ノートルダムⅠの挙動

文字数 1,085文字

 ここで監視装置のキルスイッチをオフ、命令装置のタイマーを5秒と設定したとしよう。ノートルダムⅠはどのように振る舞うだろうか。
 スタートボタンを押すと同時に監視装置がキル信号を受信し、ランプが点灯する。その後、命令装置はカウントダウンを0になるまで行う。この状態では監視装置のキルスイッチがオフのため、命令装置の電源は遮断されない。しかしともかく、信号は確かに5秒前に送られたのである。
 では監視装置のキルスイッチがオンの場合はどうなるだろうか。命令装置の電源は遮断されるだろうか。
 それは否である。監視装置のランプはカウントダウンが完了しても点灯しなかった。命令装置のログを解析すると、例外(エラー)処理が実行されていることを確認したのだ。
 この挙動は前述のパラドックスを解消する機能を内包していることに注目してほしい。というのが、この実験装置によって必ずしも信号を過去に送ることができないことに重要な意味を持つのだ。
 クラポンネ教授はこの実験結果をノートルダムⅠの安定性や一貫性が保証されている場合においてのみ過去に情報が送られると説明している。ノートルダムⅠは命令を過去に送る、という行為によって未来の自分が“生きているか”どうかを知ることができるのだ。
 論文の最後にクラポンネ教授は「自分の親は殺せない、少なくともタイムマシンによる殺人は不可能である」と結論付けた。

 余談であるが、この実験においてさらに面白い結果が得られている。ある日を境にノートルダムⅠの動作が不安定になった。それは特定の研究員がノートルダムⅠを扱った場合のみ発生するのだ。
 この謎を解く鍵は同論文に記載されている。これはノートルダムⅠの隣に被験者を立たせ、キルスイッチをオフの状態にして逆行処理を行うという実験である。
 被験者は研究員およびノートルダムⅠの存在を知らない一般人、合計20名である。彼らは全員、「装置に触れてはいけない」とあらかじめ説明を受けている。
 ランプが点灯しなかったのは問題の研究員と一般人1名、合計2名であった。彼らの共通点は実験後の聞き取り調査によって明らかとなった。彼らは「ランプの点灯後、あるいはカウントダウン中に電源コードを抜けばどうなるのか」という共通の思考を持っていたのだ。
 つまり、電源を落とそうとした何者かが装置の手に触れられる場所に立つだけでランプは点灯しなくなるのである。未来を予知することにより、その人間の心すらも読み取る副次的な機能を持っているのだ。

 ちなみに、この論文を発表してからというもの、ノートルダムⅠは同条件で正常に稼働しなくなってしまった。
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