第17話 プレゼント

文字数 2,128文字

 私は大学のころから鳥の写真を撮ることを続けている。お気に入りの鳥の一つはモズだ。
 モズの体格はスズメよりも少し大きいぐらいだが、昆虫のみならずトカゲやネズミ、スズメなど他の鳥まで捕食するプレデターとして知られている。丸っこい体型とつぶらな黒い瞳に、獲物を捕らえる長い鉤爪と、肉を食いちぎる鋭く曲がったくちばしを持つ。
 そして、捕った獲物を木の枝などに串刺しにする早贄という習性があり、私の近所でも小枝や有刺鉄線に突き刺さった虫やネズミ、スズメの死体を見ることがある。
 かわいらしい見た目をした獰猛な捕食者というアンバランスさが、私にとってなんとも魅力的に映る。

 私の家の近く、いつも買い物に行くときに通る道の横に小さな神社があり、一羽のオスのモズがそこを縄張りにしている。近くを通ると、梅の木にとまってあたりを見張っている姿や、生け垣に串刺しにされた小動物を見ることがある。
 そして初春のころになると、モズの繁殖期が始まる。鳥のオスはいろいろな方法でメスの気を引こうと努力するが、モズも例にもれずアピールに精を出す。漢字で書くと百舌鳥という字になる通り、他の鳥の鳴きまねをし、ダンスもする。
 特徴的なのは“求愛給餌”というアピールだ。カワセミやアジサシもやる行動で、つまりはオスがメスに食べ物をプレゼントして気を引くのだ。人間が女性にアクセサリーや花束を贈るのと同じように、モズならメスに虫や小動物を贈る。
 近所に住んでいるオスも、毎年その季節になると女の子をひっかけようと頑張っている。こいつは優秀なハンターで、早贄の獲物がいつでも用意されている。早贄は繁殖期のオスの栄養補給に使われるらしく、早贄している獲物の数が多いオスは鳴き声が良くなってモテるという。健康で歌がうまく、どんなときでもご飯を用意できる甲斐性のある男がモテるのは、どんな動物でも同じだ。
 そのため、このオスは毎年メスに不自由しないようだ。1シーズンで3回も別のメスにプレゼントしているのを見たこともある。

 この前の年も、例のモズが女の子にプレゼントしている様子を見かけた。桜の木の枝で、目の周りに黒い筋が走っているオスが、色が薄いメスに食べ物を差し出している。
 プレゼントは大きな芋虫で、人間の人差し指ぐらいはありそうに見えた。こんな季節にどうやって見つけたのかは知らないが、それができるからモテるのだろう。メスは喜んで受け取り、落ち着いたところで食べるためか、どこかへ持ち去っていった。

 次の日にも、同じ場所でオスがプレゼントを差し出していた。今回はは何か平べったい物だった。白っぽい色をしていて、大きさは人の耳ぐらいだろうか。ガかとも思ったが、この季節にあんな大きなガがいるはずがない。枯葉ではプレゼントにはならないし……。
 気になったが、下手に近づくと逃げられるし、いいところを邪魔するほど野暮でもない。その日もメスが受け取って飛び去ったのだけ確認し、私は買い物へ行った。

 2日後。用事の帰りに神社の横を通ると、例の桜の木にメスが止まっていた。しばらく待っていると、思った通り獲物を咥えたオスが馳せ参じた。
 今回は最初に見たときと同じような芋虫だった。コガネムシの幼虫か何かなのかもしれないが、やはり立派な獲物を持ってくる。メスは喜んで(少なくともそう見えた)受け取ったが、その時に芋虫から何かがポロリと落ちたのが見えた。
 モズがいなくなると、私は桜の木の下に行って落ちた物を探してみた。それらしいものは見つからなかったが、代わりに指輪が見つかった。ダイヤがあしらわれている女物だ。モズのデート現場の下で人間のプロポーズ道具になりそうなものが見つかるのは面白い。
 明らかに高価なものだったので、交番に行って届けておいた。交番の壁には指名手配犯や行方不明者の人の写真や似顔絵が貼ってある。行方不明者の一人は近所に住む女性のようだ。

 次の日から、モズのプロポーズの様子を写真に収めてやろうと思ってカメラを持ち歩くことにし、ようやく桜の木の枝でプレゼントを渡す現場に行き会った。
 今度のプレゼントは何やら見慣れない物だった。何か丸いもので、大きさは500円玉ぐらいだろうか。上に短い糸かひものようなものが付いており、オスはその部分を咥えて持っている。差し出されたメスは少し逡巡したが、ひもを咥えて受け取った。
 私はいぶかりながらカメラを構えてズームした。メスが後ろを向いたせいでよくわからず、すぐに飛び去ってしまったためにはっきりと見えなかった。ただ、一瞬だけ見えたそれは白い球で、ひもは赤黒い色をしていた。そして、底の方――ひもがついているのとは反対側――は黒かった。

 それから何度か神社の横を通ったが、例のメスへの貢ぎ物は終わったようで、しばらくはオスしか見ることはなくなった。また別のメスが現れるようになったが、今度のプレゼントは小さな地虫やシャクトリムシなどの普通の物になっていた。
 別の用事で指輪を届けた交番に行ったとき、近所で行方不明になっていた女性の写真がなくなっているのに気付いた。
 相手が鳥であっても、他者の恋路を詮索するのは止めておくほうがいいということだろう。
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