第14話

文字数 1,572文字

 表で救急車を見送る昇夫婦と哲也。
 そこに、ドアを開けて出てくる葵。
 震える声。
「おばあちゃんは?」
「今、病院に運ばれたから心配するな。
 お前は部屋で休んでなさい」
「どこの病院」
「この間の藤原病院だ。これからお父さんとお母さんが向かう。
 お前はおじいちゃんと留守番しててくれ」
 最後まで聞かず、自転車にまたがる葵。
 気づいて叫ぶ昇。
「おい、葵。待ちなさい」 
 走り出す哲也。
「待て。この野郎」

 夜道、葵の自転車に伴走する哲也。
「自分を責めるなよ」
「だって……」
「あれは事故だ。しかも、原因は俺だ」
「おじいちゃんも自分を責めないで」
 足をもつれさせる哲也。
「いいから止まれよ……。
 もう喋れない……」

 二人に近づき、停まるタクシー。
 窓から顔を出す陽子。
「二人とも乗って。
 すみません、運転手さん。トランクに自転車入ります?」
 迷惑そうなドライバー。
「その自転車ですか?」
 荒い息の哲也。
「鍵かけて置いとけ。俺が後で取りに来る」
 車の中から昇。
「なんなら鍵つけたまま置いとけ。新しいの買ってやる」
 あっけにとられる陽子。
「親子だわ……。とにかく二人とも早く乗って」

 更始研究所、猿田総務部長の部屋。
 病院を映すモニター。
 その前で猿田にすがる七十二歳の哲也。
「金も命もいらない……。
 頼む、和江を救ってくれ」
「無理ですよ。趣旨が違いますからね。
 私には技術もありませんし。所長を説得してる間に答えは出ちゃいます。
 助かるならあそこで助かるでしょうし。そうでなければ……」
「もういい。話にならん」

 一時間ほど後の藤原病院。
 家族のもとにゆっくりと近づく古希を過ぎた哲也。
 その姿を目にして愕然とする二十歳の哲也。
 そんな二人の対峙に困惑する昇。
「誰?」
 青ざめる若い哲也。
「元の俺だ……」
 昇を見つめて弱々しく問いかける、七十二歳の哲也。
「……で状況は、どうなんだ」
 パニック状態の昇。
「え、あんたが本物の父さん?
 状況がどうって……。さらに混乱してるよ」
「ふん、先に説明が必要か……。
 まず俺が猿田を殺そうとしたところまでは聞いた通りだ……」
 そのセリフに反応する年下の哲也。
「結局、殺してないんだな」
「ああ。あの時、猿田からは謝罪と、ある申し入れがあった」
「俺の記憶にはないが……」
「それを言うなら、本来、研究所を訪れるところも覚えてないはずなんだ……。
 まあ、その話は後にしよう」
「お好きにどうぞ」
 元の哲也に注がれる家族全員の視線。
「俺は末期がんだと知らされてから、割り切れない気持ちで入院生活を送っていた。
 猿田に人生をめちゃくちゃにされた上、ひとり苦しみながら死んでいく……。とてもじゃないが、それをおとなしく受け入れるわけにはいかないだろ。
 そんなある日、偶然、奴がテレビに出てるのを見つけた。……衰弱した体に力がみなぎってきたよ。
 俺は数少ない私物から包丁を手に取り、病院を抜け出して研究所……。
 そこまでが俺たちの共有する記憶だ」
 頷く青年の哲也。
 続ける高齢の哲也。
「その後……。猿田は謝罪がてら、ある提案をしてきた。
 今、取り組んでいる研究に協力してくれるなら一億円の報酬……。さらに、がんの完全治療まで保障するとね」
 口をはさむ昇。
「そんなうまい話あるわけないでしょ。
 めちゃくちゃ高リスクか、はなから約束を守るつもりないか、どっちかに決まってる」
「最初は俺も信じちゃいなかった。見え透いた命乞いだと思ったからな。
 しかし内容を聞いて、その気になった……」
「実験動物になることを買って出たっていうこと?」
「結果的にはそういうことになる」
「それで約束は果たされたわけ?」
 苦虫を潰したような顔の哲也。
「お前はほんとにせっかちだな。
 ちょっと、黙って聞いてろよ」
「いなかった親父が突然二人。
 しかも両方、口うるさいときた……」 
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