第3話 Erophone

文字数 1,905文字

人類の悩みの種とは、畢竟何なのであろうか?T大で電子工学を専攻するN教授は常々こう考える。それは、下半身が原因、性の不一致で全てはそこから派生しているのではないのか?

N教授は、研究や実験に疲れると研究室に飾った絵画ムンクの叫びを眺めながら、コーヒーカップを手に思索するのを日課にしている。

ムンクの叫びは、一見気色悪い絵のようであるが、N教授には示唆するところが多い。叫んでる主人公は、上半身だけで下半身は書かれていない。そこからヒントを得て着想したイノベーションがEro-phoneである。

Ero-phoneは、人体の性器から発する微妙なバイブレーションを人間の言葉に翻訳する画期的なアイテムである。Ero -phoneは、カメラ機能により認識した相手を画面で表示するので、これをタッチすると相手の性器とwirelessで繋がり、その声が音声または文字で表示される。

もし人類が性器の声を聴くことががらできれば、悩みの種を根絶できるはずである。

「やった!」、苦節十数年の歳月を要しN教授はようやくこのギアの試作品にこぎ着けた。既に民間業者数社からは莫大な契約金が用意されているが、テストランをしなくてはならない。

N教授は、まず自らの性器の声を聴いてみた。(あーあ、カーチャンがハワイ旅行に行って寂しいな〜、デリヘルでも頼もうかな〜)、正常に機能している。情け無いくらいに、N教授は意を強くした。

N教授は、まずギアを手にしてJRに乗り込んだ。ギアは一見すると携帯にしか見えず、性器の声はイヤホンで聴けるので別に怪しまれることもない。

N教授の向かいの席には、若い清純そうなカップルが会話を楽しんでイチャイチャしている。N教授は、早速にその声を聴いてみた。

♂(あーあ、最近やらしてくれないな、どうしてなのさ、もー相当溜まって濃厚カルピスみたいになってるよ〜、風俗の方がいいかな?)

♀(早いわ〜。なんで三分しかもたないのかしら、まるでウルトラマンのカラータイマーみたいなヤツ、別れ時だわ〜)

教授は、あまりのリアルさに何やら気分が悪くなり次の駅で降りて、深呼吸を繰り返した。

一般人の下半身が考えることは所詮はこんなものだ、娑婆世界は聖人君子の住む場所ではない、とN博士は気をとり直した。

そうだ、AKP49のセンター、憧れのAちゃんの下半身の声を聴いてみよう。さぞかしウグイスのさえずりのように風雅なものが聴けるはずである。

N博士は、早速にキャップを被り、サングラスとマスクで身を固めると秋葉原に向かった。年甲斐もない博士は、一見するとテロリストのようである。

舞台で歌い踊るAちゃんは、まさに天使のような愛らしさ、ファンも熱くなって声援を惜しまない。

博士は、ドキドキしながらEro-phoneに耳を傾けてみた。(あー、きのうのCプロデューサー激しかったな〜、三回もいかされちゃった。でもそのおかげでバラエティーの仕事もらえたし、いっか〜)。

トップアイドルのAちゃんが枕営業をしている。N博士は、頭がクラクラして叫びたい気分であった。会場を出ると秋葉原の風景が歪んで見えて、まさにリアルムンクの叫び状態である。

N博士は、気を落ち着かせる為に近くのコーヒーショップに入って、自己を反省してみた。

そうだ、今日の午後長年連れ添った恋女房が同窓生たちとのハワイ旅行から帰ってくるはずである。彼女の下半身なら、与謝野晶子ばりの短歌のような美しい調べを聞かせてくれるに違いない。

自宅に帰ると、妻は既に成田から着いており台所で夕食の準備をしていた。
「あら、あなたどこ行ってたの?」、ダイニングテーブルには、ハワイ土産らしきマカデミアナッツチョコレートが山と積まれている。

(誰にやるんだ、全く)、N博士は半ば呆れながらもEro-phoneの照準を妻に向けた。後姿の妻は、何やらウキウキとして楽しげである。ハワイ効果なのか。

(あーあ、ビーチボーイの黒人の男の子凄かったな。5回もいかされちゃった。御礼にチョコ山程買っちゃった。あの子のがトロの太巻きだとしたら、主人のは干からびたカッパ巻きだわ)
N博士は、ダイニングテーブルに座ったまま、道辻の道祖神のように固まってしまった。

「あなた、一週間も家を空けて御免なさい。あなたが好きなロールキャベツを煮て待っていたのよ」、妻は振り返って笑顔を見せた。

「.......いや、今晩は干からびたカッパ巻きがいいな」、N博士は苦笑した。







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