第2話 オリンピックイヤーの賓客

文字数 1,035文字

その日、コンピュータソフトのベンチャー企業「ジャパンセキュリティ」の総務部長N氏は、朝から忙しく働いていた。

四年に一度、オリンピックイヤーになると社を訪問してくる賓客を迎える責任者になったのだ。

前回のリオ五輪の際は、まだ課長だったのでこの賓客は一体どういう集団かも知らされていなかったが、どうも腕利きのプログラマーSEの集団らしい。

この合弁事業を担当するプロジェクトマネジャーの笹音も弊社のSEあがりだが、「粗相の無いようにお願いします」と言うばかりで詳しくは教えてくれない。

朝の十時くらいに弊社に来た集団は、まだ一様に若い集団で、イタリア製の高級スーツに身を包み、サングラスをかけてアタッシュケースを持っている。

まだ四十そこそこだろうか、恰幅がいい口髭を上品に蓄えた男が名刺を出してきた。「ヒマンテック社のCEO三条です。今日は、御社に御招きにあずかり誠に有難うございます」、やや関西訛りのある上品な語り口である。

合弁会議は、弊社ビル最上階の会議室で静かに進行した。「今回、御社に提供させていただきます、肥満防止ソフトは、スマホによって手軽に体脂肪を測るばかりでなく....血糖値の上昇をも監視できる」、三条氏の説明は理路整然したものだった。

「成る程、ヘルシー志向の現代にマッチした良いソフトですな」、いつもは神経質な笹音がきわめて上機嫌なのが解せない。「それで三条さんの御趣味は?」、「ヘラブナ釣りでおます」会議は終始和やかに進んだ。

関西から来たらしい一行は、弊社負担で紀尾井町の高級ホテルに泊まった。N氏は、スイートルームから漏れる三条の電話を偶然にも聴いてしまった。

「だから言うたやろ、今度のはなフィッシング機能を強化したウイルスなんや....せやからな日本の金融システムがいい加減めっちゃ壊れた時点でやなぁ、先方にワクチンを売るんや。たっかいで〜○億や、それで日本のヒーローになって儲けるんや、安いやんけ」

な、なんとこいつらはコンピュータウィルスを製造し撒き散らすテロリストの集団ではないか!

N氏は、その脚で本社にとって返すと血相を変えて笹音にこのことを報告した。

しかし笹音は老眼鏡を静かに外すと例の口調で諭し始めた。この鼻垂れ小僧がと言わんばかりに。

「彼等のような郎等のお陰で、うちらみたいな中小のベンチャーが食っていけるんじゃないか」









ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み