1-2 『船鐘』を狙う者
文字数 2,340文字
息を弾ませシャインは駆けた。
上甲板のヘルム副長や水兵達は襲撃者と戦っているだろう。
彼らは大丈夫だろうか。
シャインは梯子を上り、
甲板の上は砲撃を受けて立ち込める白い硝煙と、裂けてしまった帆、切れた上げ綱がぶらぶらと幽霊船さながら揺れている。
そして濃い血の匂いがした。
そのせいだろう。息を吸うと眩暈がするのは。
アイル号の水兵二十名と思しき
どうして、こんなことに。
一体、誰が。
それらを凝視しシャインは唇を噛んだ。
いけない。しっかりしなければ。
無意識の内に小脇に抱えた
襲撃者達がまだ甲板にいるはずだ。
彼らの目的はどうやらこの
シャインは太い
襲撃者の船がアイル号から少し離れた海上で
あれは何だ?
シャインは襲撃者の乗っていた三本マストの武装船の後ろに、もう一隻
船影
があることに気付いた。こちらも三本マストの船だが武装船より一回り小さい。それぞれのマストに平行四辺形の形をした縦帆があるので中型の
けれどその
船首甲板から上がった炎は、あっという間に
どういうことだ?
アイル号を襲撃した謎の武装船を、
別の一団
が襲撃して火を放った?だがシャインが知る限り、中型の
めまぐるしく変化する状況についていけない。混乱した気持ちを落ち着かせるため深呼吸すると、腕の中にある『
今思えば、それは警鐘だったのだろうか。
シャインの耳が銃声を捕えた途端、『
自分の失態を認識するよりも先に、シャインの体は仰向けに甲板に倒れていた。
誰だ。
気配を感じて首を動かす。
「そいつを渡してもらおうか」
艦長室で出会った襲撃者とは違う、若い男の声が頭上から聞こえた。
「ぐっ!」
シャインは増した痛みに目を細めた。
シャインを見下ろす男の長靴が、撃たれた左肩の傷口をぐっと踏みつけている。
「お前が持っていてもしょうがないんだ」
痛みで視界がかすむ。
顔を見てやりたいのに宵闇のせいで暗く見えない。
話す言葉は東方連国の人達が話す、くだけたエルシーア語のようだが。
「これは……渡さ、ない」
衝動的にシャインは口走った。
脳裏に黄昏色の髪をした少女の顔が過ったからだ。
「ああそうかい!」
傷口を踏みつける力が再び強くなった。
急に左手に力が入らなくなった。
「素直に渡せば、鎖骨を折らなくても済んだのに」
男はシャインの顔を覗き込みながら、あざ笑うようにつぶやいた。
シャインの左手は銀色の
「じゃ、こいつはいただいていくぜ。海軍の坊や」
「まて……!」
口を歪めて男は薄く笑うと、
「チィッ!」
男が舌打ちして伸ばした左手を引っ込める。
まるで熱した鉄に触れて火傷をしたように、男の指からは白い煙がうっすらと上がっていた。
「……そうか。そういうことか。こいつは面白い」
喉の奥を鳴らして男の唇がさらに引きつった笑みをたたえる。
「奴もきっと興味を持ちそうだな。気が変わった」
肩を踏みつけていた圧力がふっと消えた。
「お前にこいつを預けてみることにしよう。まあ、お前が生き残ればの話だがな」
「……なに……?」
待て。
この
お前は、一体何者なんだ?
男は現れた時と同じように気配を感じさせぬまま姿を消した。
シャインは右手で体を支えながら、何とか上半身を起こした。
正体不明の若い男は姿を消したが、ヴァイセ艦長を殺した二名の襲撃者がまだ船内に残っている。彼らは
シャインは
撃たれた左肩が疼く。右手で首に巻いた襟飾りを振り解き、止血のため左肩の銃創に巻きつけようとした。
けれど左手が上がらない。理由はすぐに分かった。鎖骨を折られたせいだ。
だが腕を動かした途端、耐え難い痛みが走った。額にどっと冷や汗が浮かぶ。
周囲が闇に沈んだ。