ノートルダムⅡの概要

文字数 1,095文字

 そろそろ文頭の“議論の的”について解説したい。これは研究室内で発生したとある現象についてである。

 事の始まりは本研究室が行った「逆行素数探索プロジェクト」である。本実験においてノートルダムⅠは改造され、明確な存在意義を持つ装置――ノートルダム(ツー)――が開発された。
 ノートルダムⅠと見た目はほぼ同じだが内部構造は大きく異なり、それぞれ“抽出装置”と“計算装置”の2つから構成される。いずれも側面には通信用のシリアル・ポートがあり、それぞれ異なるPCと接続される。

 抽出装置の外部にはランプをひとつだけ持つ。その意味はまた後述に記そう。
 計算装置には逆行演算装置が搭載されており、入力された任意の値に対し一般数体篩法によって素数を出力する機能に特化した構成となっている。
 つまり、本実験は時間を逆行する現象を用いて素因数分解問題を瞬時に解決できるか、というものである。

 逆行演算によって計算された結果は通常のプロセスでは読み出すことができない。たった1ビットのキル信号と比較してそれははるかに容量が大きく、半ば強引に動作させていたノートルダムⅠの方法では正確な答えが得られないのだ。しかし、クラポンネ教授によって考案された「順行スレッド共振干渉方式」によって結果を読み出すことに成功する。これは誤解を恐れずに言うと、逆行演算が行われているスレッドと並行して「結果抽出スレッド」を実行し、装置内で確定した量子状態をそっくりそのままコピーすることができるというものである。抽出装置は、この処理を担うためのものだ(詳しい説明については省略させていただく。原理について興味を持った方はぜひ生の論文を読んでほしい)。

 逆行演算はノートルダムⅠと同様に失敗する条件が存在し、実際に計算にかかる時間が長ければ長いほど解決が難しくなる。この理由は、ノートルダムⅡがその時間だけ稼働し続けなければ回答が得られないからだ。故に計算に1万年かかるような素因数分解の答えは今のところ得られていない。これは1万年の稼働を保証する環境およびハードウェアが現時点において存在しないためである。
 そこで研究室は768ビットの素因数分解問題を解くことを目標とした。この桁数を採用した理由は過去に古典的コンピュータによって解を得られた桁数であり、その解析には数年ほどかかるためである。ハードウェアの限界まで計算を行え、現実的かつ難解であると研究員が判断したのだ。
 ノートルダムⅡは専用のサーバールーム内で厳重に保管され、問題なく計算が終了することが確定すれば装置に触れることができないよう扉はロックされる。計算の中止はできない。
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