第12話

文字数 1,937文字

 病院で点滴中の和江に話しかける昇。
「階段は気をつけないと」
「ごめんなさい。でも、葵ちゃんが心配でね」
「わかるけどさ。
 また、最近調子悪いんじゃないの」
 ベッド脇の椅子で足を組んでいる哲也。
「俺がリズム乱しちゃったかな」
 笑いながらにらむ和江。
「そりゃそうよ」
「悪かったな」
 横になったまま、周りを見回す和江。
「陽子さんと葵ちゃんは家にいるの?」
 立ちっぱなしの昇。
「ああ。一緒に来たがってたけど、葵は明日も学校だし」
「あなただって仕事じゃないの。もう大丈夫よ。帰って休みなさい」
 哲也に目をやる昇。
「父さん……」
「大丈夫だよ。俺を信じられなくったって、本人がそう言ってるんだから。安心して帰りな」
「いや、心配だよ……」
「帰れ」

 仮眠中の椅子で、ふと目覚める哲也。
 寝返りを打った和江から、ささやき声。
「何かあったのかしら」
「起きてたか。なんだか苦しそうな声が聞こえるよな」
「相当な人数じゃない?」
「うん。老若男女、か……。いろんな声が混じってる」
「大きな事故なら、救急車なり、もっとにぎやかになるでしょうにね」
「ああ。外は静かなままだ」
「なのに、このうめき声の多さって……。
 異常よね」
「断末魔の大合唱ってとこか」
「ちょっとそのセンス、どうにかならない?」

 朝、看護師の巡回。
「お加減はいかがですか」
「お陰様ですっかり良くなりました。本当にありがとうございました。
 それより、昨晩は大変でしたね」
「は?」
「急な患者さんが多くいらして……」
「いいえ、そんなことは……。当院の救急病棟はここだけですけど、昨晩は珍しく曽倉さんだけでしたし」
「馬鹿言うな。こっちは夜中ずっと、うめき声で眠れなかったんだから」
「不法侵入でもない限りあり得ませんよ。
 ところで、あなたはどなたなんですか」
「どなたって、元旦那だよ」
「あ、いえ、身内の者ですからご心配なく」
「そうですか……。では、診察後の退院手続きもこの方が?」
「ああ、それは自分でやります。準備ができたら教えていただけますか」
 ふてくされる哲也。
「勝手にしろ」

 病院から帰りのバスを降りる哲也と和江。
「居候の俺が言うことでもないけど、病人なんだからタクシー使った方がよかったんじゃないか」
「普段から皆には迷惑かけっぱなしでしょ。贅沢できないわ」
「だからって、ここから家まで歩くのは大変だぞ……。
 よし、俺がおぶってやる」
「やめてよ、みっともない」
「平気だよ。おばあちゃん思いの孫ってことにしとけ」
「ちょっと待って。あれ、あそこ見て」
 哲也を押しのけて、道路の向こう側を指さす和江。
「どうした」
「あの男の人、変でしょ。ちょっと透けて見えるんだけど」
「そんなわけないだろ。じゃ、そばで見てくるか」
「私も一緒に行くわ」

 自宅に戻った二人。
「何だったんだろう。あれ」
「幽霊かしら」
「いや、あの男、ガードレールに供えてる花を見ながら呟いてた。『この子が飛び出してきたのに、なんで俺が罪を背負って生きなきゃならないんだ』ってね……。
 あいつは生きてるんだよ」
「ええ?
 でも、言われてみれば、葵ちゃんのところに来た優香ちゃんもそうなのかもしれないわね……」
 しばらく考えて応える哲也。
「なるほど。思いが飛ぶ、ということか」
「優香ちゃんに恨まれてるのかな」
「八つ当たりだよ。それより、ちょっと試してくる」
 立ち上がって台所に行く哲也。
「何を試すっていうの」
「塩だよ、塩。昔から清めるには塩を使うだろ。
 酒も使えそうだけど、それはちょっともったいないからな」
「それで、どうするつもり」
「いいから。ちょっと待ってろ」

 ややあって帰宅する哲也。
 テーブルの上に、ドンと数袋の塩。
 それを手にとる陽子。
「なんですか。これ」
「和江はどこだ。部屋か」
「ええ、横になってますよ」
「どうせ眠れやしないんだから。
 おい、和江。起きてるなら速やかに出てきなさい」
 壁に手を突きながら現れる和江。
「あなたねえ。犯人に呼びかけてるんじゃないんだから」
「怒るなよ。まあ、聞いてくれ」
「どうだったの」
「やっぱり、夕べ葵のところに来た奴は生霊だな」
 二人のやり取りにぽかんとする陽子。
「は?」
「悔しさが葵に届いたってことだよ」
「よくわからないんですけど」
 経緯を説明する和江。
「今日、病院の帰りに似たような人を見たんです。その人は男性でしたけど。
 で、あなたは、またそこに行ってきたんでしょ」
「そうだ。塩持ってな。
 半分透き通ってうずくまってる奴の後ろから、そっと塩を振りかけると少しずつ薄くなるんだ。
 だから、『消えろ』って叫んで、持って行った塩全部ぶちまけたらすっかり消えてなくなった」
「見えなくなっただけじゃないの」
「見えなきゃいいだろ」
「そんなものかしら」
「そんなもんだ」
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