第11話 脱走

文字数 1,584文字

 小学校のころ、ウサギの飼育委員をやっていた。多くの小学校と同様、私の母校にも飼育小屋があり、そこでウサギや鶏、インコを飼っていた。
 昔から動物が好きだったので、小屋の掃除などは特に苦ではなく、ウサギたちが与えられたエサをモサモサと食べている様子を見るのは楽しかった。

 6年生になって少し経った時、ウサギの脱走が頻発するようになった。ウサギがいつの間にか抜け出して、昼休みや放課後にそこら辺をほっつき歩いているのが発見されるのだ。そのたびに捕まえて連れ戻すのだが、何しろ相手はウサギなのでかなり苦労する羽目になる。自分の家を理解しているので、適当な頃になると近くまで戻って来てくれるのがまだ救いだった。

 そんなことがしょっちゅうあって、当然ながら飼育委員はどうなってんのと疑いの目がかけられたのだが、原因には全く覚えはない。飼育小屋の基礎はコンクリートで、床の土を掘っても外に出ることはできない。金網にも穴など開いておらず、扉の鍵も問題が無かった。
 それでは誰かが逃がしているのかとも思われたが、用務員さんが近くにいる時にいつの間にか脱走していた事があり、この線も消えた。

 さてどうしたもんかと皆が頭を悩ませていたとき、ショッキングな事件が起こった。ウサギが1匹、首を切断されたのだ。それも昼間に。
 最初に発見したのが、昼休みになってウサギ小屋を見に来た子供で、今までの脱走とは比べ物にならないほどの大騒ぎとなった。もしかすると近所、あるいは構内に、そんなことをやらかすサイコな奴がいるのではと、誰もが震えあがった。
 それまで頻発していた脱走のこともあり、飼育小屋を閉鎖して動物たちは動物園や牧場などへ送ることも考えられた。しかし、それから脱走はピタリと止み、凄惨な事件も1回だけだった。

 ウサギの首が切れていた件も、おそらくは脱走していた時にキツネか何かに襲われたのではないかという話でまとまった。子供なので詳しいことは教えてもらえなかったが、刃物を使った切り口ではなかったらしい。
 ただ、非常に奇妙な点があったという噂を聞いた。その現場では首だけが飼育小屋の外にあったのに、首から下は飼育小屋の中に入ったままだったそうだ。丁度金網で首と動画隔てられて切断されたかのような具合で、誰か、あるいは何かが動かした形跡はなかったのだと言う。

 そんなこんなで6年生も終わって卒業式になった。式が終わってから最後にウサギたちを見ておこうと飼育小屋に行くと、ウサギが1匹、金網に頭を押し付けているのが見えた。ウサギは目が悪いので、こちらが離れたところにいるのには気づいていない。
 何をしているのかと思った時、奇妙なことに気が付いた。顔を押し付けているのだが、押し付け方が尋常ではない。顔の毛や肉が網目から押し出されそうなほど強く顔を押し付けている。
 一体どういうつもりだろうと思いながら見ていると、ウサギがさらに前進した。それによって、ところてんを押し出すように、網目から毛と肉が外に出てきた。押し出されたウサギの体は、網の外でイソギンチャクの触手のようにユラユラと揺れて、やがて引っ付いて元のウサギの頭の形を形成した。

 頭を外に出したウサギは前に進んで体の残りを通過させようとしたが、そこで私が見ているのに気が付いた。
 網目越しで良く見えなかったのが、頭が外に出たことで、匂いと視覚で認識できるようになったのだろう。少し慌てたように、それでいてゆっくりと、ウサギは後退していった。
 頭は網目によって細切れになったが、小屋の中に戻ったところで引っ付いて元通りになった。
 私は何も見なかったことにして、そのまま家に帰った。中学校に入ってから、飼育小屋やその中のウサギたちがどうなったのかは知らない。
 首が切れてしまった奴は、頭だけ外に出して、何か「失敗」したのだろうと思っている。
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