第6話迷子

文字数 2,339文字

 「お母さん、お父さんどこ?あの私のお母さんとお父さん知りませんか?あの……」
 人が行き交う中でただ一人異質に後頭部が膨れた少女がいた。しかし、人々は恐れるでもなくまるで見えていないように少女を過ぎていく。
 時には少女の横を時には少女の後ろを、時には少女の身体さえも、誰も気づかない誰も気づけない。
 表と裏、それらが交わることは無い。それ故にこの世界では少女はただ孤独であり、それを知らない少女からあふれ出たのは大粒の涙と人々の足音にかき消されるほどか細いすすり泣く声。
 その声が決して人の耳に届くことはない。
 決して人には……、
 
 「大丈夫かい?」
 少女にそう言って手を差し伸べたのは一人の老婆だった。
 とてもとてもしわの多い老婆だった。



 「実巳さん大変です!」
 近所のあいさつ回りを終えたのち、可夢偉が剣幕を変えて詰め寄ってきた。
 「ど、どうしたの?」
 「くるみちゃんが、しがさんお孫さんが表の世界に……!どうしましょう、くるみちゃんがくるみちゃんが」
 それは初めて見る可夢偉の取り乱した姿だった。
 冷や汗をかいている様子はないが明らかな動揺、それは帰ってこちらを冷静にさせる。
 「可夢偉、一旦落ち着いて」
 「で、でも……」
 「まず深呼吸、深く吸って」
 可夢偉は驚いたようにこちらを見つたが、数秒の内言った通り深呼吸を始めた。
 「吸って吐いて、吸って吐いて」
 それをいくらか続けたのち、冷静さを取り戻したのを見て取り話を聞いた。
 
 一時間ほど前、裏の世界の商店街表でいう新宿あたりではぐれたと言う。
 30分ほど探し回ったのち少女の片方の靴だけが見つかり、その場所に表と繋がった痕跡があったのだと。
 「思い違いならいいんです。でも、本当に表の世界に迷い込んでいたとしたら」
 可夢偉が押し黙る
 「だとしたらどうなるんだ?」
 「おそらく数時間ほどでその存在は消えてなくなってしまいます」
 それを聞いた瞬間背中が凍り付くのを感じた。
 裏の世界の住人とは初日の歓迎会以来会っていない。それでもその事実は重くのしかかるには十分だった。
 それらと交流を持つ可夢偉はなおさら。
 「行こう、可夢偉。新宿ならそう遠くない」
 前を向いた僕は可夢偉の力の戻った返事を聞いて走り出した。
 
 

 新宿そこは平日の昼間にも関わらず人が溢ればかりに歩いていた。
 一秒でも早く探し出さないといけないのに群衆により思うように動きがとれない。
 タイムリミットは刻一刻と迫っているのに……。
 可夢偉は言う。表の世界の住人が肉体を持つ物理体であるのであれば、裏の世界の住人は肉体を持ったない精神体。
 表に存在したのであればその強固さは心の平穏による。
 齢10歳の子供がこの中で孤独でいる、時間は可夢偉の想像している以上に短いのかもしれない。
 このまま探していたのでは時間が尽きるのが先だ。
 そう思った僕は
 「通り魔だ!通り魔が出たぞー!」
 周りの人がぎょっとする、周辺には通り魔らしき人はおらず叫んだ僕を見る人は慌てて視線を逡巡させたのち僕に奇異なる目を向ける。
 だがそれでいい、確認するすべを持たない人にとってこの状況は間違いなく現実なのだから。
 遠くから悲鳴が聞こえだす、喧騒とともに人が土砂石のようにあふれ出す。
 僕に疑念の視線を向けていた人も引っ張られるように離れていく。
 僕はいそいで目を回す。
 可夢偉から聞いた表と裏の住人を見分ける方法。
 裏の住人の存在が薄れゆくとき黄色く光を放つという、それを見流さないようにこれまで以上に目に力を込めて。
 「見つけた」
 道路の向こう側ガラスに反射して黄色い光が一つ。
 「今は赤信号」
 車の間を抜けながら道路を横断した。
 そこにいたのは一人の老婆と、その膝に頭を預け眠っている後頭部が異様に膨らんだ少女。
 どちらも半透明ではあったものの老婆の方がより透明でそれはまるで消えかけの蝋燭のようだった。
 「あんたがこの子の親かい?」
 「いや、親ではないです。だけどその友人と言えばいいんでしょうか」
 「なんだか含みのある言い方だね。でも、そうかい。それなら良かった。後ははこの子を頼むよ」
 抱えた少女を僕に託したのち老婆はどこかへ歩き去っていた。
 それが誰だったかは分からない、だけどこの世のものではないのだけははっきりわかった。

 「実巳さん!」
 後ろを振り返るとこちらに向かって一直線に走ってくるのが見えた。
 「先ほどから人々の様子が……くるみちゃん!?」
 「そんな驚くことじゃないだろ?」
 可夢偉は急いで少女の状態を確認したのち「良かった」と泣き出しそうな声をだしながらへたり込んだ。

 

 「礼を言う。このご恩どう返したらいいか」
 「いえいえ、それなら私ではなく実巳さんに」
 「えっいや」
 「実巳殿、このぬらりひょん。そなたが助けを求めたときどこにいても例え表であっても駆けつけることを誓う」
 「いや、そんな僕は大したことは……」
 「実巳さん」
 後ろで抱き合う家族の一人、少女の父であろうぬらりひょんが声を上げる。
 「私はもう娘とは会えないものと、こうして再会できたのはあなたのおかげです。本当にありがとうございます」
 僕はその真っ直ぐに伝えられる感謝に少し照れくさかった。


 
 「そう言えば可夢偉、あのおばあさんはどこに行こうとしていたんだ?」
 「おばあさんというのはさっき話していた?」
 「ああ」
 可夢偉は一瞬考えたのち
 「通例としては霊は家族のもとへ帰ろうするものが多い。おそらくですが、なんだかの不安があって完全に成仏することが出来なかったのでしょう」
 「そうか」
 本当にそうだったとして、老婆が家族に会えたかは分からない。でも、会えていたならいいなとは思う。
 
 


  
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