第15話

文字数 1,854文字

 話を戻す哲也。
「研究について尋ねたところ、クローンの製造実験だから俺自身には何の負担もないという。
 クローンそのものを作る技術は確立済み、その体に俺の記憶や性格を完全コピーすることができるかどうかが今回のテーマだった。
 成否にかかわらず、がんの治療は実験終了後にそのクローンを使って行われる。そのタイミングなら臓器の入手は確実だからな。
 ただ、俺自身がそこまで生きていられるかどうか……。それだけが唯一の問題ということだった」
「なんとなく、わかってはきたが……。あらためて俺から質問させてくれ」
 再び、哲也同士の会話。
「ああ……、うん」
「不明な点は二つ。
 ひとつは、年齢の問題だ。
 クローンってことは、同じ遺伝子を持つ人間が生まれるんだよな。双子にあたる兄弟が赤ん坊から育つ、とすれば、その子が育つための時間が必要なはず……。
 それともうひとつ。
 性格や記憶までコピーできるなんて話は聞いたことがないし、想像もできない……」
 いったん手帳を取り出すが、開くことなくポケットに戻す哲也。
「猿田いわく、地球外の技術らしい。……話の断片をメモしてはみたものの、正直、俺には全く意味が分からなかった。
 その代わりと言っては何だが、見たことは全部話すよ。
 まず、クローンの入ったカプセルに煙を充満させる。もちろん、成分なんて知らない。
 ただ、この装置で、一日に一年分くらいの成長が見込めるという話だった。浦島太郎の玉手箱みたいなものかな……。
 当然、新陳代謝が活発になるし、本来かかるはずの負荷もないから、秒刻みで手入れをしたり、刺激を与えたりしなきゃならない。免疫機能の調整とかもね。そういうプログラムが並行して実行されるんだとよ。
 そんな過程を経て成長した者に、元の人間の思考回路と記憶を転送させる……」
「いったいどうやって?」
「それには、思念増幅装置というのを使ってた。脳内部のデータを鮮明にすることで潜在意識までコピーできるらしい」
「その機械、最近壊れなかったか」
「ああ、何度か暴走して止められず、大騒ぎになってたなあ。
 ……お前も俺なら、これで大体察しはついたろう」
「まあな。
 俺はクローンだったのか……。で、最近の生霊やらなにやらはその機械が原因ってわけだな……」
 黙っていられない昇。
「いや、おかしいでしょ。だったら、この年齢差は何なの?同い年じゃなくていいわけ?」
「本来はそうしたかった。ただ、七十二歳にするには製造だけで二か月以上、その後の検証含めると三か月かかることになる」
「二十歳ならいいって根拠がわからないけど」
「正味ひと月くらいで、しっかりした体が出来上がる。つまり、その時点で臓器も脳も移植可能だからさ」
「クローンから脳も?」
「逆だよ。健康な臓器を抜き取るか、クローンの健康な体に自分の脳を埋め込むか」
「げ。気分が悪くなってきた。
 それより、さっき言ってた検証っていうのは?」
「クローンにペーストした転送データの確認作業だよ」
「それはどういう方法でやるの?」
「質問ばかりしてないで、少しは自分で考えたらどうだ」
「三十年ぶりに現れたと思ったらこれか……。
 え、……まさか。そのために現れたのか?
 母さんを利用するために……」
 昇を制して、もう一人の自分に問いかける若い哲也。
「俺が和江を利用なんかするわけがない。何があったか説明してくれ」
 時々訪れる苦痛をこらえて、額に油汗をにじませている元の哲也。
「……ああ。
 奴らがクローンを和江に会わせると聞いた時は、俺もキレたよ。やっぱり殺すべきかと悩んだ。
 でもな、猿田が言うんだ。俺の怒りや苦しみは、和江との別れが原因だろう、とね。
 実験さえ終われば、金と健康が手に入る。つまり、人生の後半は元の家族と幸せに暮らせるという示唆だよ。
 実験中に、和江の反応も確認できるから、今後の対応にも生かせるだろうと言われて……」
「反応を確認する?俺達は、ずっと盗撮されてたってことか」
「……いや。送信機は、お前の脳に仕込まれてる」
「なるほど……。俺の見たもの聞いたもの、すべてが研究材料になるわけだ……」
 唇をかむ若者。
 そして、血の気の引いた顔でうつむく、もう一人の哲也。
「すまん」
「あいつ……。若いころ更始会に騙されたっていうのに、自分も詐欺師になるつもりなのかな」
「俺もそう思って、直接聞いてはみたものの……。騙されてたのは曽倉さんの方ですよ、なんてはぐらかされてさ。
 多少、気にはなったけど、もううんざりしてたから。聞き返すのもばかばかしくて……」
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