第22話

文字数 1,359文字




「神の場所とは、貴と賤、浄化と穢れが環流し合い、初めて神の場所として息づくッッッッッッ」
 十字王町駅前。拡声器を持った男が、叫んでいる。
 ずらりと駅前広場に集合し、整列しているネオ天狗党の特攻服を着た男達。その特攻服の男達のなかに、確かに井上はいた。特攻服の面々は駅を利用する人々を睨み付けるようにしている。人々はそそくさと駅のホームの方へ消えていく。話をまともに聴いているのはタクシーの運ちゃんたちだけのようだ。いや、ホームの中で息を殺して聴いている人も、よく見るといるみたいだ。おれと多喜二さんは、その拡声器からの声を、遠巻きに見ることにした。
「権力を支える機構とは家父長的人間関係であり、共同体的心情を吸い上げ、調整することによって保たれるシステムであり、家父長、『父』とは、『あの方』のことでああああああるッッッッ」
 拡声器で叫ぶ男、そいつが井上の会話に出てきたノブヒデ、という男だと、多喜二さんに言われて知る。確か井上の話だと、ノブヒデとはセイザン学派の人間ではなかったか。そう、つまり、そういうことである。ネオ天狗党は、セイザン学派と合流したのだ。
「これは、お前の姿でもある。佐多、お前のような人間が、『流される』。前に、言ったろ。お前のような人間が、他人の思惑に、流されやすいってことを。見て見ろ、あの震えた小動物のような井上の瞳を。それと、想起しろ、同じように流されたタキツグの顔を。こいつらは、平行世界の佐多稲造たちだ。こいつらの顔を眺めて、お前はどう動く?」
 おれはポケットの中のメモ帳を握りしめる。メモ帳の角張った感触と、それをねじ曲げるおれの握力。そこにあるのは、ただの無力感としての言語なのか。
 ノブヒデは続ける。
「我々は常陸豚だ!」
 拡声器が音割れを起こす。ハウリングノイズが駅前に響く。
「我々は欲する! この哀れな境遇の我ら、常陸豚に、せめて、疲弊した荒野に生きる自由をッ」
 常陸豚。茨城は豚の一大産地であり、常陸豚とは、ここ火断市の特産品の豚の呼称である。
「常陸豚を蔑みし人間達と、奴らのその文明的階級社会に死を与えよ! 革命を! 我々には世界の変革を断行する正統的権利があるのだ! ネオ天狗党はいまここに、セイザン学派の傘下として、この町の実行支配をする機会が与えられた! 神意の威光は我らをともし、常に我々と共にある。民衆よ、我々と共に歩もうッッッ!」
 嘔吐感がこみ上げる。吐きそうだ。なんだこれは。なにをしようとしてるんだ、井上。こいつら、ただのテロ集団に成り下がったのか。ネオ天狗党、お前らはなにを吹き込まれた?
 おれが吐きそうなのをこらえて手で口を覆うと、多喜二さんは、
「刺激が強すぎたか、佐多。だがな、田舎に住んでる人間がよく言う『東京は怖いところ』で、『田舎は安心できる場所だ』なんて、そんな与太話本気で信用してたわけじゃないよな?」
 と言い、それから鼻で笑う。
「こいつらの戯れ言を聞いてるのはもうたくさんだろ。さ、もう帰ろう。見せて悪かったよ」
 吐き気と歯がゆさと、なにか裏切られた気持ちでおれは一杯だったが、それがどういう考えからそうなったのか、生理的に気持ち悪かっただけなのか、自分でも全然わからなかった。
 おれは駅のトイレで思い切り嘔吐した。


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