逆行演算装置の概要

文字数 1,163文字

 今年、アルル・クラポンネ教授が所属するルロワ大学電気量子デバイス工学研究室によって逆行演算装置(インバーテッド・プロセッサ)が開発され、おそらくほとんどの学者がその存在を疑ったことだろう。元々全く異なる利用目的で開発されたこの装置は、内部に1024ビットの量子バッファを持つ可逆演算装置の一種であり、本体に逆電圧をかけると奇妙なふるまいを見せることを発見した。装置が実行する処理はことごとく逆向きとなるのである。例えるならば「3+2」を計算すれば「5-2」と処理され、「00100111」というデータが書き込まれれば「11100100」というデータが読み出される(ビット反転しているわけではないことに注意されたし)、というように。つまるところ、通常は計算を実行し答えを出力するはずの装置が、“無秩序の中から現れた答え”から“既知の計算”を実行するふるまいをみせているのである。
 待機命令においてはさらに注目すべき挙動となる。この装置内においてそれは負の時間を取り扱う遅延処理となり、これはすなわち時間を遡って処理を行うことと同義となる。

 クラポンネ教授は、このプロセッサを搭載した実験装置――通称ノートルダム(ワン)――を開発した。ノートルダムⅠは“監視装置”と“命令装置”の2つから構成される。構造は異なるが、基本的原理は冒頭で紹介した装置と同じであり、監視装置は“装置A”、命令装置は“装置B”にあたる。いずれも見た目はマット・ブラックの無骨な金属の箱であり、ほんの1ミリメートルほどの隙間を開けて定盤にボルトで固定されている。

 監視装置の上部にはランプとトグルスイッチをひとつずつ持つ。ランプは、命令装置からの信号を受信すると点灯する。トグルスイッチがオフの場合、この信号を受信した時に監視装置が行う仕事はランプの点灯――受信の報告――のみである。しかし、トグルスイッチがオンの場合はランプの点灯と同時に命令装置の電源を非接触で遮断する“キル機構”が作動する。このトグルスイッチが意味するところは、隣接する命令装置の生死を決定する“キルスイッチ”であり、信号は“キル信号”である。

 いっぽう、命令装置の内部には逆行演算装置が搭載されている。上部のインターフェースとして数値の入力ボタン、さながらこれはPCのテンキーのようなものであり、また入力した数字を表示するための7セグメント・ディスプレイを持つ。これらの正体はカウントダウンタイマーである。このタイマーに時間を入力しスタートボタンを押すと、命令装置は入力時間だけ待機(カウントアップ)し、その後に監視装置へキル信号を送信する。この処理は逆行演算装置を通して行われるため、命令装置内の時間の向きは逆であることに注意してほしい。つまり、スタートボタンが押されると同時にキル信号が送信され、その後に入力時間だけ待機(カウントダウン)するのだ。
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