第1話 母の愛

文字数 699文字

 ある日。仕事帰りにあるクモを見つけた。カバキコマチグモ。体長は1~1.5㎝ほどで、ビワの実のような色と形の胴体に、黒く大きな口を持つ。ススキなどのイネ科の草の葉を巻いて、糸で留めて巣にする。
 このクモで有名なのは、日本有数の強い毒を持つクモであるということと、脱皮した子グモが巣立ち前に母親を食べてしまうという習性だ。
 ちょうど子育ての季節で、巣の中にいるメスは卵を抱えている。ほかの動物と同じように、母グモは子育て期に気性が荒くなる。咬まれるとすさまじく痛いらしいので、刺激しないように観察することにした。

 毎日、出勤時と帰りに、ちょっと巣をのぞいてみる。10日もするとたくさんの子供がふ化した。母グモは大事に子供を守っているが、この子たちが1回目の脱皮をすると、彼女は食べられてしまう。だが、母親は子供を放り出さないし、食われている間も敵が来れば戦おうとする。本能からくる行動なのだろうが、これも立派な母の愛だ。
 次の日、出勤しようとすると、いつもクモを見ている場所に子どもを連れた女性がいた。子供は3人もいるようだ。なぜか、もっと多いような気がした。
 子供がクモに咬まれると大変なので、注意しようと声をかけた。振り向いた母親は若く美しかったが、育児疲れが顔に出ているせいかやつれていた。
 対照的に子供たちは健康そうで、何かを食べているかのように口を動かしている。声をかけあぐねているうちに時間が無くなってきたので、そのまま仕事に出た。

 帰りになっていつものように巣の中を観察すると、葉の巣の中には骨と皮だけになった小さな女の死体があった。あの母親だった。
 クモの巣を観察するのはやめにした。
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