪な何かがいたー
ーそれはおよそ人が正視してはいけないナニかー
胎児の様に丸まった「ソレ」は
およそ人ではない叫びと苦しみの断末魔を放ちながら
想像の付かない暗く淀んだ狂気をはらんだ憎々しい瞳でもがいていた
口元から絶えず溢れ出て、全身に溜まる血溜まり
うねうねと動く蚯蚓(みみず)のような血管
毛髪とも呼べない腐ったナニか
ただわかるのは全てを憎んで暴れ回る悪魔のような地獄絵図

(うえっ)
私は途端にその場で吐いてしまう

「いかんっ!」そういってゴッホは少女を庇いながら咄嗟に後ずさる
ゴッホの横顔ギリギリを、グロテスクな「赤い何か」が貫いた 
一瞬で、ゴッホの顔の一部が削り取られる
私は心も体も固まったまま、身じろぎすらできずゴッホに抱きしめられた

「しまった。まだ早かったか」
「致し方ない、異夢。キミは今から私の娘だ。今からキミにここで生き残る術をみせよう」

「我が名はゴッホ!死して尚、孤独の中で夢を見続ける画家!我が名を宣じ、かの者を
封印せん!」

そう言ってゴッホは何かを念じて掌を振り下ろす瞬間に
「床穴」からおぞましい怨嗟の声が叫び散らす

ゴッホの爪の先から暖かい光が零れる
その光が部屋全体に溢れ出し、視界が消え失せていく


「異夢よ、暫くの間お別れだ。何、私は夢を描く画家。またすぐ会えるだろうさ」


「異夢、オマエはその名前を忘れるな!名を落とせばこの館では生きていられぬ」


「まずは、三女神の約束を果たす前に、私が残した手紙を集めよ」


「そうすれば、おまえにも「力」が使え、オマエの役に立つかもしれん」


「では、また会える事を祈っておるよ。私は「怪物」を鎮めなければならぬからな」


そういって、どこか淋しそうなゴッホの声が、光の中に溶けて消えて
私は光に飲まれて消えた
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