手順32 誘惑しましょう
文字数 2,344文字
「飯田橋先生、古文の問題でちょっとわからない所があって……今大丈夫ですか?」
月曜日の二時間目と三時間目の間の休み時間、ボクは国語準備室を訪れた。
今は現代文の先生も机で作業をしているようだ。
「井上の弟の方か。大丈夫だぞ」
「問題集のここの問題なんですけど、説明文読んでもわからなくて……」
ボクは普段自習用に使っている問題集を先生に見せる。
本当は既に内容は理解しているけど、まず相手に取り入るなら最初は正当な理由が必要だ。
「これは説明がわかりにくいな、この問題は誰から誰への話だったかというのがわかれば簡単なんだが、そのために敬語を分別……」
ボクから問題集を受け取って、椅子に座ったまま問題を読みながら説明を始める飯田橋先生にボクが覗き込むように近づけば、先生の説明が止まる。
「どうしました?」
上目遣いをしながらボクは首を傾げる。
「い、いや……」
気まずそうに飯田橋先生は視線を逸らすけど、その目がボクの胸元に注がれていた事は知っている。
今のボクはいつものパーカーのファスナーを結構深めに下しているけれど、ギリギリ下の下着が隠れて下に何も着ていないように見えなくもない。
その状態で前屈みになって襟ぐりのあたりに隙間が出来たら、男とわかっていても僕の見た目のせいでつい見てしまうのだろう。
「ああ、大丈夫、ちゃんと下は着てますよ」
ニコニコ笑いながら僕がパーカーのファスナーを全部下ろし、胸元にフリルのついた白いインナーを露出させる。
「あ、ああ……いや、それにしても下に下がり過ぎじゃないか?」
「そうなんですよ、最近温かくなってきたからこれキャミソールなんですけど、肩ひもがすっかり伸びちゃって……」
なんて言いながら、ボクは右肩をはだけさせて、キャミソールのヒモを上に軽く引っ張りながら説明する。
まあ、本当のところはこのキャミソールのヒモは調節式で、目いっぱいに長くしているだけなんだけど、パーカーを全部脱いで後ろを見せないかぎり、飯田橋先生にはそんな事わかりっこない。
「そ、そうか……」
「パーカーのファスナーを上まで上げたらいいかなとも思ったんですけど、もう暑くて」
目のやり場に困っている様子の飯田橋先生に、ボクはヒモを伸ばしてかなり余裕のあるキャミソールの胸元を持って左手で持って前後に動かしながら、右手でパタパタと自分を扇ぐ。
「……な、なるほど?」
だんだん飯田橋先生の視線に遠慮が無くなってきた所で、ボクは手を止める。
「あ、今先生ボクの事やらしい目で見てたでしょ」
ファスナーを全部下しきったパーカーの前を手で持って、わざとらしく前を隠す。
「そ、そんな訳あるか!」
「あっはっは! 冗談ですよ、男同士なんですからそんな事、気にしませんって」
慌てたように声を荒らげる飯田橋先生に、ボクは笑いながら前を隠していた手をはなす。
「そ、そうだな……」
「それでさっきの続きなんですけど、敬語の分別ってなんですか?」
飯田橋先生が落ち着いたところで、ボクはパーカーの前をあけたまま、さっきのように前屈みになりながら先生の手元の問題集を覗き込む。
「あ、ああ、文法の知識を使って敬語の種類に気づけると主語を見つけるのがかなり楽になるんだ、この場合だと……」
今度は説明中に飯田橋先生がチラチラとボクの方を見てきても気づかないフリをする。
「……だから、なんとなくしか内容のわからない状態で問題を解き始めるよりは、初めに時間をかけてしっかりと本文を理解すれば、問題も短時間で簡単に解けるんだ」
「ボク、今までなんとなくで本文読んでました……あ、飯田橋先生、じゃあここなんですけど……」
飯田橋先生の言葉にいちいち感心したようなフリをしながら、ボクは飯田橋先生との距離を詰める。
ボクはつづらと同じボディーソープやシャンプー、整髪料を使っているし、服だって当然一緒に洗濯しているので同じ柔軟剤を使っている。
つまり、ボクはつづらと同じにおいがする。
いいにおいのする女の子って、それだけでドキドキしてしまう。
まあ、つづらの事なんだけど。
このにおいで飯田橋先生がボクとつづらを無意識に結びつけてドキドキしたりしたらしめたものなんだけどな、なんて思っていると、三限目の予鈴のチャイムが聞こえてきた。
「ええ~……もう休み時間終わりかあ……」
ボクは少し大袈裟なくらいに残念がって見せる。
「まだわからないところがあるならまた聞きに来い」
「じゃあ、昼休みにまた来てもいいですか? 今日中にここまでは理解したいので」
「ああ、わかった」
「じゃあ飯田橋先生、お昼食べたらまた来ますねっ」
飯田橋先生から問題集を受け取り、ニコニコと元気に国語準備室を後にする。
手応えはまずまずといったところか……。
昨日、清水先輩の家で、ボク達はそれぞれどうやって飯田橋先生を社会的に殺すかについて話し合った。
その結果、ボクが飯田橋先生にハニートラップを仕掛けて、飯田橋先生がボクに手を出そうとした瞬間にそれを衆目の目に晒すのが一番じゃないか、という事になった。
そこで重要なのが、
一つ目、こいつ、アリかナシかで言えばアリじゃないか?
二つ目、こいつ実は自分に気があるんじゃないか?
三つ目、こいつなら手を出しても大丈夫なんじゃないか?
