第31話 コオロギ

文字数 674文字

 秋の夜に聞こえる虫の声は美しいが、近くで鳴かれると結構な大音量だと分かる。外にいるのにあれだけよく聞こえるのだから、当然と言えば当然だろう。
 今はもうリフォームされているが、私の実家は非常に古く、虫などはどこからでも入り込むことができた。そのために夏になるとセミが入り込み、夜にはカナブンが電灯にぶつかり続けてうるさい音を立てた。幸いにも虫まみれになると言うようなことはなかったのだが、気が付けば何かが入ってきているということがちょくちょくある家だった。
 そんな家なので、秋になると虫が入り込んで、どこかで大音量のコーラスをすることは頻繁にあった。特にスズムシやコオロギが多かったように思う。
 ある夜に、家の土間でコオロギがやたらと大きな声で鳴き続けることがあった。かなり音が大きいので、どこか近くに潜んでいるのだろうと思って探したところ、靴箱の下で鳴いているのだと結論付けた。追い出すか捕まえて外に放り出してやろうと懐中電灯を持って当てられて驚いたのか、コオロギはピタッと鳴き止んだ。
 さすがにうるさいので出ていってもらおうと思って、一緒に持ってきたホウキを突っ込もうとしたとき、コオロギが異様な鳴き声を出した。
「おい、〇〇〇〇」
 私のフルネームだった。ぎょっとして、今度は私の方が動きを止めた。コオロギは続いて、あたかも人間のような笑い声を立てると、機敏にぴょんと飛んで靴箱の下から出ていった。私はあわてて身を起こしてその行方を捜したが、コオロギはどこかに消えていた。
 次からは、コオロギが鳴いている場所をのぞき込むのはやめておくことにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み