第5話

文字数 2,850文字

 画面には、たくさんのマイクを前にしたカメラ目線の男。
「生物はなぜ進化するんでしょう。
 それは、命の火を絶やさないためです。
 ちょっと想像してみてください。
 はるか昔、生命が生まれた時の地球は現代と全く異なる環境でした。それが大きな変化を繰り返して今にいたります。
 海や空気の性質が変わり、新たに大陸が誕生し……。また、火山の噴火や隕石の衝突で終末的な気候変動も起き……。その都度、生物は絶滅の危機に見舞われてきたのです。
 しかし、多様な進化を遂げていたおかげで一部の種は生き残ることができました。そして、そのサバイバーたちが、さらなる進化を繰り返した結果が現在の生態系です。
 そこには当然、人類も含まれているのですが、他の生物に比べて、その特殊性は際立っています。
 他の生物を絶滅させる側に回ったこと……?もちろん、それもあります。
 けれども、最大の特徴は自らの人生を不条理だと思い悩む性質です」
 皮肉っぽく、にやりと笑って続ける男。 
「今日はそのことについてお話させていただきます。
 多くの人は人生が辛いとか、生きる意味がわからないとか、そんな風に戸惑いながら日々を過ごしていることと思います。
 そんな皆さんに、ここでひとつ質問です。
 もしかするとあなたは、そんなご自身の悩みを因果や境遇のせいだと考えていませんか?貧乏な家に生まれたから、病弱だから、事故や事件に巻き込まれたから、あの人のせいで、自分のミスで……。
 違いますよ。
 問題は単に遺伝子プログラムのバグなんです。
 進化を求める遺伝子の本来の目的は、連綿と続く命の火をつないでいくことのみ。ところがどういうわけか、それぞれの個体が心や魂を持つに至りました。その矛盾から苦しみが生まれたのです」
 しばらく言葉を止めて、視聴者に思考を促す男。
「わかりにくいですか。
 言い換えれば、あなたが辛いのは、あなたの個人的な事情に関わらず、人として生まれてしまったから……。ただ、その一点に尽きるということです。
 生きる辛さから逃れるため、先達は手あたり次第に、様々な技術やルールを模索してきました。政治、経済、科学、医学、宗教、その他諸々。
 おかげで、ずいぶんと生きやすい世の中になったのは事実です。とは言え、どれも対症療法ですから、根本的な解決にはなりえません。
 では、どうすべきなのか……。
 将来的には人類もまた淘汰されることでしょう。このまま、その運命に身を任せますか。
 それとも今、自らの意思で一歩踏み出しますか。遺伝子に逆らって……。
 そう、それが新しい進化の形ということなのです。
 しかし、勇気を持って決心したところで、その方法がわからなければどうしようもありませんね。
 ならば我々が、皆さんを遺伝子の呪縛から解き放って差し上げます。何を隠そう、当研究所のミッションとレゾンデートルはそこに存在するのですから。
 これまで数多(あまた)の人々が命をつないできてくれました。今、ここに存在する私たちのために……。
 その私たちは、はからずも歴史の転換点で祖先崇拝の尊さに気づかされたようです。
 皆さん。今こそ、消えていった多くの命に感謝しようではありませんか。
 おや、気づかれましたか。実はこれこそが更始会の原点なのです。
 話を戻しましょう。
 いきなり人類の進化と言われても具体的なイメージを持つことは困難だと思います。
 私ども更始会ではそれを「思念の顕在化」と定義していますが、余計わかりにくいでしょうから、その過程で重要になるキーワードを二つ挙げておきます。
 「永遠の命」と「肉体放棄」です。
 ……どちらも夢物語のように聞こえるかもしれません。
 しかし、「永遠の命」を手に入れること自体は現在でも理論上可能です。ただ、この技術が国に承認され皆さんが利用できるようになるまでには、いかんせん相応の年数を要します。
 そう申し上げると、その前に寿命が尽きることを不安に感じられる方もいらっしゃることでしょう。……どうぞご心配なく。その対策は万全です。
 当研究所ではすでに冷凍保存のサービスをスタートしておりますので、お気軽にお問い合わせください」

 けげんそうに尋ねる昇。
「この会見に何の意味があるんだ?」
 無反応の哲也。

 そしてテレビには、もはや会見というよりもショッピングチャンネルを思わせる男の姿。
「いかがですか。興味をお持ちいただけましたでしょうか。
 でしたら次は『肉体の放棄』についてお話しさせていただきます。有り体に言えば、これこそが私どもの目指す究極であります。
 もちろんその先には、さらなる課題が控えているはずです。が、それは今の我々に予測できるものではありません。なぜなら、その時にはもう私たちは人類でなく、新しい何ものかに進化しているからです。
 いずれにせよ、周りの人たちが世代交代していくのを、更始会の会員は何百年、何千年と見守り続けることになります。その覚悟と資金がある方は、ぜひともウェブで詳細をご確認ください。
 第1期の募集は300名様限定です。申し込みはお早めにどうぞ」

 中継画面から変わって、スタジオの女性キャスター。
「本日開かれた更始研究所による会見の一部をお伝えしました。
 今、発言していたのは同研究所、猿田総務部長です。現在のところ、この方の素性は一切公表されていません。
 ちなみに所長の仁池博士は、5年前に学会を追放されて以降、良くも悪くも話題性のある人物です。
 そして設立者は、言わずと知れた更始会の丸木会長。
 この顔ぶれですから怪しい組織と報じるメディアも多数あります。しかし一方で、停滞している医療や科学に一石を投じるのではないかと期待する人たちがいるのもまた事実です。
 まだまだ闇に包まれている更始研究所。いったい真実はどこにあるのでしょう。
 本日は、さまざまな切り口でコメンテーターの皆さんにお話を伺います」

 キツネにつままれたような顔の昇。
「これ、最近話題の詐欺グループだろ。
 まさか、この若返りも連中と関係があるのか……」
 目を閉じて、思いを巡らす哲也。
「それはわからないけど、あいつがまだ生きていたということは……」
 きょとんとする昇。
「あいつって、今出てた男だな。
 今日のニュースなんだから、当然生きてるさ。あの男が生きてれば、何なんだ?
 わかるように説明してくれよ」
 重い語り口の哲也。
「俺たち家族は、あいつのせいで……」
 はじかれたように声を上げる和江。
「え、そうなの!
 道理で聞き覚えのある名前だと思った」
「ああ。俺の部下だった猿田だ。
 ……おかげで、奴を殺しに行くところまでは思い出せた」
 慌てて、声を張る昇。
「ちょっと待て!何だ何だ?
 あの男が家に関わってるとか、殺しに行ったとか、でも実は生きてたとか......。まあ、それはよかったけど……。
 いや、違う!さらに謎を増やしてどうすんだってことだよ」
「ああ、確かにそうだな。でも、今思い出したんだ……。
 じゃあ、その経緯を話すとするか」
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