二話 同じ顔の少女

文字数 2,172文字

 周りは変わらず二階の和室だと言うのに、明らかにいつもと違うものが一人。可夢偉と名乗る幽霊が目の前に立っていた。

 「これ夢?」
 「夢とは、人の持つ願望のことですか?」
 「えっいや、そっちじゃなくて、人が眠っている間に見るほうです」
 
 そう答えると、自分と同じ顔をした幽霊が不思議そうに顔をひねる。
 本来であれば、こちらの方がねぎ切れんばかりに首を傾げたいのだが、幽霊も幽霊でこちらの言葉に疑問を持つらしい。

 「すみません、生まれてこの方夢というものを見たことがありませんので良く分からないです。ただ、少なくとも今の実巳さんは眠っていません。今こうして私と喋っているのが証拠です」

 僕と同じ顔をした、それも幽霊を名乗っている女性と喋っているからこそ夢だと思うのに、それを証拠と言われても説得力が無い。だが、自分の頬をつねっても痛いだけで、さらに現実感が増していく。そもそも、痛みの伴う夢なんかあるのだろうか?

 「夢じゃないなら、ここどこですか?」
 「あっ、すみません。混乱してますよね、急に鏡に引きずり込まれたら」

 その言葉で、幽霊にも自分の持つ一般常識が通じることに少し安心する。

 「まず、ここは私たち幽霊や妖怪が住む、生きている人間から言うと裏の世界と呼ばれる場所です。実巳さんがさっき通ったその鏡が現実世界と裏の世界をつなぐゲートになっていて、私たちはそこから世界を行き来しているわけです」
 「待ってください、裏の世界?妖怪?そんなものが本当に存在するんですか?」
 「はい、実際に私は幽霊だと名乗りましたが、本質的なところを言えば妖怪と大差ありません。妖怪とはある種魂が形を持ったもの、精神体と言うわけです。精神体に明確な終わりはなく、故に表、実巳さんの住む世界では妖怪は不完全なものであり、この裏の世界こそが私たちの居場所なのです」
 「ん?」

 やはりいまいち理解が追いつかない。裏の世界やら、精神体やら、不完全やら、自分には分からないことばかりだ。
 
 「そうですね。簡単にまとめると、この世界には元々表と裏が存在していて、表では肉体を持つ生命体が、裏では肉体を持たない精神体、いわば魂が暮らしていると思ってもらえれば十分です」
 「なるほど」

 まだ、良く分からないが今の要約であやふやだが、少し全体像をつかむことはできた。

 「それじゃあ、なぜこの家に表と裏をつなぐ鏡があるんですか?」
「そうですね。母さん、いえ実巳さんの叔母にあたる明美さんは妖怪や幽霊が見える数少ない人であったため、私たちをまとめる神様から表と裏の橋渡し役に任命され、特別にゲートの所有を認められていたからです」
 「はあ」

 確かにそう言われると、叔母さんは昔から不思議な人だった。時折、空中に向かって一人で喋っていたり、急にどこかに消えたりとおかしな行動を取っていた。仮に僕たちと違うものが見えていたとしたら、それも納得できる気がする。
 
 「それよりもあまり驚かれないのですね、その、私のこととは言え幽霊が目の前に現れると普通気絶する方もいるので…」
 「あー、何というか可夢偉さんにはどこか親近感というか、安心感というか、とにかく一緒にいて落ち着くんです。同じ顔だからですかね?」
 「なるほど。その・・・変わってらっしゃるんですね」
 
 両親や他人からもよく変わり者と呼ばれていたが、幽霊に言われるとなると、より胸に来るものがある。そうして、胸を抑えて呻き声を上げていた時、ふすまが開いて小さな、それも手のひらサイズの、一つ目の赤鬼が入ってきた。初めて見る異形に身体が固まるが、そのトコトコ走る姿にすぐに心が奪われた。
 
 「可夢偉さま、可夢偉さま、会の準備が出来ました」
 「分かりました、すぐに行くと伝えてください」
 「了解しました」

 そう敬礼をして、愛くるしい姿で部屋を去っていく。

 「今のは?」
 「私の部下の小鬼です」

 先ほどの疑念はどこにやら、今部屋を去った小鬼に一瞬で心を支配された。

 「それでは行きましょうか」

 先ほどの小鬼が去ったふすまを見つめ、呆けていると可夢偉さんがそう言って手を貸して立ち上がらせてくれた。
 
「行くってどこに?」
 「一階の和室です。妖怪たちが準備して待っています」
 「妖怪が…」

 その言葉に、僕はすぐに脳が切り替わり、ふすまの前に進んだ。妖怪と呼ばれる存在があれほどまでに可愛い存在であるのならば、恐るるに足らず、なんならいつだってウェルカムだ

 「可夢偉さん、早く行きましょう!」
 「は、はい」

 そう興奮気味に、部屋を出ようとした時、

 「あの、さん付けはやめていただけませんか?」

 振り返ると、可夢偉さんが下を向いて、もじもじと手を前で握っていた。その姿にどこかほっとけないと言うか、妹を見ているような気がして、変な感覚を覚えた。もちろん、妹がいたことなんて、一度もないのだが・・・。
 
 「どうしてですか?」
 「そのむず痒いと言いますか、出来れば敬語も外してくださると嬉しいです」
 「そう言われましても」
 「そこを何とか、お願いします!」

 そう潤んだ目を向けられ、なんだか断るわけにもいかず、
 
「分かりました。それじゃあ・・・可夢偉行こう」
「はい!」

 その妙に嬉しそうな表情に、なんと言ったら良いのかまた変な感覚を覚え、僕たちは部屋を出た。
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