第6話

文字数 1,555文字

 リモコンでテレビを消す哲也。
「まだ俺がここに住んでいた頃、同じ会社に猿田もいたんだ。一回り下の若手で、入社当時から俺の部下だった。
 5年くらい一緒に働いた頃かな、別の部署の同僚から言われたんだよ。妙な噂が立ってるぞってね。
 複数の取引先にリベートを強要して、それを着服してる奴がいるらしい。まあ、その程度のことなら、取引先にヒアリングすれば、簡単にウラは取れる。
 結局、それは猿田の仕業だった……」
 腑に落ちないという表情の昇。
「犯罪とはいえ、ありがちなことでしょ。
 それに、部下が罪を犯したとしても、それがどうして家に関わってくるような事件にまで発展するわけ?」
 頭の中を整理しつつ、言葉を選ぶ哲也。
「猿田は、元々母親と二人暮らしだった。でも当時、その母親が入院していて……」
「家に似てるな」
「うるさい。話の腰を折るのはやめろ」
 ひるむことなく、理由は知れたと言わんばかりの昇。
「治療費不足が動機かあ」
「いや、そうじゃない……」
 声を尖らせる昇。
「ええ?じゃあ何なんだよ」
「死を目前にした母親が、更始会にすがったんだ」
「へえ、更始会ってその頃からあったのか。
 必要なのは、そこに渡す金ってこと?」
「ああ。さすがにそんなゆとりはないだろうから。
 母を思って、なのかな」
「そこに父さんは同情した……、と」
 はっと顔を上げる哲也。
「あ、今、父さんって言ったな。そうか、お前もやっと認めてくれたか」
「ええ?いや、そうじゃなくて……。
 もし、俺の父親ならそうしたかもと、それだけのことだよ」
 必要以上にうろたえながら否定する昇。
 笑いをこらえる哲也。
「まあいい、続けよう。
 俺は猿田を呼び出して何度も説得したんだ。今回の不正程度なら、もみ消してやる。だから、母親を更始会から引き離して、これまで通りに働けってね。
 けれども、あいつは、なかなか決心できず、刻々と時間だけが過ぎていく。
 そのうち、更始会の連中も俺の存在に気づいてさ。いろんな嫌がらせをしてくるようになってきた。
 金づるを組織から奪おうとしてるんだから当然かもしれないけど……。
 会社には毎日不審な電話。家のそばにはいつも監視してるやつら。しまいには、お前や和江のことを引き合いに出してくるエスカレートっぷりだ。もう完全に常軌を逸してた。
 こうなったからには、猿田からも家族からも離れるしかない……。苦渋の決断ってやつだよ」
「その時、警察に相談しなかったの?」
「警察が完璧に家族を守ってくれるか?事態が悪化するだけだ。
 まあ、一般論で正義を語るお前に、追い詰められた時の心情なんてわからないだろうな」
 割って入る和江。
「そんなの初耳よ、私」
「みんなを混乱させたくなかった……。
 安易な行動で、家族が拉致されたり殺されたりしたらどうする。少なくともその時点で俺が消えれば、それで解決する話だ。
 だから、俺自身が猿田の不祥事に絡んでいたことにして、退社と離婚ですべてを清算した……」
「結局しわ寄せが全部私に来るということまでは想像できなかったのね。
 私はあなたが出ていってすぐ、脳卒中で倒れて……。これでもリハビリで良くなったのよ。
 あなたこそ自分の正義感に酔ってただけでしょ。そのせいで周りがどんなに苦労したことか……」
 涙ぐむ和江に戸惑う哲也。
「いや、本当にすまない。知らなかったとはいえ、本当に申し訳ないことをした。
 ほとぼりがさめたらすぐに戻って挽回するつもりだったんだ。それが、まったく思うようにはいかず。
 結局このザマだ」
「このザマって……。
 どう見ても前途洋々の若者だけどね」
 悲しそうに笑う和江。
「ああ、うん……。
 とにかく、もう戻って来ることなどできないと覚悟してた俺に訪れた貴重なチャンスだから……。
 おそらくガンも消えてるだろうし……」
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