と、思わせる事だ。
初めて呼び出された時から、最大の難関である一つ目はクリアできているっぽかったので、後は二つ目と三つ目を確信させる事が出来ればいい。
要するに、無理めな美少女よりいけそうな女装男子作戦だ。
月曜日の二時間目と三時間目の間の休み時間、ボクは国語準備室を訪れた。
今は現代文の先生も机で作業をしているようだ。
「井上の弟の方か。大丈夫だぞ」
「問題集のここの問題なんですけど、説明文読んでもわからなくて……」
ボクは普段自習用に使っている問題集を先生に見せる。
本当は既に内容は理解しているけど、まず相手に取り入るなら最初は正当な理由が必要だ。
「これは説明がわかりにくいな、この問題は誰から誰への話だったかというのがわかれば簡単なんだが、そのために敬語を分別……」
ボクから問題集を受け取って、椅子に座ったまま問題を読みながら説明を始める飯田橋先生にボクが覗き込むように近づけば、先生の説明が止まる。
「どうしました?」
上目遣いをしながらボクは首を傾げる。
「い、いや……」
気まずそうに飯田橋先生は視線を逸らすけど、その目がボクの胸元に注がれていた事は知っている。
今のボクはいつものパーカーのファスナーを結構深めに下しているけれど、ギリギリ下の下着が隠れて下に何も着ていないように見えなくもない。
その状態で前屈みになって襟ぐりのあたりに隙間が出来たら、男とわかっていても僕の見た目のせいでつい見てしまうのだろう。
「ああ、大丈夫、ちゃんと下は着てますよ」
ニコニコ笑いながら僕がパーカーのファスナーを全部下ろし、胸元にフリルのついた白いインナーを露出させる。
「あ、ああ……いや、それにしても下に下がり過ぎじゃないか?」
「そうなんですよ、最近温かくなってきたからこれキャミソールなんですけど、肩ひもがすっかり伸びちゃって……」
なんて言いながら、ボクは右肩をはだけさせて、キャミソールのヒモを上に軽く引っ張りながら説明する。
まあ、本当のところはこのキャミソールのヒモは調節式で、目いっぱいに長くしているだけなんだけど、パーカーを全部脱いで後ろを見せないかぎり、飯田橋先生にはそんな事わかりっこない。
「そ、そうか……」
「パーカーのファスナーを上まで上げたらいいかなとも思ったんですけど、もう暑くて」
目のやり場に困っている様子の飯田橋先生に、ボクはヒモを伸ばしてかなり余裕のあるキャミソールの胸元を持って左手で持って前後に動かしながら、右手でパタパタと自分を扇ぐ。
「……な、なるほど?」
だんだん飯田橋先生の視線に遠慮が無くなってきた所で、ボクは手を止める。
「あ、今先生ボクの事やらしい目で見てたでしょ」
ファスナーを全部下しきったパーカーの前を手で持って、わざとらしく前を隠す。
「そ、そんな訳あるか!」
「あっはっは! 冗談ですよ、男同士なんですからそんな事、気にしませんって」
慌てたように声を荒らげる飯田橋先生に、ボクは笑いながら前を隠していた手をはなす。
「そ、そうだな……」
「それでさっきの続きなんですけど、敬語の分別ってなんですか?」
飯田橋先生が落ち着いたところで、ボクはパーカーの前をあけたまま、さっきのように前屈みになりながら先生の手元の問題集を覗き込む。
「あ、ああ、文法の知識を使って敬語の種類に気づけると主語を見つけるのがかなり楽になるんだ、この場合だと……」
今度は説明中に飯田橋先生がチラチラとボクの方を見てきても気づかないフリをする。
「……だから、なんとなくしか内容のわからない状態で問題を解き始めるよりは、初めに時間をかけてしっかりと本文を理解すれば、問題も短時間で簡単に解けるんだ」
「ボク、今までなんとなくで本文読んでました……あ、飯田橋先生、じゃあここなんですけど……」
飯田橋先生の言葉にいちいち感心したようなフリをしながら、ボクは飯田橋先生との距離を詰める。
ボクはつづらと同じボディーソープやシャンプー、整髪料を使っているし、服だって当然一緒に洗濯しているので同じ柔軟剤を使っている。
つまり、ボクはつづらと同じにおいがする。
いいにおいのする女の子って、それだけでドキドキしてしまう。
まあ、つづらの事なんだけど。
このにおいで飯田橋先生がボクとつづらを無意識に結びつけてドキドキしたりしたらしめたものなんだけどな、なんて思っていると、三限目の予鈴のチャイムが聞こえてきた。
「ええ~……もう休み時間終わりかあ……」
ボクは少し大袈裟なくらいに残念がって見せる。
「まだわからないところがあるならまた聞きに来い」
「じゃあ、昼休みにまた来てもいいですか? 今日中にここまでは理解したいので」
「ああ、わかった」
「じゃあ飯田橋先生、お昼食べたらまた来ますねっ」
飯田橋先生から問題集を受け取り、ニコニコと元気に国語準備室を後にする。
手応えはまずまずといったところか……。
昨日、清水先輩の家で、ボク達はそれぞれどうやって飯田橋先生を社会的に殺すかについて話し合った。
その結果、ボクが飯田橋先生にハニートラップを仕掛けて、飯田橋先生がボクに手を出そうとした瞬間にそれを衆目の目に晒すのが一番じゃないか、という事になった。
そこで重要なのが、
一つ目、こいつ、アリかナシかで言えばアリじゃないか?
二つ目、こいつ実は自分に気があるんじゃないか?
三つ目、こいつなら手を出しても大丈夫なんじゃないか?
と、思わせる事だ。
初めて呼び出された時から、最大の難関である一つ目はクリアできているっぽかったので、後は二つ目と三つ目を確信させる事が出来ればいい。
要するに、無理めな美少女よりいけそうな女装男子作戦だ。