【第1話・幕間】見解の相違~ある日のティータイム~
文字数 1,623文字
もとい、シャインがこの時間にお茶を作るよう士官候補生のクラウスに頼むので、いつしかそれが習慣になってしまったのだ。
クラウスは船の操船や航海術はからきし駄目で、船乗りとしてまだまだ駆け出しの十八歳の少年だ。しかしお茶を入れる事だけは、この船の誰よりも素晴らしい腕を持っていた。
◇
「何度言えばわかるんだクラウス。私は物覚えの悪い人間が嫌いなんだ」
風に当たるため、甲板へ上がる階段に足をかけたシャインは、副長ジャーヴィスの不機嫌な声を耳にした。先程クラウスから受け取った白いティーカップを右手に持っているため、左手で後部ハッチの扉を開け甲板へと出る。すると後部甲板へ上がる階段のそばで、ジャーヴィスとクラウスが立っているのが見えた。
「何かあったのかい?」
シャインは普段の声色で二人に声をかけた。
シャインに気付いたジャーヴィスが、眉間に縦ジワを作ったまま振り返る。
「艦長。……いえ、あの、あまりにも我慢ならないので、クラウスを注意していたのです」
「注意だって?」
ジャーヴィスはお茶を飲んでいたのか、シャインと
同じ
白いティーカップを手にしていた。一方クラウスは大きな目を閉じて顔を俯かせ、両手をしっかりとにぎりしめている。歩く規律、と異名をとるジャーヴィスのことだ。どんな注意をジャーヴィスから受けたのかわからないが、かなり厳しかったのだろう。クラウスが怯えているのはシャインの目から見ても明らかだった。
「私は、
入れない
んです」シャインの咎めるような視線を受け、ジャーヴィスはばつが悪そうな顔をして言った。
「えっ、何を?」
ジャーヴィスの言っている意味がわからない。真顔で問うシャイン。
ジャーヴィスはその様子に苛立ちを感じたのか、シャインから視線を外してぼそっとつぶやいた。
「――砂糖です」
「砂糖?」
ジャーヴィスは右手に持った白いティーカップを睨みつけた。
冴えた青い瞳が絶対零度の氷のように冷たい光を放つ。
「昨日もですよ。私の分に砂糖を入れるな、ってあれほど言っておいたのに。クラウスがこれほど物覚えが悪いとは、思ってもみませんでしたがね」
シャインは自分のお茶を一口飲んだ。
いつもながらクラウスの作るシルヴァンティーはすばらしい。
「わざとじゃないだろ。彼は間違えたんじゃないかな。同じティーカップだし。運ぶ途中で、どちらが君のか分からなくなったんじゃないか? そうだろ、クラウス?」
「は、はい。本当にすみません」
クラウスは潤んだ瞳でシャインを見つめると、こくりとうなずいた。
ジャーヴィスの形相が恐ろしいので、そちらに目を合わそうとはしない。
するとジャーヴィスがシャインの方へ歩いてきた。
深くため息をつきながら。
「だったら、私のは
艦長の分
だったんですね! ならそう言って下さればいいのに。そうすれば、クラウスだって間違えた事に気付いて、もう一度お茶を作り直す事ができたじゃないですか」ジャーヴィスはお茶に砂糖が入っていた事がよほど我慢ならなかったのか、今度は恨めし気にシャインを見つめている。
シャインはそれに動じることなく、右手に持ったカップを口に運び再びお茶を飲んだ。林檎の爽やかな香りを見事に引き出しているそれを楽しみながら。
不機嫌なジャーヴィスとは対照的に、満面の笑みを浮かべシャインは言った。
「どうして俺に、彼が間違えたって事がわかるんだい? 俺は砂糖が入っていようが、いまいが、どっちだって構わないんだから」
シャインの一言に、ジャーヴィスとクラウスが絶句したのはいうまでもない。
そしてこの日以降から、ロワールハイネス号で出されるお茶には砂糖が入らないことになった。
よって艦長室の執務席の引き出しには、
こっそり
角砂糖の箱が常備されている。【第1話・幕間】~見解の相違~(完)
・・・【第2話 かけがえのないもの】へ続く