一話 のぺっらぼう?

文字数 2,082文字

 冬が明けたばかりの、少し肌寒さを残した春の日。
 花もまだ、つぼみを開き始めたばかりの時期に僕は初めて親元を離れ、東京で一人暮らしすることになった。

 「ありがとうございました」

 コンビニを出て、ペットボトルのふたを開ける。
 長い電車旅を終え、久しぶりに訪れた東京の地は歩くのもままならないくらいごった返していた。
 丁度昼過ぎなのもあるだろうが、今いる交差点なんか人の数が優に百を超えている。
 極度な密集地帯、それは春先とは思えないくらい蒸し暑い。
 信号が青に変わり、せき止められた川が流れだすように、群衆が動く。
 自分も流れに飲まれ歩き出したのだが、ふとした時女性が横を通り、どこか違和感を覚え振り返る。しかし、女性はすでに群衆に飲まれ姿が見えなくなっていた。
 「今、口あったか?」
 口だけではない、一瞬見えただけだが、鼻も目もなかったような気がする。
 気がするだけで、ちゃんと見たわけではないのだが、早くも新天地で嫌な予感を覚えた。
 
 

駅から歩いて、30分。
引っ越し先の一軒家についた。
元々亡くなった叔母の住んでいた家で、二階建ての木造建築。
一人で暮らす僕には、十分すぎるほど広い。
玄関の鍵を開け、家に入る。
そして、荷物をリビングに置き、3年ぶりの叔母の家を回る。
まずは、一階のトイレ、次は和室と順を追って回っていく。
叔母が亡くなり遺品を片付ける際、家具は全部捨てたため部屋はどこも空っぽ、空っぽのはずなのだが二階の一室。八畳ほどの部屋の真ん中に、不自然に姿鏡が置かれていた。
少し不気味に思ったので、そのまま部屋を去ろうとすると、ドタドタと天井裏から何かが走り回る音がした。

「なんだ?」

ネズミにしては音が大きいし、もしかしたら屋根裏に狸でも住んでいるのだろうか?
そう思った矢先、家のチャイムが鳴った。
下に降りると、見覚えのある老人が玄関の前に立っていた。

「お久しぶりです」

そこにいたのは、近所に住む老人。名を汐見(しおみ)さんという。
叔母とも仲が良く、この三年間この家の管理をしてくれていた人だ。
幼い頃、この家を訪れた際、よく可愛がってもらっていたことを覚えている。

「実巳(さねみ)君だね、大きくなったね。明美(あけみ)ちゃんの葬儀以来かい?」
「はい、こちらから伺うべきだったのに、挨拶が遅れてしまってすみません」
「気にすることはないよ、今日はこれを渡しに来ただけだから」

そう言って、持っていた風呂敷を渡される。
風呂敷の中身は何か箱のようで、見た目のわりに軽かった。

「これは?」
「明美ちゃんが君に渡してくれと、私が預かっていたもんだ」
「叔母さんが?」
「どうやら、大層大事なものらしい」
 
 そう言われ、ますます何が入っているのか気になってくる。

 「それじゃあ、長旅で疲れとるだろうし、私は帰るよ」
 「あっ、待ってください」

 汐見さんを引き留め、急いでリビングから母から預かっていたものを取ってくる。

 「これ母から」

 預かっていたものというのは、汐見さんがよく好んでたべるという漬物だった。
 
 「ありがとう、家でおいしくいただくよ」
 
 その言葉を最後に汐見さんは、今度こそ帰っていた。
 僕はリビングに戻り、風呂敷を広げる。
 包まれていたのは銀色の箱で、目に見えて分かるほど使い込まれていた。
 箱を開くと中には、小さい子供が描いたであろう絵、叔母と僕?が映る写真、そして宛先のない手紙が入っていた。
 叔母と幼い僕が映った写真が何枚かあるのだが、そのどれにも心覚えがなく、ましてや入っていた絵には「おかあさん」と書いてあり誰が描いた絵なのだろう?
 確か叔母さんには子供はおらず、ましてや結婚は一度もしていない。
 入っていた手紙も白紙で、一体叔母さんは僕に何を伝えたかったのだろう。
 ふと僕はボケていたのかと考えたが、死ぬ最後の日まで叔母さんは叔母さんだった。
 それでは、これらは何なのだろう。疑念が膨らむばかりだ。

 

 その日の夜、僕は一階の和室にあらかじめ持ってきていた寝袋に入って寝ていた。
 ふと、二階の方から物音が聞こえ、目の覚めた僕は確認しに階段を登る。
 二階には全部で三部屋あるのだが、その一室、姿鏡のあった部屋を確認すると鏡が倒れていた。
 僕は部屋に入り、鏡を立て直す。
 そして、立て直した矢先、僕は「わあ」と素っ頓狂な声を立てて腰をついていた。
 
 「顔が、顔が」

 そう鏡に映る自分に顔がないのだ。
 そして、さらにおかしなことに鏡に映る自分は、現実の自分とは異なり直立してこちらを見下ろしている。
 すぐさま僕は逃げ出そうと足を動かしたが、鏡から伸びてきた手に足首を掴まれ、物凄い力で鏡の中に引きずり込まれていく。
 僕は畳に爪を立てて抵抗を試みたが、普段からこまめに爪を切る習慣が祟(たた)って何の意味もないまま、鏡に飲まれてしまった。
  
 「驚かせてしまってすみません」

 その言葉で、瞑っていた目を開く。
 声のした方を向くとそこには顔の無いのっぺらぼうではなく、僕と同じ顔をした女が立っていた。
 
  「初めまして、私は可夢偉(かむい)。この家に住む幽霊です」

 
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