1-27 裏切者
文字数 1,700文字
「そのせいで船を操船不能にしちまいました! 本当に申し訳ないことをしてすいません!」
「……」
シャインはその場でがっくりと膝をついて、顔を伏せたシルフィードを見つめた。
彼を責める気はない。
元より今は差し迫った問題を解決する方が先だ。
シャインは視線をシルフィードから再びティーナとラティに向けた。
「大体状況は理解した。すべては俺に起因することでディアナ様は関係ない! 彼女を解放しろ」
「……」
「……」
ラティとティーナが視線を合わせる。
ティーナの視線が一瞬背後に向けられたその時。
『シャイン、今よ!』
脳裏にロワールの声が響いた。
同時にロワールハイネス号の甲板が横波を受けて右舷側へ大きく傾く。
その傾きから体勢を保とうとティーナが両足を踏ん張る。
ティーナの銃口が甲板へと下がった。その隙をシャインは見逃さなかった。
元の水平に戻ろうとする甲板の揺れに合わせてティーナに向かい飛びかかる。
「きゃっ!」
シャインは右手の掌をティーナの目に押し付けていた。先程、幻から意識をはっきりさせるために細剣で傷つけた掌からは、まだ血が流れていた。ティーナの視界を奪い彼が怯んだ所で、銃を握る手首に手刀を放つ。
「シルフィード! 銃を拾ってくれ」
甲板に落ちたそれを素早くシルフィードの方へ蹴り、足払いをかけてティーナを甲板へ腹ばいにさせた。
「ちょっと艦長! 動くんじゃないよ! このお嬢さんの命が惜しくないのかい」
ラティの声にシャインは顔を上げた。
ティーナの両腕を背中側へねじり上げながら。
「
君こそ
抵抗しない方がいい」シャインの声は冷ややかだった。いや、ラティを見上げるシャインは余裕のある笑みを浮かべていた。
「茶番は終わりだ」
「えっ?」
撃鉄を上げる不吉な音がラティの背後で響く。
「頭を吹き飛ばされたくなければ、ディアナ様を離せ。裏切り者のネズミめ」
落ち着き払ったその声はジャーヴィスのものだった。
後部甲板の扉から現れたジャーヴィスはラティの後頭部に銃を突きつけ立っていた。眉間を寄せ冴えた刃のような光を宿した瞳は険しく非常に近寄りがたい雰囲気を伴っている。
「あ~ら副長。いつお目覚めに?」
唇を歪ませ引きつった笑みをラティが浮かべた。
「うるさい。早くしろ!」
ジャーヴィスが容赦なくラティの後頭部に銃口を強く押し付ける。
「わ……わかったよ!」
ラティがディアナの首から短剣を外し、その背中を思いっきり前方へ突き飛ばす。
「きゃっ!!」
よろめいたディアナが甲板へ倒れる寸前で、その体をシャインは受け止めた。
抱きしめたディアナの肩越しに、ラティが振り返りざまジャーヴィスへ短剣を突き出すのが見えた。
けれどジャーヴィスは察していたのか、その突きをひらりと躱し、ラティの後頭部を銃の握りの部分で殴りつけた。
「うぎゃ!」
ラティがうつぶせに甲板に倒れる。
「シルフィード! ロープを!」
ジャーヴィスに鬼の形相で睨まれ、シルフィードが雷にでも打たれたかのように飛び上がる。
「は、はいっ!!」
ティーナとラティはシルフィードとジャーヴィスの手によって、その身をロープで拘束された。
「ディアナ様、お怪我はありませんか」
シャインはディアナに手を貸しながら彼女を甲板に立たせた。
青い夜空を思わせるドレスに白い長手袋をつけていたディアナは、クラウスの伝言を聞いて、シャインとの昼食のために身支度をしていた最中だったのだろう。
「はい……大丈夫です。ただ、あまりにも突然だったので……」
ディアナの顔色が悪い。今にもその場で倒れそうだ。
「クラウス!」
シャインはクラウスを呼び寄せた。
「ディアナ様。クラウスがお部屋までお連れします」
ディアナはひしとシャインの航海服の腕を握りしめた。
「すみません。足が震えてしまって……もう少しだけ、このままで」
ディアナの声も肩も震えていた。彼女が感じた恐怖を想像するのはがたくない。
「この二人は私が見張っています」
ジャーヴィスにうながされてシャインはディアナを安心させるために彼女の手を握りしめた。
「じゃあ一緒に部屋に参ります」